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第三十三話

 時宮(ときのみや)高校元序列五位、王崎(おうさき)国彦(くにひこ)、二十一歳。通称『王国(キングダム)』。身長2m8㎝、体重──およそ1t。


 その異能、一言で言えば“恐ろしく頑丈”。鈍器で殴れば殴った方が砕け、刃物を当てれば刃がこぼれるか、切っ先が欠ける。銃も小口径ではあるが、くらっても皮膚を貫く事なく反対に弾頭が押し潰れた。


 下手な鉱物より強度が上でありながら、生身の柔らかさも持ち合わせるという、例えるなら、液体金属が人の形をしていると言うべきか。どちらかと言えば、異能というよりも特異体質と言い換える方がわかりやすいだろう。さらっと触れたが体重が1000㎏あるというのも、その頑丈さゆえかもしれない。


 以前、『優しい手』()『剣聖』(剣太郎)がかち合うとどうなるか、という議論があったという話をしたが、では、剣太郎の剣と国彦の頑丈さではどうか? こちらは、ある程度答えが出ている。


 結果は戦えば、身半分まで斬られるものの、得物が国彦の頑丈さと斬撃の衝撃そのものに耐えきれずへし折れてしまう。得物にこだわりのない剣太郎さえ、


「……()()があると駄目だな」


 とまで言わしめるほどである。その時使っていた得物が竹ぼうきの柄だったので、どちらの凄さを驚けばいいのか少々悩ましい。ちなみに斬られた部分は半日ほどで治った。それまで本人も知らなかったようだが、治癒速度も常人ではないらしい。


 また、1tもある体にもかかわらず、日常生活が送れるだけあって腕力も相当なものだ。おそらく生来の頑丈さが、誰もが持っているはずのリミッターを必要とせず、いわゆる“火事場の馬鹿力”を常時出せるためだろう。


 その昔、ヘマをして国彦の全力パンチをくらった時には3mは吹っ飛ばされた。おそらく自動車に撥ねられたら、ああなるのだというくらいに。ちなみにその際の怪我自体は運よく軽度の打撲で済んだ。嘘みたいな話だが、交通事故に遭いながら奇跡的に無傷で済んだという話もある。


 異能についてそれなりに語ったが、本人についてはどうか。まず、王崎国彦というギリギリ個性的で収まりそうな名前、実は本人がつけたものだ。本名・それを付けたであろう両親の行方共に不明。当真家が仮につけた名前を経て、今に至る。


 ここで当真家が絡んでくるのは、中学卒業まで当真家が運営する養護施設で育ったからだ。当真家は異能者を保護する側面があり、事情あって親に捨てられた、あるいは親そのものがいない子供を引き取るのもその一つである。


 とにもかくにも、擁護施設を出た国彦は俺と当真家との関係に似た形で援助を受け、市立時宮高校に入学。時宮の地特有の異能者同士の“戦いたがり”をくぐり抜け、序列五位にまで数えられるようになる。


 高校卒業後、あらかじめ目を付けていた連中を誘い、武装集団『王国』(キングダム)を結成。やっている事は当真家の縮小版だが、急速に組織の規模を拡大させているらしい。


 こうして王崎国彦を語る際、嫌でも出てくる『王国』の文字。これは孤児である自分の居場所──国──を作るからきているらしい。なにが切っ掛けで『王国』に至ったのかは知る由もないが、自らの名前はおろか、通称も初めの内は自称であり、方々に触れ回る事で強引に定着させた経緯がある。他にも常日頃から、自ら国を作る、や高校に入学したのも将来組み込むべき人材を確保するため、と言って憚らず、次々と実現させる辺り、それだけの執着と器を感じさせる。


 徹頭徹尾そんな感じなので、空也が言うように天乃原学園に来た理由も『王国』を維持・発展させる資金集めとして参加したのだと推察される。他人の事情に縛られにくく、昨日の敵ですら頓着せず手を組める為、当真瞳呼にしろ、()()()()にしろ、裏で手を引いている存在からすれば、組み込みやすい存在である事には違いないが、それはあくまで利害が一致しているからにすぎない。金の切れ目が縁の切れ目と言うが、報酬さえよければ、瞳子が引き抜くという選択肢もないわけではない。


 しかし一方で、自ら立ち上げた『王国』(居場所)に不都合が生じるなら、いくら金銭を積まれても動かない面もあり、国彦本人が敷いたルールに何らかの形で抵触するならあらゆる万難を排してでも敵を許さないだろう。要は金で容易く動くのだが、取り扱い自体は極めて難しく、変にこじれると厄介なタイプというわけだ。


 とりあえず、面倒な火種を抱えている今の状況下で、これ以上、問題を増やしてくれるなと切に願いたい。



「──野生の熊に追いかけられてもここまで迫力はないだろうなぁ」


 どことなく暢気な空也の独り言を聞き流し、向かってくる国彦を迎撃すべく『優しい手』を起動させる。途中にある枝をものともせず、一部分だけせり上がった根に足を取られるどころか逆に削りつつ、2m超の巨体が急斜面を危なげなく下ってくる。その勢いは『優しい手』を構えた俺を見、その威力を知っていながら、衰える事はない。


「(ちっ、この圧力。マジでうっとおしい!)」


「──オラっ!」


 『絶対手護』もお構いなしと、中腰まで落として、握り拳をすくい上げる。長いリーチから繰り出すそれは、アッパーというより生身で分銅を再現したようにしなって捉えづらい。触れれば、いかなる攻撃も無力化できる『優しい手』も、取れなければ意味がない。


「(この角度はマズい──)」


 そして、地を這うような一撃はわずかに俺の手の届く範囲の外。足場の悪さも相まって受け止めるのは至難の業だ。そう判断した俺は、とっさに『優しい手』から運動エネルギーを放出し、その反動で後方へと飛びずさる。


「逃げるなよ、優之助ぇ!」


 獰猛に口角を上げ、後退する俺に向かって威嚇せんと叩きつけるように吠える国彦。いかなる障害にも止まらぬ前進は、目の前にある餌を食い千切らんとするが如く、さらに俺へと追いすがる。しかし、先ほどと違い、今度は『絶対手護』(手の届く)範囲内。


 真横から刈り取る軌道の右フックを『絶対手護』が触れた拳から順にその威力を奪う。その瞬間、国彦の体は運動エネルギーを失い、時間が止まったと錯覚しそうな右腕と、一歩間違うと転がり落ちそうな勢いのそれ以外の部分とにわかれる。例えるなら、全力で走っている最中に片側がいきなり金縛りにあうみたいなもので、なまじ勢いのある分、カバーする間もなくバランスが崩れる。


 その隙を見逃さず、空いたもう一方の『優しい手』で、運動エネルギーを再度推進力代わりに放出し、国彦の右腕の下をくぐり抜ける。すれ違う際に感じた横風を残し、国彦の体がもんどりうって5mほど落ちていき、そこに生えていた木にぶつかる事でようやく止まる。金属の塊を地面へ打ち付けるに似た、思わず竦んでしまいそうな音が木々の間を駆け抜けては響く。


 およそ人体から発するとは思えないが、安否も含めて疑わない。ややあって、何事もなかったように立ち上がり、


「空也の空間殺法()()()から『絶対手護』への連携か。なかなか手強い」


「いやいや、あんな音させておいて傷一つつかないお前には負けるよ」


 毛ほども動揺を感じさせない声色の国彦。さすがは『王国』と言うべきか、この程度ではこゆるぎもしない。一方、空間殺法の本家である所の空也と見やると、『空駆ける足』(自慢の足)で身長の倍以上高さのある木の枝まで登り、こちらに向けて手元を気忙しく動かしている。


 少々戸惑うが、どうやらハンドサインの真似事らしい。手話のように体系化されたものではないが、そこは付き合いの長さから大雑把ではあるが読み取れる。


 

 ──優之助、そっちは、任せた、僕は、あっち、よろしくね


 つまり、俺に国彦を押し付けて、自分は狙撃手を担当するという内容。最後になぜかハートマークを形作り(愛嬌のつもりか! ……まぁ、妙に合っているが)、俺の返事を待たずに駆けていく。確かに役割分担としては機動力のある空也が担当するのがベストだが、


「(──押し付けて行きやがった)」


 そう思うのを止められない。文句を言おうにも、すでに豆ほどに小さくなった背中に届くはずはなく、懊悩するしかない。


「って、そういえば、剣太郎はどこいった?」


 その疑問はすぐに解消。剣太郎が盾にしていた木に、


 まかせた


 の文字。相も変わらず、どうやって丸みのある物体できれいに線を書き、斬れるのか不明だが、今更そんな事は問題ではなく、

「……っ、どいつもこいつも!」


 いや、落ち着け。いかに剣太郎でも鉄パイプ(あの得物)では、国彦を斬れても、戦闘不能まで追い込めるかいささか怪しい。下手な切り傷では、これまた人並み外れた回復力でたちまち塞がってしまうだろう。最悪、国彦の頑丈さを前に得物を失う可能性も、ある。


「つれない奴らだな」


「まったくだが、俺も出来るなら国彦(お前)を相手するのは遠慮したい」


「まあ、そう言うなよ──もう少し、付き合ってくれや!」


 重厚感のある空気を纏い、再び『王国』が動く。今度は下からせり上がる脅威が俺を襲う。セオリーなら上をとったこちら側に有利だが、あらゆる異能者の中でも随一の防御力を誇る『王国』が相手では、攻めの選択肢は少ない。そして数少ない手の内の一つ、運動エネルギーの放出を牽制に使う。


 放った衝撃は、実体のある『銭型兵器』(ぜにがたへいき)とは違い、瞬く間に拡散して威力を確保できる射程は短い。まして相手は『王国』、案の定大してダメージは与えられるわけもなく、涼しい顔をして俺へと攻め入る。


「ま、当然か」


「舐めてんのか? この程度、足止めにもならねぇよ」


「足止め? ──舐めちゃいないし、そこまで欲張ってもねぇよ」


 その衝撃は『王国』の巨体を煽るのが精々、しかし、その手には、今まで以上にはっきりと()()が伝わってくる。踏み出すタイミングも、手を差し込む角度も。正に手に取るように、とはこの事だろう。


 目前には国彦の巨体。すでに視界を塗りつぶす距離まで詰まっている。だが、俺の体は恐れも震えも排除して、"手"から伝わる反応に素直に動く。傍目から見れば、ただ手を突き出した恰好。


「──なるほどな、“超触覚”によるカウンターかよ」


 その日初めて聞く国彦の苦笑を耳にしながら、『優しい手』が吸い込まれるように『王国』の中段へと決まっていた。

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