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第五十四話

 『ドッペルゲンガー』の足元の地面が徐々に陥没していく。絵面だけでいえば、蟻地獄に取り込まれた獲物に見える光景。だが、実際に取り込んでいるのは、すでに腰の位置まで沈み込んでいる『ドッペルゲンガー』の方だ。


 その異能は"物質変異プラス生体操作"。周囲の物質を取り込み(ただし、鉱物に代表される無機物限定)、変異・再構成できる異能。欠点は変異・再構成できるのは自分の体の一部分、しかも短時間しか持たないところ。


 要は新たに腕や脚を生み出したり、怪我で欠損した部分を補ったりと、自らの体を望むままに改造できるということ。しかも、元々あった部分の欠損を埋める分には短時間という縛りはないらしく、俺の知る異能の中でもかなり規格外の能力。しかし、それより脅威なのは"生体操作"を実現させる為に必要な質量を確保する"無機物を吸収する"能力の方だ。


 基本、異能者は大食いだ。本人の意向を反映させる為に生まれた──という説のある──異能がその様々な奇跡を起こす過程で大量のカロリーが必要であるからだ。


 その異能がカロリーを消費するという前提を、"生体操作(自前)"で吸収・消化器官を作る事で解消してしまう存在など反則に近い。例えるなら、常時飯を食いながら暴れる『王国(国彦)』を相手にする感じだろう。


 地味な顔立ちのくせに、異様な空気を醸し出すのも道理といえる。手当たり次第に捕食し続けるような奴を前に警戒するのはもはや本能によるもの。普段なら戦り合うなど遠慮したい手合い。それでも──


「一応聞いておくが、『ドッペルゲンガー』創家操兵はハルとカナの側についている──その認識で間違いないんだな?」


「? ──あぁ、()()()の事か。お互いにとって都合がいいから多少足並みを揃えた程度だがな──俺は俺の目的で動いている。大して教えられるものなどないぞ?」


「あぁ、別にそれはいいんだ。知りたい事は本人達に直接聞くから」


「なら、なぜわざわざ確認した?」


「お前を倒せば、二人の計画に支障が出る──それがわかれば充分なんだよ」


「──上等だ、『優しい手』」


 俺の宣戦布告に地味顔が笑い、併せて地面の陥没が止まる──戦闘準備完了ということだろう。間を置かず『ドッペルゲンガー』の肩甲骨あたりが膨らみ、本来の()()とは比べ物にならないほど太く、長い一対の腕がせり出していく。


「『猿の手(マシラハンド)』」


 生み出したマシラハンド()を近くにある──といっても明らかに3mは離れている──木の枝に手を掛け、自らの体を引き上げる。たかだか腰回り程度の深さから這い出るだけで大層な事だ。跨げば出れないわけじゃないのに随分と大げさだなと、実際に口に出してみる。


「そう思うのは少し早いぞ」


 意味深に言い捨て、雲てい(学校にあるはしご式の遊具)の要領で掴んだ枝から隣にある別の枝へ。それこそ本物の(ましら)のごとく軽やかに飛び移っていく。


 何の意味が? その疑問はすぐに解消される。立ち並ぶ木々の中へ潜っていったからだ。葉と枝をかき分ける音をそこら中に立てて身を隠す『ドッペルゲンガー』を前にどういうわけか『制空圏』をアテに出来ない今の俺には正確な位置を特定するのは困難。そして、向こうはそんな俺を尻目に攻撃することが出来る。


「──っ!」


 木々の合間から飛び出した"長柄の何か"を横っ飛びでかわす。肌色で統一されたそれが、まじまじと見るまでもなく能力で生み出された新たな腕なのだと理解する。俺は伸ばされた腕を掴み、本体を引き上げようとする。しかし、


「そりゃ、こうなるわな!」


 手の中で元の土塊に還っていく『ドッペルゲンガー』の腕。とかげの尻尾切りに代表される自切機能というやつだろう。腹立たしいが恐ろしく有効な手段だ。触れてさえいればと、『優しい手』を応用した|運動エネルギーの遠当て《中国拳法の浸透剄》を試みても、本体に衝撃が伝わる前に切り離されては意味がない。


 今のところ有効なのは『銭型兵器』──といっても弾は小石だが──くらいか。それもまぐれ当たりを期待するのが精々、しかも、直撃したとして、どれだけダメージが与えられるか疑問だ。ならば、どうする?


「──リスクを承知で近づくしかないだろ!」


 迷いを振り払い、森へと走る。そんな俺に向かって、再び伸ばされる腕。


 愚かだ、そういわんばかりに打ち据えんとする腕を『優しい手』で受け止める。当然、切り捨てられ、崩れさる腕。先ほどと同じやり取りだが、今度は収穫があった。それは──


「──()()()、大して速くない」


 冷静に考えれば、そう難しい話ではなかった。木々に隠れて攻撃する『ドッペルゲンガー』の腕を()()()()()()()()()()()()()からだ。それはつまり、見て反応してからでも充分に対応が可能という事実を指している。敵の懐に飛び込む以上、タイミングはシビアになる覚悟をして、結果、その読みは確信に変わった。そして収穫はもう一つ。


「──そこか」


 森の中まで踏み込んだおかげで、表の道路からでは見えなかった『ドッペルゲンガー』の位置がおおよそではあるものの絞りやすくなったという事だ。かすかに見えた『ドッペルゲンガー』の本体に追いすがらんと運動エネルギーを増幅し、脚部に集中させる──運動エネルギーの完全制御(優しい手)による瞬間的な身体強化。


「逃がすかよ!」


 その一歩は当真流一本指歩法が生み出す、速さ・高さを実現する。『マシラハンド』で森を身軽に動けても、所詮は素の状態の俺にすらかわされる程度の身体能力と反射神経。『生体操作(異能)』である程度は筋力を強化しているだろうが、一歩も二歩もこちらが上回る。そして──


 バシュ!


 ──空也と戦った時に見せた運動エネルギーを推進力にした加速。()()()による大気が歪む音を残し、木々の間を飛び跳ね、『ドッペルゲンガー』が木と木を二つほど移動する間に追いつく。


『三面六臂』(アシュラスタンス)


 もはや逃げに意味はないと判断した『ドッペルゲンガー』が『猿の手』を放棄、新たに二対の腕と二つの顔を生み出す。先ほどとは違い、腕の大きさ、長さは普通だが、二つの顔と合わせて近接で迎え撃つに適した構え(スタンス)といったところか。


「(たしかに厄介だよ──()()()()()()()、な)」


 三対、六本の腕が向かってくる。その動きは別々の生き物が獲物に喰らいつかんとするようだ。それに対して俺は右手に握り拳を作り、殴りつける──何もない横を。


 当然、殴った方向とは逆に体は吹き飛び、結果、『ドッペルゲンガー』の腕から逃れる。『猿の手』なら届いていたであろう間合いをもう一度空を殴りつける事で詰める。──三面六臂(彼方)立てれば猿の手(此方)が立たぬ、だな『ドッペルゲンガー』。


「さて、胴体(そこ)ならどうかな!」


 再び近づいた俺の狙いは胴体──それも六本の腕を生やした事で構造上、締めるのが難しくなった腋。空を切った腕を掻い潜り、『優しい手』が『ドッペルゲンガー』に命中した。


 ──()()()


 手から伝わる感触で決着を確信する。以前、攻撃の反動を異能で消そうと考えて威力そのものも無効化させてしまったという間抜け話を挙げたが、後に攻撃の反動を消そうとするのではなく、自分に返らないようにするだけではいいのではないかと思い直し試してみた。その結果生み出されたのは、完全制御により、本来こちらが受けるはずの反動すらまるまる()()()()()()放つノーリスクの打撃。


 なまじ空中にいたせいか『ドッペルゲンガー』の吹っ飛ぶ様は凄まじく、自分でやっておきながら『優しい手』の威力に他人事の体で戦慄する。


「──飛んだなぁ」


 意識がないのか、吸収した無機物を吐き出しながら、『ドッペルゲンガー』の体が比較的太めの木にぶつかる事でようやく止まる。いくら『ドッペルゲンガー』でも100m以上、吹き飛ばされるほどの攻撃を受けて、戦闘を続行はできない。ひとまず決着はついたと言っていいだろう。となると、早く車道(本筋)に戻る必要はあるわけだが──


「──重くないといいんだけどな」


 いくら屈指の実力を持つ序列持ちでも意識のないまま、森に放置は気が引ける。いかようにして『ドッペルゲンガー』を運ぼうか悩みながら、心なしか斜めに傾いた木の根元まで歩み寄る。『ドッペルゲンガー』は変わらず微動だにしない。


 ──俺が『ドッペルゲンガー』の肩に触れる瞬間までは。


「──なぜ気づいた」


「なんとなく」


 首から生やした腕で貫手を放つ『ドッペルゲンガー』に表面上平静を装いながら油断なく距離を取る。危なかった、と言うのが正直なところ。それでも気づけたのは『制空圏』が不調でも能力の大元である“超触覚”は変わらず機能していたからだ。


 『制空圏』は“運動エネルギーの完全制御”と“超触覚”とによって成立する能力。いつもなら500m圏内の大気を通じて情報を体感し()ていた“超触覚”は待ち構えていた『ドッペルゲンガー』の罠を体に触れることでいち早く察知出来た。『ドッペルゲンガー』は『制空圏』の仕組みなど詳しくは知らないだろうし、俺も『制空圏』の不調の理由を“超触覚”にまで求めていた。お互い『制空圏』が使用不能になったという思い込みが生んだ幸不幸。


「まさか直撃して無傷とは思わなかったぞ。間違いなく手ごたえはあったんだがな」


「手ごたえがあるのは当然だ。あれも俺の肉体には違いないからな」


「そうか、あれも自切か」


 首から伸びた仮初の腕が崩れるのを見て理解する。俺が攻撃した時、『ドッペルゲンガー』は直撃箇所付近に異能で一回り大きい胴体を生み出したのだ。生み出した肉壁の鎧は、当たった瞬間、繋がりを断ち、本体に衝撃がいかないように切り捨てた。通ったと錯覚したのはその外側の胴体だったというわけだ。


「ちょっとした『変わり身の術』だな。二つ名を『忍者』に変えた方がいいんじゃないのか?」


「いや、やはり二つ名は『ドッペルゲンガー(怪物)』の方がふさわしいさ」


 どこか自嘲気味に言うや否や、今度は腰の周りが膨れ上がり、複数の足が生え出す。本来の足を囲うように外向けに生えた足は蜘蛛のそれを連想させる。


「『蜘蛛足(クモアシ)』」


「──も少し、捻れよ」


 『蜘蛛足』は見た目からして、転がせるのは難しく、また、いくつもある足で蹴られそうだ。おそらく地上戦に特化させた形態だろう。


「まぁ、()()()()()()って話だけどな」


 手足が生えようが、肉壁の身代わりを立てようが、そんな事は関係がない。要は取り込んだ無機物以上に消費させてしまえばいいし、今度は呑気に取り込む暇など与えるつもりもない。こちらはハルとカナ(妹達)を探さなければならない。これ以上、時間を食っている場合ではないのだ。


「とっとと続きを──」


「──悪いな、御村。続きは()()だ」


 そう俺を呼び止めたのは、『ドッペルベンガー』とは別の男の声。遅れて背後──俺達がもと来た道──から気配を感じ取り、『制空圏』の使えない現状を嘆息する。乱入者の目的は不明だが、車道から大きく外れた森の奥で人が迷いこむような場所ではない以上、俺か『ドッペルベンガー』に用があるのは明らか。


 ()()()()()()()()()、一番気になることを聞いてみる。


「怪我はもういいのか?」


「当真からどう聞いていたかは知らないが、襲撃されたのは一週間も前の話だ。今日合流できる手筈だったんだよ。それが始発に乗って着いても寄越すといった迎えが居なくてな。待ちくたびれて山登りと洒落混んだら、森の方から聞き慣れた音がしたもんで、来てみれば──これだ」


「おそらく『皇帝()』に情報が漏れるのを危惧したんだろうな。迎えが来なかったのは知らんけど、気にするな。よくある話だから」


 同じ目にあった先輩として、フォロー(しきれていないが)してみる。それでも通じるものがあるのか、乱入者の薄く吐いたため息に若干の疲れが見える。多分、()()()で誘われた経緯も似たようなものだったんだろうな、と同情しなくもない。


「何にせよ間に合ってよかった。そいつとは俺が先約なんだ──譲ってもらうぞ、御村」


 ため息から一転、元序列十一位『スロウハンド』逆崎縁は、そう犬歯を覗かせながら笑った。

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