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第三十一話

前回から一月以上空いてしまいました。


 ──その少女は時宮の一般家庭に生を受けた。


 この"一般"には資産や家柄が社会から見て平均という意味でも、時宮の特殊な土地柄の中で、という意味でも当てはまっており、つまり少女は異能者として誕生した。


 それだけならば時宮でよくある話で済むのだが、両親が前者の"一般"に当てはまり過ぎたのが少女にとっての不幸となった。


 両親はどちらも異能を失った家系であり、有り体に言えばただの人間だった。少女はいわゆる"先祖返り"で異能に目覚めたケースである。両親共にただの人間とはいえ時宮の生まれ、異能者に対する偏見や迫害する意識はなく、異能者を育てるという事が困難であるのも理解していた。


 だが、少女本人ですら持て余した異能を受け止め育てるには少々荷が重く、異能が引き起こす問題に対処しきれず、両親は徐々に少女を疎ましく感じるようになる。


 はじまりは疑いようもなく異能を含めて少女に愛情を抱き、注いでいたが、一度疎ましいと感じてしまえば、異能どころか些細な事まで憎ましいと思えてしまう。


 あばたにえくぼではないが、気にならなかった少女の目つきの悪さも叱責の対象となる。少女が生まれつき視力が弱いと判明した時にはすでに遅く、両親との不仲も相まって眼鏡を掛けてもその目つきの悪さを解消するには至らなかった。


 多くの実りを得るようにと謙虚を表すことわざから付けられた名とは裏腹に全てを焼き尽くす天災に似た異能を持って生まれる皮肉。それを少女が斜に構えて嘲笑うようになった頃にはお互いの関係は修復不能となってしまう。少女の身柄は時宮の支配者であり、行き場のない異能者の受け皿であった当真家が引き取る事になった。


 当真家での生活により少女は異能の制御に成功したが、そこはあくまで異能者を守り、導く為の仮宿。その身はともかく心を包む存在の代わりはおらず、少女の情操教育の場として適切であったかと言えば、否であった。当然の帰結として、斜に歪ませたままさらに捻じり曲がっていく。


 底にある苛立ちも淋しさも癒されずに育った少女は次第に異能ではなく心の持ちようを制御できずになり、埋めようのない底を無理矢理満たそうと、異能の訓練を建前に手近にいる者を攻撃するようになる。彼女にとって周囲は的か障害物、あるいは敵とみなしていたに違いない。けして大袈裟ではなく。


 そうして中学に上がり、己が異能の強力さを自覚し、同世代に阻むものがなくなった頃、更なる刺激を求めて向かったとある高校で少女はその"戦い"を目にする事になる。


 それは時宮では当たり前の異能者同士の小競り合いではなく、異能者と異能を持たない人間との戦い。全力ではないが、間違いなく本気の異能者の攻撃を何度も喰らいながらも立ち上がり、ついには異能者に勝ってしまった"少年"になぜか目が離せなくなり、当初の目的を忘れ彼の足跡を追おうと決める。


 そうして調べてみると、少年は自分と同じように両親から疎まれて育ち、生きてきた事を知る。だが、自らの目に映る少年には己が纏うような影はなく、それどころか、少年よりも強い──自分ですら目にした瞬間、勝てないと判断した──相手に傷だらけになりながらも立ち向かう姿は仄かに、ではあれど輝きを放っていた気さえした。


 その光を勘違いとせず、憧れ、そばにいたいと思うようになり、少女は初めて受験勉強という名の努力を行い、結果、少年の通う高校に合格する。その後も少年を追い続け、そして自分と少年の為に戦う。その為に少女は"そこ"に立つ。


 ──時宮高校元序列十八位、()序列一位『雷と共にある少女(サンダーガール)成田稲穂(なりたいなほ)天乃原学園(そこ)に立つ。




「──『紫電装(しでんそう)』、それを纏うのを見るのは久しぶりですね」


 稲穂と呼んだ侵入者であるところの女子生徒が全身から放電しているにも拘わらず、顔色一つ変えずに私の前に立つ平井さん。触れただけで黒焦げになりそうな相手を前にしてよく平静を保てるものだと素直に感心──している場合ではないけれど──する。


「ねぇ、あれにどうやって対処する気?」


「さすがに序列持ち。彼女(成田稲穂)の雷はたしかに火傷だけでは済まない出力です。しかし、肉体そのものが頑丈になったわけではありません。触れないように攻撃すればいい」


 なにより──と平井さんが一呼吸置いて、触れれば切れそうな瞳でこちらを見る。誰かを彷彿とさせる戦意に彩られた刃の視線。ただ記憶にあるのとは違い、平井さんの"それ"は氷で出来ていた。天乃原学園生徒会副会長、『氷乙女(アイスメイデン)』平井要芽。


「──なにより、この程度の危機で慌てるようでは当真の、時宮の一員失格です」


「だったら、凌いでみろよ!」


 平井さんの背後に雷の化身が迫る。私に振り返った分だけ死角は大きく、転じて成田にとって付け入る隙となる。その機を逃さず踏み込み、繰り出したのは雷を伴う貫手。


 かすめただけで致命傷となり得る攻撃を私の方を向いたまま、平井さんは貫手を放つ外(背中)側へと体を回り込ませる──合気道による入身の技術だ。


 さすがに掴んで相手を制するのは無理らしく、かわすのみにどとまっているが続けざま手足を時に突き出し、時に振り回し追い込もうとする稲穂の攻めをスルスルと逃れていく。


「っ、逃げんな!」


 平井さんへの攻撃が肌一つ焼けずに空回る事、二十数度目。相当ムキになっている様子の成田が悪態を吐き捨てる。当初の標的であるはずの私に一切目もくれず、肥大化した敵意を氷の視線に交錯させていく。


 一方の平井さんも同様だ。思えば、初めに私を見たのもわざと攻めさせ、相手の行動をコントロールする為であって、要は成田に向けての駆け引きだったのだ。危なげなくやり込めているようでいて、その実、薄氷の勝負展開。余裕などあるはずがない。


 そんな緊張感に包まれる中、一人蚊帳の外である私はふと気づく。


「(そういえば、さっきから電撃を使ってこないわね)」


 凛華と私を追い立て、ついには凛華を昏倒させた、念じるだけで発動する電撃が平井さんを相手にして以降一度も撃っていない。使えば間違いなくこの均衡を破れるはずなのに……。


「もしかして、同時には使えない?」


「──どうやらそうらしい。事前に聞いた通りだな」


「今のは心臓に悪いわよ──桐条さん」


 悪趣味にも背後に近づき、私の独り言に答えたのは生徒会書記の桐条さんだった。あまりにも唐突な登場に驚き過ぎて抗議は平坦な淡々としたものになったけれど、心臓に悪いというのは皮肉でもなんでもなく心の底から出た言葉。むしろ痛い気さえする。


 とはいえ驚かされた事は一旦置いて落ち着いて考えてみると(忘れるのではなく一時保留)、平井さんへの連絡が通じていた時点で、平井さんが桐条さんにも声を掛けていても何ら不思議ではない。ならば、わざわざ時間差で来た事にも意味があるはず。


「説明してくれるのでしょうね」


「それは後回しにしてほしい。平井曰く、注意を逸らすのも足止めするのも長くは持たないと言われている」


「もっともな話だわ。私は何をすればいいのかしら?」


「副会長がどうにか足止めをしている間に講堂へ。あそこには避難した生徒も、整理に動員した委員もいる。事態の説明と生徒会政権の維持に努めてほしい」


「つまり、連中の目的は──」


「──生徒会、いや生徒会長の解任による天之宮から学園運営を取り戻す事」


 それは私達生徒会にとって何のことはない、今まで散々繰り返してきた戦いでしかなかった。ただ、裏でこそこそしていたものが表に出ただけの話。


「春休み前と何ら変わらないわね」


「そう簡単に変わるほど甘くないのは分かっていたはずだ、会長」


 桐条さんの率直な言葉にそうね、と短く返し、平井さんと成田の戦いを見やる。その身に纏う雷が切れかけた電灯のように時折明滅し、肩で息をしながらも攻めるを止めない成田。いつもと同じ平静に見えて、どれだけ集中し神経をすり減らしているのかそこかしこに汗のつたう平井さん。事前に立てた目的も計画も振り投げて対峙する彼女達にとって、私はすでに蚊帳の外だ。


「……あの時と似ているな」


「えぇ」


 思い出すのは御村と当真瞳子が講堂で戦った時の事。自らをさらけ出してぶつかる二人を当事者であるはずの私がただ外野で見る事しかできなかったという記憶は私に悔しさとほんの少しの淋しさを刻み付けた。今も自分の無力をまざまざと自覚させられながら、あの時の傷が滲んでかすかに痛む。


「感傷に浸っている場合ではないわね」


「その通りです。会長」


「──気が付いていたのね、凛華」


 当然とばかりに私の斜め後ろから声を掛けたのは気絶し、戦闘不能になっていたはずの生徒会書記、真田凛華。廊下の隅で倒れたままだったのを平井さんと稲穂との戦いのせいですっかり忘れていた。


「どの時点を目を覚ましたのかは知らないけれど、事情は講堂に向かいながら説明するわ」


「問題ありません。初めから起きていました」


「……それはつまり、私が地面に頭を押さえつけられた時も、ってことかしら?」


「感電してうまく動けなかったので痙攣は嘘ではありませんよ。回復を待ってから隙をついて攻撃するつもりでした。……もっとも副会長のおかげでその必要はなくなったわけですが」


 悪びれる事もなく、そう言ってのける凛華。桐条さんといい、私の扱いについて後でゆっくりと話す必要がありそうだ。だが、それは騒動を片づけてからになる。


「まぁ、いいでしょう。とりあえず講堂へ向かいます」


 気持ちを切り替え、改めて宣言ながら脱出用のシューターを目指す。凛華と桐条さんに否やはなく、頷いて私に続く。成田の追撃を警戒してか、殿を意識した位置取りでついてきているのを背中に感じる──扱いについての話し合いは短く済みそうね。


 幸いな事に妨害はなく無事シューターに辿り着き、私達は生徒会室からの脱出に成功した。

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