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第十四話

「──見事な足さばきだね。回り込まれたの全然気づかなかったよ」


「それはどうも。……こちらも近寄る前に気づかれるとは思わなかった」


「こんな騒ぎを起こしているのにキッチンから出てこなかったらおかしいと思うよ。後は攻められると困る方向に声を掛けただけさ──要は勘だね」


 そんな遣り取りを交わす篠崎と桐条さん。凛華の時のように真っ向から迎撃するかと思えば、今の所桐条さんから一定の距離を保とうと逃げの一手のみ。そんな篠崎を桐条さんはコマ送りに見える動き、桐条式・『飛燕脚』で追う。


 机や椅子が障害物として動きにくいにも関わらず、体の初動を悟らせずに攻め続けられる桐条さんはすごいけれど、その桐条さんから同じ条件下で逃げ回れる篠崎もかなり不気味だ。そんな芸当が簡単でない事くらい素人の私でもわかる。


「……いつまでもこのままはマズいなぁ」


 にこやかな表情に少し物憂いものがよぎる篠崎。現状、逃げ回っているだけなので当たり前といえば当たり前の話。けれど、篠崎からはどことなく余裕らしきものが見て取れる。桐条さんも同感なのか単純に攻撃する為というより、自分が攻撃できるギリギリの距離を維持している為に追っているのだと思う。追うのを辞めた瞬間、遠距離から攻撃される可能性を危惧して。相手が素手だとしても油断はできない。私達はそれが出来る人間がいる事を知ってしまったのだから。


「わかるよ。君、離れた所から攻撃されるのを警戒してるね? ……瞳子ちゃんを見たからかな。"若いのに"侮れない経験を積んでいるね」


 よくわからない感心をしながら、ついにその足を止める篠崎。桐条さんはそれを見ても一気に距離は詰めず、徐々に相手に肉薄する事を選択。よりよい位置、タイミングを計るつもりだ。


「……乗ってこないあたり冷静だけど、こっちから行く可能性を忘れてないかな?」


 篠崎が呟きと共に飛ぶ──3m以上ある天井まで。別に驚きはしない。凛華だってそれくらい飛べるのだから。そのまま天井に着地? すると桐条さんの後方へ向けてさらに飛ぶ。着地するとさらに天井へ飛ぶ。解説するのが馬鹿らしくなるくらい一連の動作をとても柔らかく静かに繰り返していく。


 凛華や当真瞳子の使っていた『一本指歩法』のような爆発的な加速を感じないが、貼り付くというニュアンスが似合う蹴り足は天井や壁はおろか細い縄や小さな石の上にも狙って飛び跳ねられそうだ。


「(つまり、あれも何らかの"異能"でしょうね)」


 篠崎は包囲するように桐条さんの周りを柔らかく静かに跳躍を続けている。その囲いも気づけば、少しずつ狭まっているように見える。いつの間にか先程とは立場が逆転していた。まるで真綿で絞められたように仕組まれた攻防の妙、その起点となったのはあの跳躍──正しくはその柔らかさだった。


 柔らかさ、それは力感がないと言い換える事ができる。3m以上飛んだというのに力がどこかに集約された形跡が見られなかった。それはもう不自然なくらいに。凛華の跳躍は『怪腕』と言われるほどの筋力を『一本指歩法』で集約し飛ぶ。飛ぶ際の動作(特に初動)は弓を引き絞る様を連想させるし、それは『一本指歩法』の精度で明らかに上の当真瞳子も例外ではない。なのに篠崎は軽やかに飛ぶ。まるで無重力の空間に居るように。


「(案外、本当に重力を操っているのかもね)」


 そんな馬鹿な事を考えている内にも状況は桐条さんにとって不利に動いていく。『飛燕脚』は制圧にも迎撃にも優れた、まさに距離を制する技。しかし、相手が自分より数段速く動ける場合、自分に向かってこない場合はその限りではない。速さはともかく、ああも周りから周りへウロチョロされると攻めるにしても守るにしても桐条さんがイニシアチブをとるのは難しいはず。まして、相手は上段も届かないような高い位置へ移動できるのだ。地に足をつけて戦う以上、想定外のはずの真上を。


 そんなことは使い手であれば百も承知だろう。篠崎の包囲網によっていよいよ端の方へ追いやられているにも関わらず、桐条さんの表情に悲壮なものは見られない。食堂の構造上、当然ながら端の方が机も席も多く配置されている。いくら障害物を苦にぜず『飛燕脚』で動けるといっても限度があるはず。……何か狙ってる?


「少し早いけど、そろそろ幕引きかな?」


「……あぁ、こちらもそのつもり──」


 ──だ。皆まで言わず、そして篠崎の終了宣言に動じず、手近に置いてある椅子を篠崎に目掛けて投げつける桐条さん。


 樹脂と細いパイプで構成された食堂の椅子はその気になれば私でも振り回せるくらいに軽い。それを遠慮のかけらをみせず、続けて二つ三つ遠心力を伴わせながら篠崎の天井へ飛ぶタイミングに合わせ、勢いよく飛ばしていく。ああも大胆な判断ができたのか、驚きと感心が半々の私と篠崎を意にも返さず、地面に退避した篠崎を『飛燕脚』で間合いを詰める。


「シッ」


 打撃系でよく耳のする呼吸音があたりに響く。少し遅れて肉と肉が鈍くぶつかる音が聞こえた気がする。幻聴ともとれるその音はしかし私には決着を確信させる。


「──くっ」


 漏れた呼気と共に膝を折る()()()()。理解が追い付かない。なぜ、あそこから桐条さんが打ち負けるのか?


「タイミングを計っていたのは彼女だけじゃないって事さ」


 茫然とする私にそう声を掛けたのは勝者である篠崎。そう、勝負はついてしまったのだ。私にわざわざ解説できてしまうほど、覆しようもなく。


「彼女──桐条さんだっけ?──の足運びは見事だったよ。僕でも初動を捉える事は最後まで出来なかった。だから地形的に動きにくくなる端へ追いやろうとした。……そこは気づいていたよね?」


 『飛燕脚』を見切れなかった事に少しの悔しさを滲ませながらも、その説明は澱む事なく進む。


「障害物を上手くかわしながら動きは維持していたけれど、それは椅子に限った話さ。さすがに机はかわしきるのは無理がある。……当たり前だよね、物理的にすり抜けるわけじゃないんだから。なら左右に机があるこの場所まで誘導すればいい。そうして追い込んでからタイミングを計って地面に着地すれば、桐条さんは一気に間合いを詰めてくる。それに合わせてしまえば簡単だよ。いくら動きに誤魔化されても来るのがわかっているからね」


 まるでその時を再現するように、しなやかな前蹴りが空気を裂いて突き出される。跳躍そのものに力感がなくても、その蹴りは間違いなく相手を容赦なく沈める威力を秘めていた。打撃が主戦場の桐条さんが一撃で倒されてもなんら不思議ではないと思う。


「──それはそれとしてあちらもそろそろ決着じゃないかな」


 そう言って指差す篠崎。目まぐるしく動き回る桐条さんと篠崎に気を取られ、もう一方をまったく見ていなかった事を今更思い出す。指差された先を追うと息も絶え絶えに辛うじて立つ凛華と得物を無造作に構え、泰然とした立ち姿の刀山剣太郎(得物がモップの柄なのがなんともシュールだけれど)。


「『剣聖』を相手によく持った方です」


「……知っているの?」


 こんな風に話し掛けるのは平井要芽一人しかいない。目くじらを立てる事すら煩わしい私は本題を促す。それにしても、御村が近くにいるけど大丈夫なのだろうか。……どうでもいいけど。


「『剣聖』刀山剣太郎はその名の通り、剣の術と理を超えた聖人です。異能とは別種の奇跡を体現する時宮でも特異な存在。正直、当真晶子についてくるとは完全に予想外でした」


 平井さんの声に珍しく緊張が混じる。御村を目の前にした時とは違い、私が平井さんに感じているような警戒の成分が多分に含まれているのが手に取るようにわかる。ここまで私に無防備を晒すというだけで、刀山剣太郎がいかに凄まじいのかが伝わる気がする。


「────っ」


 凛華が声にならない気勢を上げ、自らを奮い立たせる。それに呼応して『怪腕』の握力に耐えられるよう特注で拵えられた刀の柄が不自然に軋む音が聞こえてくる。あれでは剣を持つというより、鉄の棒を握り締めているようなものだ。剣術としては決して褒められない行為。


 ただ、凛華の場合、下手な斬撃より開き直ってかかった方が防ぎようもないのも確か。まして相手はモップの柄なのだからかわす以外の対応に想像がつかない。むしろかわせなかった場合、控え目に言っても人体はバラバラになる心配の方が強い。


 そんな心配などお構いなしとばかりに凛華の踏み込みが刀山との距離を一気に詰め、勢いそのままに刀を振り下ろす、技もへったくれもない不恰好な攻撃。それでも唸りすら聞こえるその一撃は防げない。至近距離まで近づいた凛華に棒立ちの刀山。


 もはやかわせるタイミングをすらない状況に思わず、あ、死んだ──そう喉から出かけ、そのまま飲み込む事になる。なぜなら──


「……あれ?」



 ──なぜなら、今、私の目に映るのは、一瞬前の予想に反して五体満足で体を入れ替え交錯した二人の姿。代わりに出たのは拍子抜けし、間が抜けた声だけ。やや遅れて、一歩間違えば人死にが出た可能性を思い出し、背筋に冷汗が流れ落ちる。最近いろいろな事が起こりすぎて感覚が麻痺していたらしい。


「(……どうも周りに流され過ぎているわね)」


 人を率いる身としては褒められた気構えではない事に軽い自己嫌悪に陥る。ただ、それは今でなくてもいい。今は──


「──真田凛華の持つ得物を見てください」


 反省を脇にやり、目の前の疑問に答えたのは平井さん(……相変わらず内心を読まれているのも後でいいわ)。促されるまま、凛華の手元を見る。


「……先がない」


 凛華の得物は刃渡り七十はある打刀。その刀身が曲がったわけでもなく、折れたわけでもなく、あざやかな断面を空気に晒しながら根元近くから()()()()()()いた。


「あれは刀山がやったの?」


「えぇ」


「丸みのあるモップの柄で?」


「基本、得物は選ばないそうです。……気に入る、いらない、はあるようですが」


「つまり、どれを使っても出来るのね。あんな芸当が」


 その斬った張本人は軽く得物を二、三度手首の返しだけで振ると背後の凛華を置き去りに一足先に戻っていた篠崎と当真晶子の元へ向かう──勝負はついている。そういう事だろう。


 一方、凛華は茫然としたまま、固まっている。戦闘続行の意志がない事は明らか。誰がどう見ても刀山の勝ちで決着しているのだ。


「勝負ありましたね」


 当真晶子が事もなげに言い放つ。勝って当然という体は桐条さんと凛華を苦もなく退けた二人の実力を知っていれば納得できる。


「これでわかったはず。天乃原学園を御しきれなかったのはあなたをはじめとした生徒会の力不足が原因だったという事を」


「……私が未熟なのは重々承知よ。なにせ、あなたの安い挑発に思わず乗ってしまうくらいだもの」


「そんな皮肉交じりの自嘲では誤魔化せないわよ。一連の問題を解消できたのは異能を含めた"武力"だという事実は覆りはしない。集団の長である生徒会が私達に敵わなかったという事も」


「……」


「この事実を両家に報告すれば、懐疑的だった天之宮側も態度を軟化するでしょう。姉妹校提携の話も同様にもう少し好意的に見直されるはず」


「……それがあなたの目的というわけね?」


「その通りよ」


 さして隠す様子もなく肯定する当真晶子。生徒会は学園内の自治はもとより、学園の舵取りもある程度介入できる。ただし、その権力が及ぶのは天之宮内のみという注釈がつく。要するに部活の大会日程や開催場所を天之宮学園の都合で決めたりはできないのだ。


 特に今回の提携話は学園運営のみならず、ひいては天之宮、当真両家の思惑が交錯している。当真家側からすれば、天之宮本家を相手にするより、学園内の権力を一手に握る私達をつついた方がはるかに効果的なのだ。


「天之宮さん、あなたにも協力して頂ければ話は早いのだけれど、どうかしら?」


「どうかしら? とは?」


「天乃原学園現生徒会長であり、天之宮当主の孫娘のあなたが、口添えすれば、提携交渉はさらによりよいものになるでしょう。そもそも今回の話は両家ともに利がある。あなたもそれはわかっていたはず」


 そう語る当真晶子の物腰は今までの態度を一変させたように柔らかく、友好的だった。しかも突いてくるのは感情論ではなく、純粋な利害の部分。たしかに、提携の話は天之宮にも利があり、断る理由はなかった。ただ事を性急に進めようとするより、段階を踏んだ方がいいと判断しているだけ。


 当真家に終始イニシアチブと取られる事に抵抗があるのも否定できないけれど、天之宮に基本、否やはない。ないのだけれど──


 改めて当真晶子に向き直る。その顔はにこやかに整っているが、見方によっては勝者としての余裕──勝ち誇っている──ようにも取れる。そんな顔をされれば、叩き潰したくなるし、仮に負ければ、腸が煮えくり立つ。なのに当真晶子の勝ち誇る顔(と決めた)を見ても、桐条さんも凛華も負けたという事実を目の当たりにしても、悔しさが一切湧いてこない。……御村の時はあれほど苦い思いをしたのに。


「そうか……それでか」


「なに?」


 不利な立場でありながら動揺を見せない私に当真晶子が不審めいた視線を私に向ける。ただそれも一瞬の事。まだまだ取り繕ったものを引き剥がすには足りない。現時点ではあちらが絶対的に有利なのだから。


「あなたにも立場はあるのだし、結論は急がなくてもいいわ。でも──」


「──交渉の肝は両者の落としどころを見極める事。だが、当真のやり口はその判断基準に武力を絡ませ、優位に立とうとする。今、会長がやられているのがそれだ。わざわざ煽って交戦に持ち込み、勝利して、相手の抵抗心を削ぐんだ。煽られたとはいえ自分から仕掛けた喧嘩に負けたら、その後の冷静に顔を合わせるなんて無理だろ?」


 私を絡めようとする当真晶子をよく通る声が唐突に遮る。ここへきて、第三者が口を挟むとは思えなかったのか。当真晶子の顔がにこやかなまま固まる。


「見てみろよ、当真晶子を。どう見ても"私の思う通り事が運んでちょろい"って顔だ」


「……気付いているわよ」


「だよな。普段似たような顔してるし」


「失礼ね。あそこまで露骨じゃないわよ。ま、本人は下手に出て誤魔化しているつもりでしょうけど」

「なっ!」


 なにを言っているのか? あるいは、なんて失礼な! だろうか。当真晶子が何事かを言おうとして、言葉に詰まる。今までの流暢さはどこへやら、だ。たった一度の思わぬ乱入でペースを保てないなんて、こういった論戦に慣れていない証拠だ。同じ当真でも当真瞳子ならこんな醜態は晒さない。


「会長。俺はここで"頼まれた事"を果たそうと思うんだが、いいだろうか?」


 私達天乃原学園側の中で唯一の部外者、御村優之助はそう私に告げた。


「えぇ、お願いするわ」


「……どういう事かしら?」


 先程から私と御村に主導権を握られ置いてけぼりを食った格好の当真晶子。その表情は少し前の会話の中心とは思えないほど余裕を感じられない。剣呑とすら感じる彼女を御村は大して気にした風もなく、質問を投げかける。


「なぁ、当真晶子。おまえ、さっき言ったよな? "天乃原学園が長年抱えていた問題の一つが解決したのは、異能による圧倒的な恐怖という形"だと」


「そうよ。間違っているかしら?」


 おまえ呼ばわりされた事に苛立ちはあっても、その程度で話の腰を折るつもりはないらしい。当真晶子は無愛想ながらも続きを促す。


「違うな。天乃原学園の問題、つまり天之宮グループを利用しようとした連中が学園を去ったのは、"異能に対する恐怖"からではなく"表向き無関係の第三者が異能(そんな力)を持っていたから"なんだよ」


「何が違うの?」


「察しが悪いな。いくら未知への恐怖が拭えないものだとしても、ある程度の理性は働くって事だよ。そんな力を大っぴらに使えるはずがない、ってな」


 御村の当真晶子を見る目が皮肉抜きで呆れているのだとありありと見て取れる──それでも異能者を束ねる当真家の者なのか、と。


「そうでなくても学園側の立場は微妙だ。体罰に対する世間の見方が厳しい現状で下手に力に訴えれば学園はただでは済まない。強権を誇る生徒会でもそれは同じだ」


 そう、生徒会も無制限に力を振るえるわけじゃない。桐条さんが当時対抗勢力だった空手部をルールの元で立ち会ったように、幾重もの前提があって初めて相手に強権を発動できるのだ。外からは簡単に見えても、どれだけの手順を踏んで問題の生徒を放逐してきた事か。知らずため息が出る。


「連中はそれがわかっているから、いざとなれば弱者を装うだけでいいと高をくくっていた。力の大小は関係なく効果を発揮するからな。つまり異能者がただその力を振るっても意味がないんだ。なのに講堂での出来事を期にそういった奴らが自ら転校を申し出た。なぜか? 力を振るった生徒が生徒会とは"表向き"関係ない立場だったからだ」


 ここで御村が"表向き"と強調した理由は二つ。一つはそのままの意味、御村が天之宮とは関係のない一般生徒として転校してきたから。


 そしてもう一つは生徒会に明らかな敵対行為を働いた御村がなんのお咎めも受けていないから。いくら尋常な立ち合いとはいえ、生徒会が何もしないのは裏で繋がっているのでは? 御村の言う"連中"はそう考える。そして想像がこう飛躍する"表向き繋がっていないという事はこれから先、いくらでも自分達を排除できる"と。


 天之宮と転校生との繋がりを証明できない以上、弱者の立場から天乃原学園を追及する事は不可能。結果、切り札を使えないと判断した"連中"は学園を去った。春休み開始前後で起きた大量転出にはそういった背景がある。


「力による支配ができないのがわかったと思うけど、これを聞いてまだ天乃原学園を支配するなんて言うつもりか?」


「そ、それは……」


 当真晶子の返答は弱々しい。代案を出すのが難しいのはわかるが、ここで弱気を見せては駄目でしょう──そう言いたくなるほど今の彼女は頼りない。本当に用意されたレールの上でしか勢いを感じられない子ね。


 例え、絶望的な状況でもこの子に学園を任せられない、といよいよ確信する。御村はそんな私を見て、自分の役割が終わろうとしているのを理解したようで、話を締めにかかる。


「……というわけだ。会長、俺からの結論を言うぞ。当真晶子の器は組むに値しない。当真との協力は必要だろうが、もう少しマシな人間に頼むべきだとな」


 これは事実上の決裂宣言。天之宮側が本来言うべきものを御村に言われたからか、当真晶子の目に今までにない敵意が帯びる。


 ──戦闘再開かしら。側から聞けば他人事みたいな物言いだけれど、あいにく生徒会に戦力は残っていない。桐条さんの意識は戻らないままだし、凛華も今は戦えない。()()平井さんはそもそも計算外。続けるならあなた一人でやりなさいよね、と目で訴えてみる。その視線を御村はまかせろとばかりに軽く手を挙げて受け止める。……本当にわかっているのかしら?


「……ついでに言うならな」


 どこまでも場の緊張にそぐわない御村が無防備にも私に向き直る。


「あんたが踏ん張ったから天乃原学園は一つの問題にケリをつけられたんだ。講堂での出来事は数ある切っ掛けの一つでしかない。だから、あんたは当真に負い目や無力を感じなくていいんだ」


「(……いったい何を勘違いしているのかしらこの男)」


 そんな事は言われなくてもわかっている。もし私が無力に嘆いているように御村が見えたのならお門違いにも甚だしい。


 私はただ悔しいだけ、当真晶子にいいようにされかけた事がではなく、御村を頼りにするのをさほど嫌と思わない事がだ。どうやら私もいつの間にかそれなりに御村を評価していたらしい。


「(その判断に納得できないから凛華の評価にも疑問だったけれどね)」


 自分の事ながら未だに納得できないけれど、それでも今の私にできるのは御村の背中を見守るだけしかできない──意外に逞しく広い背中を。


「なによ。ちょっと格好いいじゃない」


 そう普段の自分がきいたら、正気を疑われる呟きが漏れる。やはり流されやすいのはどうにかしないといけないようだ。

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