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第六十五話



      *



 天乃原学園の制服で身を固めた形ばかりの学生達が男女の別なく月ケ丘清臣の命令に従い、動き出す。その姿は手足を複数に生やしたり、伸ばしたりと一様に異様の()()をなしている。


 おそらく成田が『新世代』と呼ぶ彼ら彼女らの異能がそういう能力なのだろう。ただ手足が増えただけではなく、筋力もある程度強化されているらしく、縦横無尽に動くさまは広大であるはずの地下空間が一回りも二回りも手狭に感じてしまう。


 ──既に取り込んでやがったか、と成田の要領の得ない呟きと舌打ちが聞こえる中、今はかく乱と包囲網を形成するのが目的で攻めては来ないが、それも時間の問題だ。


「──いいな。てめえが前衛、あたしが後衛から援護だ」


「お前が私ごと攻撃しないという保証は? あと私の名は桐条飛鳥だ。てめえじゃない」


 自然、狭まる成田との距離が可能にする簡素な打ち合わせ。それが向こうからの一方的なものだとしてもそれが建設的なものであるなら首を縦に振りたいところだが、相手が成田だと素直に肯定するのは難しい。


「は? ()に誤爆してわざわざ自分の首を絞めるバカがいるかよ。余計な頭使う暇があるならとっとと前へ出ろや! ()()()


「──わかった。もう、てめえ(それ)でいい」


 向こうが私達を包囲したまま何もしないなんてありえない。散々な物言いの成田を相手にそれ以上拘泥する事の無意味さをかみしめ、短い作戦会議を終了させる。


 こんな状況で主導権に拘泥するつもりはなかったが、なんとなく癪に触る成田の言い様をこらえて一歩踏み出す。そんな私の動きに合わせるように包囲の一角が崩れ『新世代』の男が一人、私に向かって蜘蛛のような足を走らせる。そしてさらに、私の密かな自慢である手足よりも長い──長すぎて人体のバランス的には不自然な──リーチを駆使し、こちらの攻撃範囲の外からその拳を振り上げる。


「なに?」


 本来得られるはずの手ごたえを感じなかったのか、『新世代』の声に不審が混じる。


「──『飛燕脚』」


 それは私が唯一再現できる『桐条式』の技術であり、そして、異能者相手に通用する手段──より正確に言えば、通用すると"確信"している手段だ。


「(そう、今の私は()()()()()())」


 目の前にいる奇奇怪怪な能力を持つ相手に立ち向かう理由も、渡り合う為の自信も私の中にある。ほんの少し前まで勝手に腐っていた私の目を覚まさせてくれた優之助の手助けが立ち向かう理由。そして渡り合う為の自信も与えてくれたのは同じく夜の公園での出来事(優之助との決闘)のおかげだ。


「いかに異能が強力でも操るのは結局のところ人間の感覚だ──ならばそこをつかせてもらうぞ、『新世代』とやら」


 そんな私の安い挑発に表情を硬くする『新世代』。その内心を映し出すように地面にまで届く触腕が蛇のごとく鎌首をもたげ私の胴へと一直線に殺到する。ただの人間には不可能かつ非常識な挙動。


 しかし『飛燕脚』を油断なく駆使し続ける私にはその効果を発揮するのは敵わず、『新世代』の触腕は私の横をむなしく通り過ぎていく。それは同時に相手の懐への道が開けたという事だ。


「シッ──」


 短く吐いた呼吸が下腹部(丹田)を引き締め、五体の筋力を十全に発揮させる。狙いは触腕の付け根にあたる横腹。当然、内側に入った私を迎撃すべく腕も引き寄せようとするが間に合わない。


「──ふん!」


 私の拳が当たるか当たらないかの瞬間、くぐもった声に合わせて自身の横腹を膨れ上がらせる『新世代』の男。言うならば突き出した拳と横腹の激突。それによって私の想定した打点をズラし、本来の威力を激減させられてしまう。


「バカか、てめえ! 手足が生やせるなら肉の厚みをかさ増し出来て当然だろうが!」


 耳は痛いが、頷きにくい成田の罵声を受けつつ、一旦距離を取る。わずかばかり成田の方へ目をやると、鋭く睨みを効かせ、残りの『新世代』を油断なく牽制している。『新世代』達は攻めに転じようとするものの、成田の視線に込められた異能の電撃が出鼻をくじく為、うかつに手を出せず強制的に膠着状態に付き合わされている。


「(文句を言われても仕方がないな)」


 膠着の証である雷火が薄暗いはずの講堂を派手に照らす。それを見て、頑ななだった自分の感情を反省する。


 異能というものは無限に使えるわけでも、強力だが万能でない事も知っている。そもそも受け持った敵の頭数からして掛かる負担は私のそれと比較にならない。


 なのに、成田は当初の打ち合わせ通りに役割を果たしている(口の悪さは相変わらずだが)。それに対して、私の方はどうだろうか?


「あまり、こういうのは好きじゃないんだが……」


 かすかな逡巡を隅にやり、ブレザーの内側に手を伸ばす。取り出したのは五つの輪で構成された二対の小物。私専用にあつらえた"それ"は四つの輪に抵抗なく指が通り、()()の役割を果たす残りの一つは過不足なく掌に収まる──当真家製、試作型ナックルダスター『飛燕爪(ひえんそう)』。


 手触りからして金属製と異なる品質は一女生徒に与えるものとしては明らかに不相応で、仕様書につらつら書き連なっていた耐火、耐熱、耐衝撃等の文字はなおさらその感想を強めていた。


 そんなものが春休みの終わりに用意されていた事、そして仕様書に記載された耐電撃の単語は、いったい私に何をさせたいのか? 用意させた人間に聞き出したい気分だ。


「──まぁ、いいさ。今の私に必要なのは変わらないし、試すにはちょうどいい相手だ」


 誰の思惑だろうが関係ない。好きに利用すればいいとすら思う。私の欲しいものに手をかけないのなら()()()()()()


 事ここに至っても、よぎるのはたった一人の"お人好し"だった。あの"お人好し"も様々な思惑に振り回され、いいように扱われても、特に気にした風もなく他者の為に動いていた。


 そんな性分に不満はないのかと思いもしたが何の事はない、欲しているものが他とは違っていただけで、別に何も求めてないわけではなかった。むしろ貪欲なくらいに求めている。だからこそ信用できる、目指せる、預ける事も出来る。


「何をごちゃごちゃと──」


 ──言っている。『新世代』の台詞は風切り音に紛れて最後の方は聞き取れない。空気を叩く触腕が風切り音の正体。


 風切り音の正体は『新世代』の触腕が振るわれる度に生み出す空気の悲鳴だ。距離を取った分、本来の使い方に立ち返れたという事だろう。鞭とは違い操るのは自らの一部、命中精度は比べるまでもないはず。


 それにしても、と私の周りを走る『新世代』の腕を見て思う。異能とはなんとも理不尽な力だと。ほんの少し前まで身を削る思いまでして数cmから十数cmを誤魔化していた自分がとても滑稽だ──そう思う一方、この体は正しく動く。『新世代』の操る触腕が私を打ち据えんと激しく踊るが『飛燕脚』をひるがえす私の横や前をむなしく通るだけでその鞭撃はかすりもしない。また一つ確信する──だからこそ、私は戦える。


「クソが! だったら、これでどうだ!」


 攻撃が当たらないのが相当ストレスだったらしく、なかば自棄気味に叫びながら、不自然に体を震わせる『新世代』の男。変化は拳を迎撃した横腹と肩甲骨あたり、左右合わせて四か所から肉が盛り上がり、新たに腕を作り出す。


「数を頼りに、か」


 単純だが、馬鹿にはできない一手。所詮『飛燕脚』は視覚誤認を利用してかわしているに過ぎない。圧倒的な速度、あるいは物量で攻められると回避効果はその限りではない。となると、あれを本格的に使われる前に決着をつけなければならない。


「『飛燕脚』」


 再び前に出る。伸びる触腕に対するのは、例えるなら大縄跳びの中に入っていくのに似ている。大きく動く()に向かって飛び込むのは勇気がいるが、長さの分だけ掻い潜る隙間は大きい。また、増やした腕の動きが思いのほか緩慢な事にも助かっていた。おそらく馴れていないのだろう。よくよく考えれば二本の腕ですら別々自在に操ろうとすると脳が混乱する事もある。まして六本だ、その難度は言うまでもない。


「大きすぎる力が仇になったな、『新世代』!」


 気合を張りながら高らかに"勝ち"を宣言する。『飛燕爪』を握った右拳を振りかぶり、フックの軌道で斜め下から突き上げる──いわゆる肝臓打ちの一種。本来なら至近距離から振りかぶった拳など当たるものではないが、その隙を補うのが桐条式の技術である『飛燕脚』だ。


 厳密に言えば『飛燕脚』も攻撃に移ろうとするとその挙動を隠しきれなくなるのだが、()()()()()()()()()()()()()()問題なく視覚誤認は効いている。後は挙動を悟られる前に殴ってしまえばいい。ありていに言えば、そんな一撃。


「──飛燕から生まれた(未熟)一撃()。名づけるなら『飛燕雛(ひえんすう)』といったところか。今のところは、だがな」


 姑息にも展開した肉の壁をも貫き、拳を抉り込む──手ごたえは、完璧だった。

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