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第四十八話



      *



「──そうですか。ではそのようにお願いします」

 相手の簡素な返事を受け取り、海東──御村遙は通話を終了させる。()()()()の窓から見える夜景は、その目に映る淡く光る街灯を一定の速度で置き去りにしていく。


「"彼女"からか?」


「はい。概ね予定通りとの事です。ただし──」


「──懸念していた事項については解消できず、という事か」


「残念ながら」


 (ハル)が視線を夜景から運転席に移すと天乃原学園の制服に身を包んだ男子生徒が慣れた手つきでハンドルを操作している。一見すると引っ掛かりを覚える画だが、高校生でも18歳以上なら運転免許は取得できる。まして、彼はとうに高校を卒業している──三年も前に。


「すまないが、今晩はこの車に泊まってもらう事になる。入り用があるなら早めに言ってほしい──出来る限り応えよう」


 時宮高校、元序列十位『皇帝』月ケ丘帝は、そう気づかわしげにハルとカナの二人に向けて声を掛けた。


 ハルとカナの二人は兄に"宣戦布告"をした後、それら一部始終を"見"ていた月ケ丘に連れられ、彼の運転する車で高原市中を移動し続けていた。


 すぐに学園を飛び出し、現状に至った理由は明白。生徒会解任運動を主導する自らの身柄を確保されない為である。自動車を足にして逃げに徹すれば、異能者がいかに規格外の身体能力や常識外れの特殊能力を持っていたとしても、追跡は困難。


 その上、『制空圏』(『優しい手』)以上の情報収集能力を持つ『皇帝』が運転する車は"手に取るように"周りの状況を常に把握しながら走行する為、操作に淀みがない。『導きの瞳』(異能)が運転と相性抜群というのは、『皇帝』という異名を考えるとなんとも皮肉な話だったが、優之助達が彼女達を捕まえるのはまず不可能だろう。少なくとも今晩中は。


 とはいえ、ハルとカナ(彼女達)にしても一晩しかこの手段が使えない事を理解している。彼女達が明日までに解任要求を事務局に申し出なければ、生徒会は自治組織の肩書を元に自分達を問題生徒として処理できるからだ。もちろん授業に顔を出せば連行されるし、出なかったとしても無断欠勤となり生徒会につけ込まれる口実を増やすだけ。実の所追い詰められているのはハル達側である。


 そんな不利とも無謀ともわかっていながら行動を起こしたのはそれぞれの事情ゆえである。それは無論、生徒会を打倒し、天乃原学園を変える為──ではなく、


「──まぁ、お前らがどんな目的があっても構わねぇし、付き合ってやるがさぁ、メシだけはちゃんと用意してくれよ」


 二列目の席に座るハルとカナの後方、三列目。車体(見た目)に割に広い中にあって、2mを超す体格と傲然とした座り方で圧迫感を生み出している男子生徒──に見える男、『王国』王崎国彦は『皇帝』とハルの会話を辛気臭いとばかりに割り込む。


「──若くして痴呆でも患ったか? ほんの一時間前に食べたばかりだろう。予定外に足を止めさせてまで」


「仕方ねぇだろ。優之助(あいつ)にぶち折られた骨の修復にカロリー使っちまったんだからよ」


 ──これも契約の内だろ? とふてぶてしく追加を要求する。最後方のスペースには丼物のテイクアウト用の容器や、ピザ、フライドチキン、ケーキといった空箱がうずたかく積まれている。『王国』がその特異体質ともいえる強靭な体を維持する為に膨大な量の食事を必要とする事を知っていた月ケ丘は協力の対価に金銭以外にも、契約期間中の食事の保証を付けていた。


 組織と自らの身体の維持両方を満たす契約内容である為、ある意味優之助以上に依頼を遂行しようとする『王国』。その結果、優之助と戦い、手傷を負ったのは、本人からすればやるべき仕事を果たした名誉の負傷という所だろうか。むろん、自慢の肉体を傷つけられた怒りや悔しさはあるが、優之助と戦って無傷で済むとは思っていない。まずは怪我の回復にとことんまで食べる(月ケ丘家の金で)。


 やられた借りも依頼の報酬もその後で考えればいい。それが『王国』王崎国彦の考え方。その辺りの徹底ぶりは彼の後ろにある食事の残骸が物語っている。積み上げた本人の性格からか、()はややバランスが悪く、『皇帝』の運転でなければとっくの昔に崩れ去っていただろう。どうでもいい話だが。


「──追加分を手配しているところだ。もうしばらく我慢していろ」


「なんだ、あれっぽっちで足りないのはわかってたんじゃねぇかよ。人が悪いな」


「貴様はもう少し、遠慮を知るべきだろうな。そもそも別についてくる必要などなかったんだ。ハンドルが重くてかなわん」


『ロイヤルガード』(とりまき)がいないのを心配してやったんだよ。感謝するんだな」


「食事目当てのくせにそれらしい事を言う」


「ちげぇねぇ」


 否定しない『王国』にそれを苦々しくも必要性から邪険に扱う事ができない『皇帝』。対照的な二人だとハルは思う。片や、異能者の中でも随一の身体能力を持ち、およそ他者の助けなど必要のないはずなのに『王国』(群れ)を築いた王崎国彦(『王国』)。片や、類まれな情報収集能力を持ちながらも、他者の助けなしでは十全に活かせず、それでいながら実家(群れ)を憎んでやまない月ケ丘帝(『皇帝』)


 そんな二人に挟まれながら、この二人の助けがなければ事を起こせずにいたのを痛感するハルとカナ(騒動の火付け役)。性格も、考えも、目的すらバラバラであるはずなのに、ただ一点、明日をどう乗り切れるかという"過程"が一致したからこそ集まった、おそらく今回限りの一団。だからこそ、達成しようとする気持ちは強い。ハルはそう確信している。


「それで、どうするつもりだ? っても、こいつらを事務局──だったか?──に連れていけばいいんだろ? 後はそこで待ち伏せするあいつらと派手に戦りあえばいい、つーわけだ」


「残念ながら、貴様の思うような大事にはならない」


 まったく残念さを感じさせず、王崎の言葉を否定する月ケ丘。腕が鳴るとばかりの意気込みに水を差された格好の王崎はその程度では苛立ちはしないものの、怪訝な顔を隠さない(その怪訝な顔自体、気の弱い人間からすればかなりの悪人相ではあったが)。月ケ丘はそれ以上解説する気がないのか、車内に不自然な間ができる。沈黙を気にしてか、ハルが解説を引き継ごうとする。


「生徒会への不審からくる解任要求は、一般生徒に許された──いえ、()()()()()権利です。いかに強権を持つ生徒会でも一度発動されれば、それをなかった事にはできません」


 ハルと同じ考えだったのか、それでも半呼吸ほど早く口を開いたのは、双子の片割れであるカナ。優之助()の前ではたどたどしく話していたとは思えないほど滑らかな口調で語り掛けるカナにわざわざそれを指摘してまで話を止めようとする者はいるはずもなく、カナから発せられるのハッキリとした音が車内を支配する。


 時折見せるカナの積極性に驚きはしないが、『皇帝』や『王国』といった一癖も二癖もある元序列持ちを相手に物怖じしないのに、なぜ普段は()()なのか不思議で仕方ないと家族であるハルは内心首を傾げる。


「つまり、大事にならねぇってのは、()()()()意味か?」


 ハルが疑問を思う間も、カナの長々とした説明は続く。ようやく、一区切りしたところで、ややウンザリしつつも大人しく聞いていた王崎が珍しく疲れた様子で確認する。王崎本人からすれば、学園のシステムも、生徒会の立ち位置も、とりまく情勢も、何一つ興味はない。あるとすれば、依頼の報酬と優之助達と"やりあう"事くらいだ。明日、自分が誰とどこで戦えばいいのか、それだけ知っていれば、問題はない。


「はい。なるべく人目につかない場所で私達を捕まえたいはずです。そうなると、待ち伏せ──戦闘は学園内ではなく、日原山から内側、学園の敷地から外のどこか、となるでしょう。ユウ兄──御村優之助の『制空圏』で筒抜けですが、広大な山を全てカバーするには要所要所に人を配置しなければ侵入に対処するのは無理です。ならば──」


「──こちらもそれに合わせて、人手を割けばいい。各人が牽制と足止めに徹すれば、その合間にハルとカナ(二人)は事務局に向かう事ができる」


「戦る事に変わりねぇなら、そう言えってんだ。紛らわしい言い方するんじゃねぇよ」


 大事にならない、そのニュアンスで戦闘のない(穏当な)決着を想像したらしい。そんな悪態はカナにではなく、最後に締めた月ケ丘に向けたもの。にもかかわらず、カナの背が不自然に震える。


「す、すみませ──」


「別にお前に言ったつもりは──あぁ、いい。わかった、わかったから、泣くな」


 尻すぼみになるカナの謝意に、違うと否定したいが拗れるのを嫌ってか、特に言い募る事なく白旗を上げる王崎。向かってくる強面に対しては束になろうとも苦にしない(どころか獰猛に笑ってすらいられる)王崎でも、自分の意図しないところで泣かれるとどう扱っていいものか困る、そんな所だろうか。ハルもそんな王崎の心情をわかってか、非難はせずに傍らのカナを宥める。


「──んで、俺は誰と戦えばいい。どうせお前の事だ。お得意の『神算』で誰と誰をぶつけるつもりか決めてんだろ?」


 カナのしゃくり声を極力気にしないよう努めながら、最も重要な"対戦相手"を確認する。向こうにいる面子に"外れ"はなくとも、どうせ戦うなら借りを返しておきたい相手になるのが望ましい。


「おまえは刀山、僕は『ロイヤルガード』と共に当真と篠崎を相手する」


 さして隠すつもりはない月ケ丘は、今度の質問には勿体付けず答える。自分の割り当てをどう受け取ったのか、軽く鼻を鳴らすだけで異議は唱えない。相手に不足はないのもそうだが、雇い主である『皇帝』の指示を最低限守るつもりがあるのだと、月ケ丘は理解する。こと、金銭──ひいては率いた組織の為ならば、『王国』王崎国彦はある程度の融通は利かせる。性格は合わないが、能力とその辺りの"律義さ"を月ケ丘は密かに認めていた。


「──なら、優之助は()()()か?」


「間に合えば、そうなる。そうでない時は──」


「──ハルちゃん、これでよかったの?」


 王崎と月ケ丘による事務的なやり取りを耳にしながら、今も震える(カナ)を背中をさするハル。一瞬、気のせいかと思うほどか細い声で()()を問うのは目の前で俯いているカナだ。


「よかった、と思う」


 ──心の底から。()()()()は言葉にしないが伝わったらしく、カナの震えが止まる。同時に沈んだ頭が持ち上がり、横目で(ハル)を見上げるカナの瞳とハルの瞳が交錯する。


「そっか──そうだよね」


 それはまるで鏡に映ったように同じ瞳。カナもまた、一連の選択に迷いがないという証拠。それでも、ハルに問うてみせたのは──


「──変な気遣いしないで。私が後悔しているとでも思ったの?」


 少しおどけて見せながらカナを抱き寄せ、不敵にそう囁く。なんともカナらしい考えだとハルは思う。考えすぎなほど人に気を遣って、言葉も体も二の足を踏み続ける典型的な損をするタイプ、それがカナ。


 少なくとも双子の姉であるハルはそれを疑わない。カナには知られている。自分がこんな手段を望んでいたわけではなかった事を。それでも後悔なく、心の底からよかったと思えるのは──


「──()()()()()()()()()()。手段の選べない以上、私の()()()()()()は関係ないわ──そうでしょう?」


 そう言って笑うハル。カナもつられて頬が緩む。見ようによっては悲しそうなのは、ハルの気持ちを反映してなのか。それは二人にしかわからない。もしかしたら、本人達ですらわからないのかもしれない。


 優之助が自らの望みを見失ったように、二人も見失ったのかも。ともすれば、明日には決意が後悔に変わるのかもしれない。そう思うと、明日など来なければいい、そんな弱気が二人の頭をよぎる。それでも、日は沈み、やがて昇る。それぞれの願いと思惑を抱え、その日はやってくる。


 決意とは裏腹に思い悩む事が止まらないハルとカナ。そんな二人にとって不幸中の幸いだったのは、初めての車中泊でも労せず熟睡し万全の状態で次の日を迎えられた事だった。

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