第六十一話
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「清臣の子飼いか」
『導きの瞳』という絶対的把握能力を持つ身からすれば、それはいっそあからさまといえるほどだった。十や二十では足りない歩数の向こうで木々を押しのけながら迫りくる害意の正体を看破する『皇帝』月ケ丘帝。
当主と一研究員という立場の違いから二つ年上の親戚を呼び捨てにする不遜な物言いの中に嫌悪が見え隠れするのは、月ケ丘清臣が月ケ丘を象徴するような人物である事をこの上なく物語っている。そばに、遠くに、控える少女達は一言も発する事はない。だが、主の心情を反映する様に迎え撃たんとする姿はものものしさがにじんで見える。
「どうやらあちらにも手が回っているらしい──ならば、ここで頭数を減らしておくのがよさそうだ」
その言葉を引き金に主の意を叶えんと少女達は動く。ややあって、帝を中心とした数百m圏内のそこかしこから武器がかち合う音が響き出した。
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──同時刻、日原山中腹。
「瞳子ちゃんの知り合いかい? あの人達」
「なんで真っ先に私が候補に挙がるのよ」
周囲を取り囲む集団を物珍しそうに眺める友人の問いに否で答える瞳子。自分達と同じく天乃原の制服を纏ってはいるが、正規の手続きでこの場にいるわけではないのは、この状況と向けられる強烈な敵意から明らかだ。
──まさか帝じゃなくて、こっちが先に当たるなんてね。拭いきれない面倒臭さを感じながら、瞳子の内心で舌打ちが鳴る。
『皇帝』月ケ丘帝を追う事にした当真瞳子、篠崎空也、刀山剣太郎の三人はアスレチックコースの正規ルートから外れ、学園の敷地内ではあるが、ほぼけもの道という森へと踏み入っていた。
なぜ森へ? それは瞳子達からすれば、帝に聞けと言いたいだろう。『王国』王崎国彦を離脱させた後、空也の偵察によって、学園に真っ直ぐ向かったのではないと確証を得て、帝とロイヤルガードの痕跡を辿り、その道すがら上述の集団と遭遇し今に至る。
追跡自体はさほど苦もなく順調そのものだった、といえる。なにせ都合13人分の移動の跡だ。アスレチックコースから直接学園に向かえば、空也に見つかる以上、遮蔽物の多い森を経由した方が勝算があるのだろう。
帝の異能なら迷う事はまず皆無だし、戦闘になったとしても『皇帝』の戦闘スタイルを考えるなら地の利も働くはず──最悪、帝自身が囮を演じている可能性も、ある。お互い、それらをわきまえた上での追撃戦は瞳子達にとって(そしておそらく帝側にとっても)無粋な第三者によって妨害されている。
「心当たりもないの?」
重ねて問う友人──空也の目は、無邪気な様で有無を言わせない妙な迫力がある。普段、御村優之助に煙を巻く言動を楽しむ瞳子だが状況もあってか、空也相手にはそういったゆとりを許してもらえない。
結局のところ、若干不服そうに顔をしかめつつ、再度否──つまり正体を知っている──と、答える。
「本当は月ケ丘の序列持ちが来ると思ったけれど、見知った顔がいないから──多分、あの女の協力している月ケ丘清臣の私兵、『新世代』ってやつでしょうね」
正体を言い当てられてか、瞳子達を取り囲む集団の間に緊張が走る。一方、その正体について、当たりと確信しながら不満げな態度を崩さない瞳子。そこには興味のない対象に向ける投げやりさがありありと見て取れる。
「月ケ丘──清臣? 『新世代』? なんだか聞きなれない名前と単語だね」
反応が芳しくないという意味では空也の返しも瞳子の態度と同様に鈍い。その理由が、月ケ丘の事情を調査していたのは当真晴明なので隣で首をかしげる友人が知らないのも無理はないと瞳子は理解している。
「……後で説明するわよ」
面倒見のいい言葉とは裏腹に気怠さそうに愛刀を抜き放つ瞳子。
「──アレは敵でいいのか?」
その正体も背後関係からくる事情も興味のなかった剣太郎がこの時初めて口を開く。開口一番から物騒な物言いに瞳子が珍しく懊悩交じりの溜息がこぼれる。
「(こういう役割は優之助の領分でしょうに)」
内心で初期配置を誤ったと後悔しながら、剣太郎に向けて首肯する。剣太郎はそうか、と戦闘態勢(といっても、基本的に構えないので、普段の立ち姿との違いはないが)をとり、空也もそれに倣う。
「誰が来ようとやる事は変わらない。ひとまずの目的は帝に追いついて確保するでいくわよ」
返答は衝撃波を伴う踏み込みと剣閃だった。飛びかかる『新世代』達を相手に戦端が開かれたのを実感しながら、瞳子の頭をよぎったのは戦いのゆくえでもなければ、帝の居所でもなく、別──それこそ学園の反対側位に離れるほど──の事だった。
「多分、行っちゃったわよねぇ。そうならないように割り振ったはずだけど──」
瞳子の意味深な呟きは誰にも知られる事なく戦場の風に消えていく。仮に聞こえたとしてその流れを止められるかどうか、この時点では当人達にもわからない。




