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第二十六話

「正直言うと、誘拐なんて下策をとるとは思わなかったの……連絡を受ける前までは。ただ、何かをやらかすという予感はしてた。当真晶子を裏で操る人物の性格からいえばね」


「どこのどいつだ? と言っても当主候補の誰かだろうけど……」


「えぇ。でもおじ様が空也達を紹介したのとは別の人物。空也達と打ち合わせた当主候補は今回の誘拐を企てた責任から候補者レースから辞退した──させられたという方が正しいわね」


「……そうなるように仕組んだと? その別の当主候補とやらが」


「さっき言ったでしょ? 『連絡を受ける前までは』と。わざわざ天之宮を敵に回す意味なんてない。だから誘拐なんて考え、真っ先に排除したわ。けれど結果を見れば、候補が一人脱落した──仕組んだとしか思えない。牽制する目的で渋々実家に戻ったのも、事前に戻るタイミングを実家に伝えて当真晶子を泳がせたのも、泳がせた世間知らずのお目付け役に空也達を潜り込ませたのも、全て無意味。私も含めて“あの女”の手のひらの上で踊っているにすぎなかった」


 奇しくも俺が瞳子に感じていた事を瞳子が感じる相手。脳裏で俺が瞳子にやり込められている図を想像し、そこから俺を瞳子に、瞳子を顔の見えない女の影に組み替えてみる。


「(……うまくいかんな)」


 想像での事とはいえ、瞳子が後手後手に回る姿がどうにも浮かんでこない。そもそも俺と瞳子は命の遣り取りをしても、その関係が憎しみ合っているというわけではない。そこもうまくイメージ出来ない要因の一つなのだと思う。実際の所、当主候補という立場同士、その辺りはどうなのか。


「──ただの敵よ」


 俺の質問に感情を込めず、そう答える。目的の為に競い合える好敵手ではなく、宿命にも似た相性の悪さで繋がる天敵でもない。そこに好悪はなく、目的に邪魔だから排除する。それ故のただの敵──心の底から含みを持たさずそう断じた瞳子に『殺刃』を向けられた時とは別種の寒気を覚える。


「……ただの敵と言われてもわかんねぇよ。もう少し詳しく頼む」


「年齢は23、女」


「いや、だから……23ってことは、俺らの二つ上か。心当たりがないな」


「月ケ丘──私達とは別の高校出身だから無理もないわ。当時の序列一位で二つ名は『絶槍』。私と同じく殺意や狂気を刃に形作り、対象を切り伏せる。……彼女の得物である薙刀に変えて」


「それって……」


「当真晶子が使ってみせたそうね。報告を聞いて驚いた」


 空になっていた杯にワインをなみなみと注いでいく瞳子。その頬には赤みがわずかに走るが、酔った様子は見られない。報告を聞いて驚いたというのが信じられない位、平静に見える。そして俺も驚きはしない。使った所を見ていたのが俺と会長しかいないはずなのに、いつ、どこで知り得たのかなど。


 それはともかく、当真晶子の生み出した殺意の形が薙刀だった理由が分かったような気がする。あの時、口にした“姉上”という単語の意味も。そこに根差した感情がなんなのかも。


「当真晶子はそいつの妹だったのか?」


「思い当たる節があるのね、その通りよ。当真晶子の実の姉であり、生徒会長に据えた張本人であり、おそらくコンプレックスの対象」


「おそらくじゃない。本人が思いきり意識してた。まぁ、殺意の形が姉と同じ薙刀の形だったという時点でわかるようなもんだけどな」


「えぇ。でも当真晶子がどう思っていたのかはこの際どうでもいいの。問題なのは当真晶子が異能を使えたという事実の方よ」


「……使えなかったのか?」


「使えなかったのよ」


「当真晶子の晶は水晶だろ? なら目に関係するはずなんじゃ……」


 たしか目の一部にそんな感じの名前があった気がする。初顔合わせでは特に気にしなかったが、後で異能が使えると判明した時には納得すると同時に思い至らない事に自己嫌悪すら感じた。ここで使えなかったと言われても混乱するだけである。


「水晶体だからって事? いくら当真の異能持ちが目に関する名を与えられると言ってもそこまで回りくどくないわよ。それがありなら虹彩の虹や彩をつけても問題ない事になるでしょ。その目に宿る異能への畏敬を表す為にも名付けに妥協はないの。当真の女の中では“目”をそのまま名前に組み込まれるなんて珍しくない話よ。そういう意味では私の名前が“瞳子”でよかったとしみじみ思う。……これでも、一応女ですもの」


 冗談めかしているが、心の底からホッとした様子の瞳子。当真晶子の“姉”の存在を語った時の危うさが薄れ、普段の調子が戻ってきた事にこちらも安心する。……それはそれとして──


「(──なぜか、瞳子の話が妙に引っ掛かるんだよなぁ……どこかかはわからんけど)」


 差し障りがないようでいて、すごく重要な事を見逃している。そんな気さえするが正体が掴めない。いや、たしかどこかで──


「──すけ! 優之助!」


「お! おう!」


「だから、当真晶子に異能を使ったのが問題だと言ったのよ! 話聞いてなかったの!?」


 気が付くと目の前には瞳子の顔。考えに没頭し過ぎて俯きがちだった俺を覗き込むような恰好の──つか、近い! 近い!


「まったく! 真面目に聞く気があるの?」


「いや、悪かった。少し考え事してたんだ」


「考え事?」


「あぁ──いや、なんでもない。続けよう」


 喉に出かかったものが急に消え去る感覚。さっきのドタバタの影響で何にこだわっていたのかが思い出せない。そもそも思い出せないから無い頭を捻って唸っていたわけで、気が削がれ萎えてしまった今では、そこまでこだわる理由もない。本来の会話を戻すべく、瞳子を促す。


「そうね。……と言っても後は結論しか残っていない。“あの女”にはとても厄介な協力者がいる。下手をすれば、当真や時宮、ひいては異能者の存在に致命的な切っ掛けになり得るほどの、ね」


「……また、随分と大きく出たな」


「あら、この期に及んで、状況を理解していないのかしら? それとも日和った?」


「辛辣だな。ヤバいのは分かるし、組む相手を選り好みできる立場でもないのは承知しているさ。それにしても存在するとは驚きだな。“異能を生み出し、与える”異能者なんてものが」


 前提として異能は後天的に手に入る代物ではなく、誤解を与えるの承知で例えるなら“才能”もしくは人が本来持つはずのない“器官”を指す。


 異能を覚醒させる時期に若干個人差はあるが、大抵物心がつく前後(もしかすると自我の目覚めそのものが引き金かもしれない)、異能者であると自分や周囲は嫌でも理解する。常識や理性によるストッパーがない幼児期に異能を使わないという選択肢はなく、ただ“出来る事”、“あるもの”として──力の加減を知らないまま遊ぶように──発現させてしまうからだ。例外はない。


 まして異能者を率いる立場にある当真家が身内の異能に気づかないはずはなく、当真晶子に異能がないと身内である瞳子が言うのなら間違いはない。時宮高校の生徒会長でありながら、現役の序列持ちを連れてこれなかったのも道理だ。人望もそうだが、それ以上に実力──異能者を認めさせるだけの力──がなかったからだろう。少なくとも、ほんの最近までは。


 そうなると高校生になるまで一度も異能を発現する事なく、また当真家すら気づかない可能性よりも、学園(ここ)に来る前に異能が"偶然"開花する確率よりも、現実味があるのだ──前代未聞だが、“異能を生み出し、与える”異能者がいると言う方が。


「……まだ存在していると決まったわけではないわ」


「だが確信している、だろ? 俺も“いる”と考えていいと思う」


 そもそも結論として存在を示唆したのは瞳子だ。今更はぐらかすのは性格が悪い。はぐらかすと言えば──


「──いつまで“あの女”だと会話に困るんだが……。そんな勿体ぶるもんでもないだろ?」


 勿体ぶるというより、台所に潜んでいそうな黒いのを“あれ”呼ばわりするのと同じ気がするが、指摘するのが怖い。


「ややこしいのよ、名前が。“あの女”も“とうこ”だから──当真瞳呼。“瞳”に点呼の“呼”で瞳呼。瞳を呼ぶって名前的にどうなのかしらね」


 酒気を帯びた吐息と共に不自然に明るく言う。そして思い出したようにワインを注ぎ、間をおかず流し込んでいく。


「瞳が呼ぶのかもしれないだろ。……それが何かは知らんけど」


「かもね」


 瞳子は俺の戯言を流さない。気だるげに傾げた首から上はすでに出来上がったと一目でわかるほど赤いが、視線は俺をしっかりと捉えている。少なくとも俺の戯言を戯言とは受け取っていないらしい。


「異能の発現は生まれてから間もなく。その際、生み出した凶器で家政婦や親族数人が斬られたそうよ。幸い死人は出なかったけど、後の調査で半径30m範囲内の全てが対象に入っていた事が分かった──隣にいた父親と別の部屋で控えていた警護役を除いて」


「防ぐかかわすかして無傷だったからカウントしなかったんじゃなくてか?」


「父親と警護役には見向きもしなかったそうよ。それ以外には恐ろしいほどの精度と執拗さで攻撃されていった。死人が出なかったのは警護役が赤子を誰もいない射程外まで連れていく判断を即座に下したからであって、放っておけば間違いなく殺されていたでしょうね──母親を含めた異能を持たない人達が」


「それって、つまり──」


 知らず固くなった俺の声を引き継ぐように瞳子が言葉を紡ぐ。


「──そう、当真瞳呼は異能者しか人と認めていない、根っからの差別主義者よ。そんな女が異能を生み出す異能者と結びついて、当真の権力を得ようとしている。私はあなたの戯言を笑い話にできない。あの女は災いを呼ぶ──冗談ではなく、異能者と人との抗争が始まってもおかしくないのだから」

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