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第五十一話

「「──間に合ったようだな」」


 その時、空也の名を叫ぶ私の鼓膜を震わせたのは、そんな一言だった。


 一拍置いて、戦場を俯瞰する私の目に映ったのは、精緻な風景画を斜めに裂いたような錯覚。その正体は奇跡じみた技量で生み出された斬線──剣の軌道だ。


 時が凍り付くに似た静寂。溶け落ちるように再び刻まれた後には空也を射抜かんとしていた無数の鏃と体に纏わりついていた網が寒気のする断面を見せながら舗装されたコースのあちこちに散らばっていた。私が知る限り、こんな芸当ができるのは一人しかいない。


「──間に合ったようだな」


 自らを象徴する得物になぞらえて鋼鉄と称される男、時宮高校元序列三位、『剣聖』刀山剣太郎は、やけに年季の入った木刀を携え──相変わらず、どこから持ち出したのか知りようもないが──もう一度先ほどと同じ台詞を呟きながら戦場と化した山道に降り立った。



 『剣聖』──当真家の査定によって、最上級に格付けされた異能者に送られる二つ名。『序列持ち』になる以前から自称、他称問わず呼び謳われる事も多々あるが、二つ名は基本的に当真家が異能者管理の一環で割り振っている。


 管理する以上、混同を避ける為、なるべく憶えやすく、また、その人物を具体的に表すよう、それなりに苦心して名付けているそうだ。ただ、刀山剣太郎に関しては二つ名はともかく、能力そのものをどう言語化し、どう定義付けすればいいのか大いに悩まされたらしい。


 比較的年若い担当者が便宜上、命名したのは『剣術スキルの強化・補正』。なんともゲーム染みたセンスではあるものの、お試し感覚(暫定的)に名付けた割に関係者にはわかりやすいと概ね好評のようだ。


 しかし私としては、その注釈・説明が適切かどうかと問われたならば、否と返す。なぜなら、世代的にゲームを嗜んだ経験のある私の感覚で言えば、その説明はせいぜい、攻撃力や命中率を上げるといった効果しか思い浮かばない。そこへいくと、今、戦場に躍り出る剣太郎の剣はどうか。


 攻撃力や命中率とやらが上がれば、斬撃が伸びるだろうか? 曲がるというのか? 遠くを狙って飛ぶか? そんなわけがないだろう。


 だが、目の前の光景はそれらを余すところなく、誰がどう見ても疑いようもなく、繰り広げられている。


 『曲がる斬撃(ソードウィップ)』──全身を脱力させた立ち姿から腕だけを動かし、木刀を振るう。高校生が使うには不釣り合いな黒檀の刀身がしなりとは明らかに異なる角度で曲がり、錯覚では片づけられないほど剣身が伸びていく。


 その狙いは違わず、私を吹き飛ばしたロイヤルガードへと殺到する。キィ、と金属が歪む音を立てて構えた盾を切り裂き、なおも持ち主である少女に迫る。


 少女は咄嗟の判断から寸前で盾を手放し、空手からトンファーに持ち替えるも、新たな残骸を生み出すだけで、わずかに一秒か二秒、自らの胸元に届くのを遅らせたに過ぎない。結局、彼女の体は私の時とは比べ物にならないほど遠くへ弾き飛ばされてしまう。


 剣太郎からすれば、殺気の伴わない無造作な手つき──攻撃というより羽虫を追い払った感覚に近い──だが、追い立てられた側のロイヤルガードからすれば、生と死は紙一重だっただろう。


 弾き飛ばされた際に命中した部分を見るに切断された様子はない──剣太郎なりの"みねうち"といった所か。まぁ、木刀なのだから、当たり前と言えば当たり前だが、事、剣太郎に関していえば、()()からでも斬ってしまうので、油断はできない。


 とはいえ、斬られていなくても戦闘不能には変わりなく、立ち上がれない少女をサイを持った方(相方)が回収し、『皇帝』の元へと下がる。


「──ありがとね、剣太郎」


 それに入れ替わって、空也が私達の元へと歩み戻る。今だに貼り付いている網の切れ端を振り切りながら剣太郎(援軍)に対する礼を告げる。


「やけに早いわね。持ち場はどうしたのよ」


「|瞳子(お前)と優之助の通話で敵が侵入したのを知った。その時点で持ち場を守る意味がないと合流しようとした──何か問題が?」


「──ないわよ」


「ダメだよ、剣太郎。瞳子ちゃんはね、自分が僕のピンチに思わず取り乱しちゃったのに、それを剣太郎があっさりと助けたもんだから、バツが悪いんだよ」


「──あぁ、なるほど」


「何が、なるほど、なのかしら?」


 訳知り顔で耳打ちする空也と、それに対して感心と納得を示す剣太郎を睨みつける。戦場の只中で流れる呑気な遣り取りと空気。敵がいる前でするにはもっとも愚かな行為だろう。しかし、向こうも似たようなもので──


「──やけに遅かったな。戦闘終了まで間に合わないと思ったぞ」


「しょうがねぇだろ。舗装されていない所を通ったんだからよ。つーか、俺がいなきゃあ、()()()負けてたぜ、『皇帝(お前)』」


 空也が無数の矢に襲われた瞬間、私の耳を突いたのは二種類の声。山頂の持ち場から降りてきた剣太郎とは別方角からの声は、咎める『皇帝』を前に悪びれもせず、変わらず傲岸不遜を貫き通す。それは、組織の長としての矜持と野心、そして何より、あらゆる異能と正面から立ち向かえる強靭な肉体あればこその自信の表れ。


 その持ち主である時宮高校元序列五位、『王国』王崎国彦は不敵な笑みを浮かべ、再び私達の前に立ちはだかった。



「──何を恩着せがましい。その舗装された道を登るのが面倒だと不満を垂れた上、近道と称して雇い主を置き去りに、獣道を突っ切っていったのを忘れたのか? しかも、近道とやらが山を横に移動する事だったとはな」


 『皇帝』の眉間に深い影ができる。日原山のルートは大きく分けて二つ、学園側と裏のキャンプ場側だ。それらはいくつかの分岐があるものの、山頂しか双方の道を行き来できない。横に一周しようとするなら大半が獣道になるだろう。


 そもそも、こう配を上り下りするのとは違い、進んでいる方向を見失いやすい為、山を横に回るのはあまり得策ではない。先行しておいて遅れたという事は確実に一度や二度道に迷っているはず。『皇帝』の怒りも、間に合わないという算段も、もっともな話だ。


「まったく、愚かしい事、この上なしだな『王国』。()()も、あくまで自業自得の内なのを肝に銘じておくといい」


 『皇帝』の射抜くような視線が『王国』の肩口から脇腹にかけて走る。『王国』がその身に纏うのは、2mを超える巨体に合わせた特注サイズの天乃原学園の制服──その制服が『皇帝』の目の動きに沿って切れ目が出来ている。もちろん、その部分も特注だったわけではなく、剣太郎の剣で斬られた跡だ。


 『皇帝』と私達との距離は優に50mは離れている。直接戦闘を得手としない事を踏まえると、それですら近いと言わざるを得ない彼我の位置は、それでも空也が囚われていた瞬間に限り、安全圏だといえた──剣太郎がいなければ。


 離れた相手を斬り伏せる剣太郎の超絶技巧は、あの時、空也を脱出させるのみならず、同時に『皇帝』の撃破を狙っていた。『皇帝』の戦法を盤上に見立てたように、群れの要である『皇帝』が討たれるという事は文字通り王手になる。その身を守らせていたサイとトンファー(二人組)は私への足止めに使い、守る者がいない中、剣太郎の剣は『皇帝』に届こうとしていた。いみじくも、本人の台詞や先の言に倣うなら──『王国』がいなければ"負けてた"。


「見たところ、皮一枚か。『剣聖』の攻撃を受けてその程度で済むとは、相変わらず非常識な肉体だな」


「空也の野郎を助けるついでに振った手抜きの剣で俺がどうこうなるかよ──おい剣太郎、やるなら空也を見捨てるくらいの覚悟で狙えよ!」


「無用の心配だ。今日の得物は"丸み"がない」


 『王国』の煽りに対して、淡々と返す剣太郎。むしろ先ほどの失態をネタにされた空也が隣で不満気に、次はないよ、とこぼす。


「それはそうと剣太郎。いったい、どこから拝借してきたのよ、それ」


 目線を剣太郎が持つ木刀へと移す。木刀とは言え、一目見ればわかるほどの高級品。今までの得物とは違い、そこらで簡単に持ち出せる品物ではない。そうなると、どこで入手したのか。それが少し気になる。


「昨日の晩の内に学園の道場から少し──な」


「少し──な。じゃないわよ。なに、さらっと盗難を自白してるのよ!」


「拝借しただけだ。一応、関係者には伝わるようにしてある」


「事後報告じゃない! どうやって関係者の伝えたの。──ん? 伝わるってどういう事? 伝えたじゃなくて? もしかして、伝わったかどうか確認してないの?」


 似たようなものだ、とブレない態度の剣太郎。手際に問題しかない気がするが、一応むやみやたらと騒がれにくいように配慮しているようだ。いざ通報されそうになったら天之宮姫子(生徒会長)がどうにか止めるだろう──そう思う事にした私を剣太郎はぬけぬけとトドメを刺す。


「緑川を置いてきた」


「授業はどうするのよ! 馬鹿じゃないの!」


「俺達に単位は必要ないだろう?」


「たしかにその通りだけど、その言い訳、今思いついたでしょ」


「そう責めるな。言ったみた後で、別の手段を用意しようとしたが緑川が"それがいい"と了承したんだ。むしろ、是非にと言われて最終的に許可した」


「瞳子ちゃん、瞳子ちゃん、あれだよ、あれ、放置プ──」


「いいからあなたはさっさと狙撃手を黙らせてきなさい!」


 は~い、と緊張感のない相槌を残し、空也が飛ぶ。まったく、どうしてくれたものか、ある意味序列持ち(私達)以上に濃い元後輩──それもろくでもない事情が生み出した満面の笑み──を思い浮かべ、ややげんなりする。それは命のやり取りができるまでに近づいた『王国』も同様らしい。こころなしか普段から厳めしい表情をさらに苦み走らせ、思い直すように軽くため息を吐く。


「ま、なんであれ、今度はまともな得物のようで何よりだ。木刀とはいえ、刀の形してりゃ、お前の本領は発揮できるんだろ? 剣については素人だが、手前ぇの剣と言わず、全身から揺蕩って見えるぜ──剣気ってやつがな」


「揺蕩う、とはまた随分と難しい表現を知っているな『王国』」


「は、これでも国語は得意な方でな。自慢じゃねぇが、他の教科で赤点(アカ)を喰らっても国語だけはねぇんだよ」


「それ、本当に自慢じゃないわよ。もう少しまともなハードルになってから自慢しなさい──な!」


 ──あと、不用意に近づきすぎ。とは口に出さず、私の愛刀を持って対峙する巨体へと技を叩き込む。その名は当真流剣術、『炎竜』。一本指歩法によるバネを利用し、その力を突きに変換する速度と威力に長けた技は『王国』に回避も防御も許さず刀身を吸い込ませていく。

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