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第二十二話

「──音の正体はこれか」


 音のした方向を辿ってみると、東屋の近くに設置されている電灯の一本が何か鋭いもので切られていた。


 倒れた電灯は塀を巻き込んでおり、その被害を拡大しているが、東屋とは別方向に倒れたので怪我人がいないのは不幸中の幸いといった所だろう。ただし、“いるはずの人間がいない”という事が新たな問題をとして浮上していた。会長と当真晶子がいないのだ。


「寝かせておいた二人は無事だ。ひとまず空也も隣に寝かせておくが問題ないだろう」


 空也を背負って東屋まで運んでいた剣太郎が真田さんと飛鳥の無事を俺に告げる。


 少し離れた広場からでも聞こえる物音でも起きない嫁入り前の娘さんの横に空也を寝かせるのはいろいろな意味で問題では?と思わなくもないが、今はいない人間について考えを巡らせるべきだろう。


「……やっぱり、当真晶子なのか?」


 会長がこの場にいないのはもとより、電灯を倒した事も含めて。


「たしかに信じられんが、他にいないだろう?」


 ごもっともである。この期に及んで、未知の第三者がいきなり状況に加わったというよりかはまだ筋が通っている。それにしても当真晶子に会長を連れ去るなんて芸当が能力、度胸のどちらともあるとは思わなかった。


「……どうやら、“フリ”だったようだな」


 昼間の食堂や先程のやり取りを思い出してみる。俺に指摘された程度で勢いを失って密かに剣太郎達の方を見たり、妙な所で出しゃばってみたりと油断させる為の演技としては少々、芸が細かい。というか、やる意味があるのか怪しい。


 次期当主の選定に絡む天乃原学園の運営、ひいては天之宮家に侮られかねない立ち回りをするのはむしろマイナスのはずだ。まぁ、裏の裏をかくという考え方もあるわけだし、案外俺が気付かないだけで何かしらのメリットがあるのかもしれない。


「いや、あれは“フリ”ではない」


 そう言って、俺の考えをあっさりと一蹴する剣太郎。……この何秒かの想像を全否定かよ。


「雇い主の──何だったかか──も最近酷くなったと漏らしていた。身内がわざわざ俺達に愚痴る位だ、間違いない。それがなくてもあの迂闊さが“フリ”とは誰も思わん」


「何だったか、ってなんだよ」


「俺達を雇った当真の対立候補だ。名前を聞いたはずだが思い出せん。たしか当真の叔父だか甥だかだったな。空也に丸投げしたから詳しい話を聞きたいなら空也にしてくれ」


「叔父と甥だとだいぶ違うぞ」


「親戚には違いあるまい。……それより、追いかけなくていいのか? まぁ、どっちへ行ったかは知らんがな」


「いまやってるよ」


「……あぁ、なるほど」


 剣太郎の目が俺の両手に留まる。『制空圏』による探査は傍目に映らないが、剣太郎なら運動エネルギーの流れかセンサー代わりにこちらで操作した気流の乱れに何かしら気づくものがあるのだろう。


 瞳子や空也の異能とは違い、視覚的に地味な能力なので発動しているのがわかる剣太郎には気づいてもらって嬉しいととるかそんな些細な事も見逃さない感覚を警戒すべきか判断に迷う。


「──つかんだ」


 展開した『制空圏』で二人分の動きを文字通り“把握”する。会長と当真晶子は広場に来る前とは別の道を使って管理棟を迂回しつつ下山していた。要芽ちゃんに鉢合わせしないよう管理棟を迂回するのは理に適っているし、コテージからでも人里に下りる為の道が整備されているから道なりに行けば夜でも迷う事ないだろう。もしかすると逃走用の車をすでに手配しているのかもしれない。


 初めから狙っていたのか、誰かの差し金なのか所詮当真家から見て部外者である俺には知る由もないが、まったくの考えなしで動いているわけではなさそうだ。少なくとも目的に向かって行動しているのだと一連の流れが示している。……まぁ、俺にとってはそのあたりの背景などどうでもいいのだが。


「……夜は冷える。あの三人は俺に任せてくれていい」


 剣太郎が事もなげに現状の後始末を買って出る。俺の後顧の憂いを断つように。言葉少なく唐突だが、それがむしろ剣太郎らしいと口の端がわずかに緩む。


「すまん。任せた」


「あぁ」


 短い遣り取りの末、会長と当真晶子を追う。速度は決して速くはないが、半径500m内を把握する『制空圏』のほぼ外側に反応があり、随分と離れてしまっている。それに速くないと言っても、当真晶子が会長を抱えているわけでもなく、会長が抵抗しているわけでもない。状況はわからないが、どうやら会長は大人しく当真晶子に従っているようだ。あまりグズグズしていると間に合わなくなる。


「──優之助」


「なんだ?」


「当真晶子が闘う器ではないというのは間違いない。だが、強力な武器を与えられた時、その器がどう変わるかは誰にもわからない。気を付けろ」


「おう!」


 剣太郎の確信めいた忠告を噛みしめて今度こそ走る。確信に至った根拠など聞く必要はない。例え剣太郎達が何かを言い惜しんでいたとしても問題はないのだ。どうせこの先に進めば嫌でも知るのだから。だからこそ今は──


「──追跡開始だ」

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