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第六十九話

「──焼けろや、おら!」


 成田の鋭い目つきが普段よりさらに引き絞られる。傍目からではただ睨んだだけだが、成田稲穂にとってそれは明確な攻撃となる。


 視線の先には当真瞳呼。異能による架空の薙刀はすでに生成し終えているが、睨むだけで攻撃が成立する成田相手ではどうしても先手を譲ってしまう。しかし、その速さは同時に当真瞳呼の選択に迷いをなくすという事でもある。


(シッ)──」


 当真瞳呼の体が極端な前傾を維持したまま横にぶれる──当真流一本指歩法、名は、たしか『不知火』。言わばクラウチングスタートの一歩目を延々と続ける走り方はその名の通り這い寄る炎のよう。その速度と低さに雷火の間隔が徐々に開いていく。


「──()()が絞り切れないんだ」


 思わず、独り言が漏れる。成田の視線は例えるなら銃口だ。その銃口の先に立たなければ電撃を食らう事はない。まして人の視界は上下左右を追えても斜めに出入りされると途端に困難になる。俯瞰で見ている私は当真瞳呼がどう動いているかわかるが、対峙している成田はその限りではない。あれでは遠からず死角()に入り込まれて──いや、すでに当真瞳呼の攻め手の範囲内だ。


「──ちぃ!」


 成田の舌打ちが聞こえる。当真瞳呼との距離はおおよそ十歩圏内をつかず離れずの繰り返し。その距離を埋めるのは一本指歩法(技術)薙刀(得物)だ。成田の視界から見て斜めに動き、それに連動して薙刀を下段から斬り上げていく当真瞳呼。その軌道はかつて当真瞳子が優之助の首を刈ろうとした『一ノ太刀・昇竜(太刀筋)』に似ている。


 狙いに気づいた成田はその場を今まで以上の速度でもって離れようとする。当真流を修めた当真瞳呼とは違い、技術も筋力もそれを実現させるのは難しいが、異能がその無理を可能にする。


 特にこれといった動作を見せず、跳ねる様に後方へと飛びずさる成田の体。おそらく磁力の反発を利用しているらしく、その速さ、高さは控えめに言っても当真瞳呼の一本指歩法と同等以上の水準に達していた。


「──『リニアステップ』というらしい」


 思いがけない月ケ丘清臣の補足に一瞬戸惑う。しかし結局はそうか、と短く返すだけにとどめ、戦況を見守る。『リニアステップ』によって、機動力で上回る成田は中距離以上を維持し、攻撃を続けている。


 当真瞳呼も長柄の武器である為、中距離戦闘は望むところだが、攻撃速度、手数の上では成田に及ばない。当真瞳呼が本当の意味で優位に立つには当真流が使える距離まで近づく必要がある。


「『風車(かざぐるま)』」


 当真瞳呼のまわりで展開していた架空の刃が()に回転する。大きな円へと姿を変えた薙刀が四方に散り、成田へと追いすがる。


 薙刀の長さは2mと少し(おおよその目算になるが、当真瞳呼の身長が160後半、柄の部分が同等か少し短い、刀身は真田の打刀くらいと見てそのあたりだろう)、回転すれば4mを超える車輪となる。それが十重二十重とあれば、いかに広い講堂内でも空間はたやすく埋まってしまう。しかも、実体の刃ではないので壁や地面に捕まる事なく成田との距離をつぶしていき、その体に触れさえすれば血と肉の雨が降る。一方的な物理干渉が可能にする理不尽な追跡者だ。


 ──しかし、そんな状況に追い込まれても、成田の不敵さは崩れない。


「『サンダー・ウィップ』」


 『風車』に対応すべく手のひらに雷が収束させて放つ成田。鞭というより、大蛇がのたうち回る様に似ていた『サンダー・ウィップ(それ)』は当真瞳呼の薙刀を打ち据えていく。


 いかに実体を持たない架空の刃とはいえ雷を構成しているいずれかに作用してか、舞台上を占めていた刃の車輪が一つ一つと払われていく。その度に電子がはじける音とガラスが砕けるような音とが同時に講堂の中を満たす。当真瞳呼の意思で動いている以上、漫然と向かっているという事はなかったが、成田の迎撃にその数は目減りしていく。何本目だっただろうか、十を超えてから数えては──


「──成田!」


 数えてはいないが違和感はあった。仮に大げさなサイズと数が成田から注意を逸らし、油断させる為のものだったとしたら、本命は別にある。優之助と当真瞳子との戦いを思い出す。あの時も、物理的に干渉しない刃は地面を透過していた事を。


「──うるせえんだよ。黙ってみてろ」


 相変わらずの憎まれ口はこちらの心配を杞憂へと変える。しかし、成田の足元へと目を移すと私の心配を連想するように薙刀の姿をした殺意が数本、地面から天へと向かって伸びている。四方に放たれた『風車』はその場所へ誘い込む囮、成田はその狙い通りに足を踏み入れていた。


 だが、結果として成田は無傷。誘い込まれた先での罠をまるで()()()()()()()()()()安全な位置へと体をやり、切り抜けている。


「──そうか、雷を操れるという事は電位か何かが見えるのね」


 自ら用意した罠を破られ、その原因を考察し、あたりをつけたのは当真瞳呼。その声には感心と納得、そしてわずかに()()()()()()()()()が聞き取れる。


 ややあって、舞台の上に乾いた音が響く。当真瞳呼が『死化粧』(得物)を取り落としたからだ。


 成田が仕掛けのある位置へ到達した瞬間、罠を発動すべく異能の操作に集中した当真瞳呼は、逆に誘いをかけていた成田の反撃をくらい、手首のあたりを電撃によって火傷を負わされていた。この攻防、その軍配は間違いなく成田に挙がる。そして──


「──これで()()()だ」


 成田は得物から手を離した当真瞳呼をそのまま見逃すほど甘くはない。追撃、そして決着の一手をすでに準備していた。手には『新世代』を撃ち抜いた棒状の光の塊──『プラズマ・シャフト』だ。


 およそ人が発するとは思えないほどの絶叫と苦痛を強いる"それ"を躊躇いもなく投げ放つ。止める間もなく、そして直撃すればどうなるかなど考える間もなく、『プラズマ・シャフト』は当真瞳呼へと命中した──はずだった。


「──馬鹿な!」


 目の前の光景を信じられず、私の喉が枯れた叫びを絞り出す。成田がトドメにと放った『プラズマシャフト』は間違いなく当真瞳呼を捉えていた。カウンターを食らった当真瞳呼は単に手首を負傷しただけではなく、電撃による体の弛緩によって回避する選択肢を奪われている。事実、『プラズマシャフト』を収束させたほんの数瞬──とはいえ明らかな隙──の間、当真瞳呼の足は止まっていた。なのに──


「──なぜ、無傷で立っていられる!」


 その驚愕はしかし、すぐさま疑問に変わる──()()、その単語を使ったのは二度目ではなかったか?


 あの時も、かわしようのないタイミングで成田の攻撃を受けてもなお、今と同じだったはず。そして、その際、私はこう思っていた──当真瞳呼の能力ではないか、と。


「──ごめんなさい。舐めてるつもりはなかったのだけど、結果としてそうしてしまっていたわね」


 静かな語り口で謝意を示す当真瞳呼。それが意味するところは今までの戦闘が全力ではなかったという事。あの当真瞳子と同種の能力を持ち、今まで成田と互角を演じながら余力があった──つまりはそういう事になる。


 その言葉がきっかけとなり変化を見せたのは、成田の攻撃から破壊を逃れていた数本の薙刀。元々不可視かつ、不定形だったはずの殺意が粘土をそうするように練りあげ、新たな姿を形作る。それは先ほどまでの薙刀と同じ長柄の得物。ただし、当真瞳子の刀を彷彿とさせる禍々しさを秘めた槍──それも十文字と呼ばれる種類の槍だった。

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