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第三十二話



      *



「──向こうの目的って何だろうな?」


 日原山の鬱蒼とした木々を盾にしながらの戦闘中、膠着を維持した状況下で何とはなしに出た俺の呟きを、隣で同じく敵から隠れている篠崎空也(しのざきくうや)刀山剣太郎(とうやまけんたろう)が怪訝な顔を隠さず、しかし律儀に答える。


「『王国(キングダム)』はお金だろうね。なんかチームを作ったって言ってたし」


「『皇帝(エンペラー)』は家の事情だろう。天乃原学園の問題(この件)にどう関わっているかは知りようもないが──それがどうした?」


 背景を知った所で、話し合いで引くような連中ではないのを承知している剣太郎が身も蓋もない一言で締めくくる。


「いや、確かにどうこう出来るわけでもないし、()()()()()()()()気になるのは確かだけど──来るぞ。空也に()()、剣太郎に()()


「優之助には?」


「来ない」


「それはズルいよ──ねっ!」


「──ふっ!」


 俺を茶化しながら軽やかに足を上げる空也と、それに取り合わず、背を預けた木から半身を持ち上げ、手にした今回の得物(鉄パイプ)を閃かせる剣太郎。二人の動きにやや遅れる事、一呼吸。落ち葉と土を掻き分けるように俺達の周りに散らかり、転がっていったのは、競技用のそれとは違い、(やじり)が付いた矢。つまり今現在、俺達は──


 ──狙撃されている最中である。


「連中の様子はどうだ?」


「相変わらず制空圏の知覚範囲(500m)を境目に数人ずつ入れ替わっての出入りを繰り返しだ。多分、補給の為だな。途中から得物が投げ槍(中距離)から完全に弓矢(遠距離)へシフトしてるあたり持久戦狙いかな?」


 周りと比べて、決して緩やかとは言えない稜線を描く日原山は校舎を建てる際、かなり大規模に山を切り開いたらしい。高原市街部と学園を繋ぐ道路が変質的と言っていいほどカーブが多いのも、そうしなければ安全に運転に必要な勾配を確保出来ないとの事(一般に急勾配とされる角度は30~40度。数字だけなら易しく感じるが、自分のつま先から数えて数十m分その角度の坂があると想像してほしい。目線が坂で埋まるはず)。なので整備された山道を外れると40度はある傾斜と手つかずの自然が俺達の足元を脅かす。


 相手はそんな地形の中、持ち前の技量と高所からの射撃で、100m以上離れた所から攻撃し続けていた。狙撃位置、射手を頻繁に変えている為、こちらから攻める事は難しく、膠着状態へと付き合わされている格好だ。


「僕達と合流したのにそこで戦わず、なぜか山道を外れて降って行ったんだもの。思わずついてきちゃったけど完全に失敗だったね」


「学園の近くで序列持ち同士がぶつかれば、碌な事にならないんだから、しょうがないだろ! 剣太郎が学園の外壁をうっかり斬ろうものならどうなると思う? いくら弁償させられるかわかったもんじゃない」


 困り顔で俺に指摘するも一転して、それもそうだね、と納得する空也。横では剣太郎が憮然としながら飛んでくる矢を切り払っていく。


『王国』(あいつ)なら普通に追っかけてくると思ったんだけどなぁ。入れ知恵でもされたか? って、あの野郎! 知覚範囲ギリギリの所で寛いでやがる! ──ああっ! 俺、今日まだ何も食ってないのに!」


「傍から見たら、かなりシュールだよ。今の優之助(きみ)


「寮の食堂は開いていたはずだが? まぁ、それよりも──」


「寝過ごしたんだよ──で、それよりも、の続きは?」


「何が気がかりなんだ?」


 会話の最中にも抜け目なく襲ってくる矢をどこ吹く風とあしらいながら、剣太郎が鋼の視線で俺に問う。


「気がかりというか、何が目的なのか気になるんだ」


 繰り言になるのを承知で問いに答える。


「天之宮の介入を止めるのが目的でしょ?」


 瞳子ちゃんから聞いてないの? と空也の声に若干、非難のニュアンスが混じる。その間にも剣太郎同様、返り討ちにした矢の残骸を生み出していく。


「そっちじゃなくてだな──あぁ、もう鬱陶しい! ()()()()に付き合ってやるから、邪魔するな! 話が進まんだろが!」


 木々の向こうに向けて、大声で抗議する。了解したのか、手のひらから伝わる気配が知覚範囲外のギリギリ手前まで下がっていくのを感じる。範囲外に出ないのは、邪魔しないようあえてわかる位置で待機してくれているのか、はたまた、いつでも再開できる距離がそこだったのか──おそらく両者だろう。


「いいの? あんな事言って」


「時間稼ぎが目的なら狙いは生徒会だな。まぁ、あいつらならどうにかするさ」


「意外にドライだね」


「『王国』と『皇帝』を引き受けてるんだ、これ以上の援護はないだろ。それにあまり舐めない方がいいぞ? 空也が思うよりずっと骨がある」


「そうだな」


 剣太郎がぼそりと短く、だがしみじみと述懐する。


「瞳子に雇われた身としては、丸々スルーというわけにいかないが、事は天之宮と当真両家の政治的問題だ。俺が出しゃばるのは違うだろ。気になるのは、その政治的問題に乗っかって、何かをやろうとする意図が見え隠れしているという事だ」


「それは何? 第三者が漁夫の利を狙っているという意味?」


 俺の言い方が要領を得ないのか、空也の反応はいまいち。剣太郎も無言で続きを促しているが、こちらも俺が何を言いたいのか図りかねている様子だ。


「違う。漁夫の利ってやつは、求めるものが同じだからこそ成立するが、この学園の行く末どころか、天之宮や当真すら眼中にない、にも関わらず一枚かんでいる──そういう奴の存在を感じる」


「何が目的でだい?」


「いや、それがわからないから気になると言ったんだよ!」


「根拠はなんだ?」


「質問を質問で返して悪いが、なんで『王国』と『皇帝』(あいつら)を動かして、俺達にぶつけたと思う?」


「単純に僕らとまともに戦えるのが少ないからじゃない? 正直、僕ら世代以外の序列持ちに負けるかも、って思った事ないよ?」


 聞いた俺の方がむずがゆくなる台詞を、一切の気負いなく言ってのける空也。わざわざ妙な反応をしてしまう辺り、逆に自分の小物ぶりが浮き彫りになっているようで軽く落ち込むが、顔に出さず続ける。


「そもそも俺達に戦闘をしかける必要なんてないのに、か?」


 空也と剣太郎の空気が固くなる。それはただの緊張と違い、得体のしれないものに触れた様な不快感を伴った警戒。俺の言いたかった事が僅かにだが届いた証拠だ。


 春休み前の騒動によって、俺や瞳子の存在は確かに生徒達への意識改革に一石を投じた。後ろ暗い連中は勝手に想像し、勝手にいなくなりもした。しかし、瞳子本人からすれば全てが全て狙い通りというわけではなく、俺との因縁(個人的事情)を優先し、結果的にもたらされたもの、つまりは副産物(おまけ)だった。……都合よく暗躍した(立ち回った)のは間違いないけどな。


 そう、天乃原学園での戦いは全て個人的事情で始まり、終決している。例外があるとすれば、当真晶子にさらわれかけた会長を助けた時だが、当真晶子の暴走を盾に次期当主候補を引き摺り下ろす当真瞳呼の策略であり、要は当真内(身内)のごたごた止まりだ。それ以外の──


 ──夜の公園で飛鳥と戦ったのも、


 ──終業式の講堂で真田さんを退け、瞳子と向き合ったのも、


 ──春休みのキャンプ場で意地を通す生徒会に協力して空也と剣太郎相手に喧嘩を臨んだのも、


 ──一連の切っ掛けである、俺を学園に呼んだ瞳子の判断と俺自身の決意ですら、 


 突き詰めればただの私情でしかなく、天之宮、当真、両家から甘い汁を啜ろうとする他勢力にとって、思惑の外であり、益を生み出さない無用のものでしかない。それでも俺がこの学園にいられる理由は、瞳子の御村優之助(異能者)を潜入させる事で得られるものがあるという妄言に等しいこじつけのおかげだ。


 だが、どう言い繕ってもこじつけはこじつけでしかなく、学園の運営とそこから発展する両家の抜き差しならぬ事情に介入できるわけがない。冷静に考えれば誰でもわかる。俺が退学(相討ち)覚悟で学園に残る不穏分子を排除しても一時的なもので、根本的な解決になりはしない。それどころか、引き入れた当真家が足をすくわれる可能性すらある。


()()()俺達に勝てた所で、暴力行為で学園を放逐されるだけだ。メリットなんて、いいとこイレギュラーの排除が関の山。労力に見合っていないにもほどがある。政治的な利益を求める場合、俺達を無視するのが得策なんだ」


「しかし、現に敵が用意された──ならば、当真晶子についた俺達にも当真の差し金とは別の意志が込められていた、そう見るべきだろう」


 面白い話ではないがな、剣太郎が簡素に締めくくる。


「そして、その敵はどういうわけか、『王国』と『皇帝』(僕達の同級生)。戦力面はともかく、わざわざ揃えるにしては難があるとしか思えない布陣だね。剣太郎の言う事を踏まえたら尚更だ」


 あまり愉快とは言えないよね、表情とは裏腹に空也の声色はどこか剣呑な響きを帯びている。


「──よぉ! あんまり遅いもんだから、こっちから出向いてやったぜ。俺も混ぜろや」


 俺達の会話を押しのけるように割り込んだのは、大きく張りがありながら、それでいて深く響く低音が支える野性味を帯びた声。それに伴うのは雄々しく根差した幹に劣らず太く長く伸びた人影。


「単に飯食い終わって暇になっただけだろうが! こっちは時間稼ぎに乗ってやったんだ。手土産の一つくらい持ってきたらどうなんだ、国彦くにひこ!」


「あぁ、そいつはすまんな──大したもんじゃねぇが、受け取ってくれや」


 恐れなど一切感じさせず、大柄な体躯が急斜面を下って俺達へと迫る。それは自ら”それ”となって示すように再開の号砲が放たれた。

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