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第二十九話



      *



「会長。始業式解散後に転入生の一人が在校生を巻き込んでの乱闘騒ぎが発生しました。巻き込まれた在校生は勿論──」


「御村でしょ。今、聞いたところよ」


 生徒会室に入るなりそう報告した凛華に向けて携帯を振って見せる。まぁ、凛華の分かりやすい報告とは違って、話が長い上に妙に主観が混じっていたけれど、だいたいの事情は伝わったので良しとする事にした。というか、聞きたい事を聞いた時点で通話を切った。


 少し前の私ならすぐさま報告者を叱りつけ罰していたはずで、明らかに以前とは変わったな、と自覚している。その変化を成長とするか堕落とするかの判断は悩むけれど、少なくとも今はいちいちあげつらう暇はない。責めるのは後回しだと報告者の顔を思い浮かべながら思う。


 ……あれ? 眼鏡をかけた神経質そうな男子生徒だというのはすぐに思い出したけど、名前がどうにも出てこない──直属の組織を把握できないというのは管理者としていささか弛んでいるかもしれない。


「会長?」


「……ごめんなさい。少し考え事」


 まさか部下の名前を思い出していたと言うわけにもいかず、怪訝そうな凛華をそう言ってはぐらかす。少し気まずい空気になりかけたのを軽く咳払いして誤魔化しながら、会話の軌道修正を図る事にする。


「避難状況は?」


「御村が人の少ない方へと誘導しているらしく、幸い大きな混乱には至っていません。現在、手の空いている役員から順に手分けして事態の収拾に動いています」


 数ある行事の中では手の掛からないとはいえ、始業式の片づけもそれなりに一仕事だ。動かせる人員のいきなり全開で回せるというわけにもいかず、歯がゆいというのが正直なところ。もしかするとそれを見越して騒ぎを起こしたのかもしれない。


 それでも一月前の講堂での出来事(御村と当真瞳子の喧嘩)を経験しているからか、生徒会が事態の沈静化に向けて動けているというのは不幸中の幸いと言うべきだろう。もっとも、これから先も同程度かそれ以上のトラブルが日常茶飯事に起きそうな予感しかしないのだから、悩ましいことこの上ないのだけれど。


「──それと刀山剣太郎と篠崎空也が当事者達を追っているとの事です」


「……そう」


 補足として挙がったのは正式に天乃原学園の生徒として転入してきた二人(先日までの敵)の動向。いつもなら──どころかついさっき御村の報告時すら──いっそ嫌味なほど平静さの漂う凛華の声がこころなしか固さを帯びて聞こえる。凛華にとって二週間という時間は因縁を受け流すには少し短かったと思う。誘拐されかけた私も同様に心の整理はついていない。


 そもそもなぜ二人が転入しているのかと言うと、三年進級に合わせて事前に編入試験を受けていたからに他ならない。話を聞いた時はそんな馬鹿な、と学園に問い合わせると二ヶ月も前に実施し、御村より早い時期から転入が決まっていたとの事。


 運営はともかくとして生徒会は外の対応に関われない。その顕著な例が入学関連だ。事実はどうあれ、学園が"そう"だと言うのならこちらからはどうする事も出来ない。それでも私の誘拐に関わっていたとして不適格だと食い下がってみたが、


 ──当事者としていただけで誘拐には関わっておらず首謀者は罰せられ、実行犯だった当真晶子にも停学を科して話は終結した。


 ──合格を取り消すには相応の理由が必要であるがそれがなく、仮に取り消した場合、学籍に不具合が生じ、外から追求される危険性がある。万が一、合格取り消しが世間に露見した場合、学園にとりかえしのつかない打撃を被りかねない。


 とすでに下った決定は覆しようがないと淡々と説かれた。その上、理事長である当真慎吾が責任を持って身分を保証すると言われてしまってはこちらも挙げた手を下さざるを得ない。いくら私が天之宮当主の孫娘でも両家の判断に口を挟めるほど権限が大きいわけではないのだから仕方がない──少なくとも今は。それに平井さんからも、


 ──あの二人は天之宮と当真の政治に興味がありません。友人である優之助さんと戦ったのもそれが彼らの、時宮のコミュニケーションであり娯楽がゆえです。こちらから手を出さない限り害はないでしょう。


 ──少なくともあなたの目の前にいる人物よりは信用できる、と微妙に聞き逃せない一言で締めくくった点はさておき、私や凛華の中にあるわだかまりに目をつぶれば悪いようにならないというのが彼らに対するおおよその評価。


 結局、立場的にも人格的にも非がないとして編入は進められ、一週間前に入寮の手続きで顔を合わせたが特に揉める事なく現在に至る。


「──わかりました」


 不意に聞こえた凛華の声に思わず身を固くする。見ると凛華が携帯で誰かと連絡を取っていた。おそらく御村と転入生について進展があったのだと思う。また考え込んでいたらしく、凛華がいつ携帯に出たのかまったく気が付かなかった。やはりこのままでは示しがつかないな、と苦笑する。


「会長、警備部からです。現在、御村、刀山、篠崎の三人と転入生が外壁部脇の林で戦闘を開始。また、正体不明の集団が転入生に協力している模様。引き続き監視は続行するとの事です」


「正体不明の集団?」


「少なくとも監視カメラに映った顔からは該当する生徒はいなかったそうです。全員統一された服装で行動しているので組織的な企てと推察されます」


「……それはつまり、当真が裏で手を引いていると?」


「さすがにそこまでは……」


 私の推論に凛華が珍しく言葉を濁す。普通に考えてこの学園にちょっかいを出すような集団なんて当真しか考えられない。その一方、私の誘拐未遂で平謝りし、相応のペナルティを受けてから間もない内に騒動を起こすというのも不自然といえば不自然。


 たしかに当真家は今までも一枚岩ではなかった。それは御村が生徒会に敵対したように、もしくは先日の誘拐未遂のように、一族全体において目的を同じくしていても派閥が違えばアプローチも異なるのはすでに体験済みだ。


 むしろ、当真家は一つの物事において複数の立場を作り上げ、協力ではなく対立によって事に当たらせている節がある。その是非はともかく、競争によって成し得ようとする意図があるのはわかる。


 けれど、今回のそれを差し置いても行動の意図が読めない。当真は何をしたいのだ? それとも本当に当真は関わっていないのか? いくつもの考えが浮かんでは消える中、凛華も判断が難しい為かいつものキレがなく積極的な意見が上がらない。


「──あー、あんたが生徒会長であってる?」


 生徒会室に漂う沈黙を破ったのは気の抜けた確認だった。凛華のそれとはまったく違った第三者の声はつまるところ部外者の侵入を許したという事。護衛の本領と言うべきか、すぐさま反応し、私を庇う位置に動く凛華。それにつられる形で凛華の肩口から声の主を見ると生徒会室のドアを塞ぐように──実際に私達の逃走を認めるつもりはないだろう──一人の女子生徒が立っていた。


 身長は私と同じか少し低め。実は中学生でした、と言われても納得できる体躯に天乃原学園の制服をだらしなく着ている。リボンを外しているので学年は不明だが、私を知らないという事は転入生か新入生のどちらか。ただ、事前に届いた転入生に関する資料には思い当たる節がない事からおそらく新入生として"紛れ"こんだクチだろう。


 小顔で愛らしく整っているのに唯一、目つきの悪さ(鋭い、ではなく、恨めしげに睨んでいる感じ)がその魅力を台無しにしている。同性の容姿なんて興味はないし、かわいい女子にスキンシップするような趣味もないが、もったいないな、とは少しだけ思う。本当にどうでもいい話ではあるが。


「何の用かしら不法侵入者さん」


「……あってるかどうか聞いてんだけど?」


 ドアの片側にもたれながら、気だるげに確認を重ねる女生徒。その態度は勘に触るものの、冷静な部分がペースに呑まれるなと警告する。相手は侵入経路不明の襲撃者である事を肝に銘じながら会話を進めていく。


「……間違いないわ。私が天乃原学園生徒会長、天乃宮姫子よ。あなたの名前は? どうやって生徒会室まで侵入出来たのかしら?」


「どちらも知ったところで意味なんてないっしょ? っていうか、正直に答える馬鹿がどこにいるのさ」


 薄い唇を皮肉気に歪めて私の質問を封殺する。最初の遣り取りでこうなる事は織り込み済み、相手を苛立たせる言動(狙ってではなく素だろうけれど)も気にしない。情報が必要ならこちらから引っ張ればいいのだ。


 まず、どうやって生徒会室まで来れたのか? 唯一の手段であるエレベーターは一部の生徒しか使用できない。目の前の女生徒に使用を許可した覚えはないのでここへ来るのは不可能なはず──ただの人間ならば。


 わずかに開いたドアから流れてくる焦げた臭いが鼻を刺激する。生徒の個人情報や重要資料を保管している関係上、セキュリティは入っている。だが現在、侵入を許していながら警報の一つすら鳴らない。異能でセキュリティを無力化させたと考えて間違いない。焦げた臭いはその名残だろう。


「凛華、勝算は?」


 勝算とは当然、目の前の女生徒と戦って、の話。私から侵入者を庇う背中は、


「かなり厳しいかと」


 状況の深刻さを率直に認める。刀山との戦いで短くなった刀を抜き放ち、半身で構えるが、私という足枷の存在が普段の爆発的な加速による強襲を出来ないでいるのだ。


 護衛という名目で当真家から派遣された『怪腕』の少女はその実、生徒会に反抗する勢力の制圧を主な目的としていて、今の様に本来の意味で守りながら戦うのは初めてだった。その上、相手の手の内はわからないでは楽天的になる要素なんてどこにもない。けれど──


「──なら、足止めならどうかしら? 私を守らなくていいという条件も込みで」


 私の提案に侵入者の空気が一瞬、剣呑なものを帯びる。その反応で向こうの狙いをかすめた手ごたえを感じる。おそらく、"そういう事"なのだと。


「どういう事ですか?」


「彼女の目的は私をここで足止めしたまま、生徒会への指示をさせない事よ。それにどういった意図があるのかはまだわからないけれど、御村達の戦いとほぼ同時の襲撃。それは──」


 凛華の疑問に答える私の後ろで何かが弾けた音。振り返ると机の上にある電話の子機が煙を上げていた。煙が天井に到達しても火災警報器が作動する気配はなく、すでに生徒会室の機能はあらかたダウンさせられた事を示していた。


「あんたさぁ……ウザいよ」


 気だるげな口調に明確な敵意を込めて女生徒が私を睨む。それに合わせて彼女の周囲でパチパチと弾ける様な音と光。焦げた臭いに紛れて、わずかに感じるオゾン臭──高電圧の電気機器などで発生する独特な臭い。


「つまり、あなたの異能は──」


「──もういいよ。……元々、打ち合わせとかあたしにはどうでもいいし、付き合う義理もないし」


 私が見たのは独り言を呟きながら、人差し指を私に向けて突き出す女生徒の姿。その瞬間、突然襲った衝撃と共に目の前が真っ暗になった。

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