第五十三話
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──時は遡り、当真瞳子と御村優之助の通話。
『──報告だけはしたから』
「お、おい、瞳──」
大慌てで口の中に残る握り飯を飲み込み瞳子を呼び止めるも、時すでに遅く通話が遮断される。おそらく遭遇した『皇帝』との戦端が開いたのだろう。チャンネルを空也、剣太郎に合わせてみるも、瞳子と一緒にいた空也に繋がるはずもなく、同じく襲撃を受けたのか、剣太郎も応じる気配がない。
「行くか──いや、ダメだ。ここを空ける訳にはいかない」
学園側へ踏み出した足が一歩で止まる。向かいたいのは山々だが、相手が何人いるかわからない以上、下手にここを離れられない。せめてハルとカナの居場所さえわかれば──
「──いやいや、なんでわかんねぇんだ?」
自分で口走ってみて初めて気づく。そもそもハル達はおろか、帝の襲撃をむざむざ許してしまっている。能力を封じられたわけでもないのに。
『優しい手』は今この瞬間も運動エネルギーを放出し続けている。放った力は水面に立てた波のように大気を揺らし、拡散していく。仮に異能が封じられたとしたら、それに気づかないはずなどない。『制空圏』を使いながら、まったく気配を捉えられないという事が問題なのだ。"異能無効化能力"を持つ異能者はいるが、それとは別種の脅威。この場において、俺一人で解決するのは困難といえるだろう。
ならば、知っていそうな奴から聞くべきだ。
「──いるのはわかってる。とっとと、出て来いよ」
睨んだ先は生い茂り日も入らない林の中。人が通れるか以前に踏み込む事さえためらいそうな暗がりへ挨拶代わりの『銭型兵器』を撃つ。
小銭をちまちま持つ必要のあったこの間と違い、道路にはそこらじゅうに小石が転がっているのでそのあたりの心配はない。遠慮なく次々と石を弾き飛ばしていく。
「──探査能力を封じられている割には鋭いな」
「『制空圏』があてにできなくても、そんな異様な空気出されて気づかないわけあるか──というか暑くないのか、それ」
手近にあった小石をあらかた撃ち終わったのを待っていたのか、林の奥にいる影が初めて口を開く。もとより指弾で終わるとは思っていない俺は、ようやく出てきた影に憎まれ口──後のは純粋な疑問だったが──を叩く。
「暑くないと言えば嘘になるが、これでないといろいろ不便でな。そうそう替えの利くものでもないのさ」
憎まれ口に応じたのは軽口。もはや完全に春となった陽射しを受けて表したのは、黒のコートならぬ、ローブを着込んだ男。フード付きの頭から目深に覆ったいかにも怪しいその姿は魔法使いを連想させる。
一見して様相がわからなくとも男だとわかったのは隠しようもない肩幅のせい。見た目も異様なら、ひと月前、俺が薄着で滝のような汗をかきながら登った山道を"それ"でいこうと思える頭も相当のものだ。俺でなくとも首を傾げる、そんな風体。
だがしかし、その特徴的な恰好のおかげか、俺の『制空圏』が役に立たないのを知っている事といい、確信する──こいつは当たりだ。
「──まぁ、スリットも入っているのだろうし、意外に通気性がいいのかもな」
「存外、人が悪いな」
やれやれと、ため息交じりにローブを脱いで正体を晒す。俺に正体が知られているとわかると、あっさり脱いだあたり、やはりというか着込んだままではキツいようだ。特注の外套を丁寧に折りたたむその素顔は、曲者ぞろいの異能者の中にあって、いっそ地味と言っていい目鼻立ちをしている。
だが、その身に包む、ローブと同様に加工された黒揃えの衣装は同じく異様さを醸し出している。──どうでもいいが、黒のコーディネートが多いのはどういうつもりだろうか? 夜ならともかく、中天からやや外れた陽射しの下ではやたら目立つ。
「そんな珍妙な恰好した奴、そうそうとは思えんだろうがよ! ──話は聞いてるぜ。逆崎が世話になったんだってな、『ドッペルゲンガー』」
「創家操兵だ──改めて、よろしく」
過日における逆崎襲撃犯。月ケ丘の地で序列四位に数えられていた男は、他の誰か告げたかのよう、俺ではないどこか遠くを見据えて名乗りを上げる。こそこそと俺を回避しようとしたくせに、律儀に名乗られては仕方がない。名乗った時とは違い、眼前の敵である俺の方へ戦意の矛先を向ける『ドッペルゲンガー』に名乗りを返す。
「──天乃原学園三年C組『優しい手』、御村優之助だ」
かくして、瞳子達に続き、俺、御村優之助も戦端を開く事になった。




