第6章:神官長、寝室にて
「なあルフィ、もう一度あの二人と会わないか?」
「…あの二人って、ダッシャーとカンヅ?」
夜も更けて、殿下の寝室前で警備をしている時だった。唐突にダルがそう言ったのは。
ちなみにラギスは寝室の中で警備中。
「…あの二人…どちらかは、悪魔だ。」
…………
ここで悪魔って言う単語が出てくるのか。今回は無いと思って安心してたのに。大体…
「あんた、悪魔なら見ればわかるんじゃないの」
「普通の奴は、な。しかし高位の悪魔になるほど、人間に化けるのがうまくなる。今回の奴はそういった類だ。」
そういう話は、昔聞いた事がある。400年くらい前に起こった戦争も、元々の原因は人間にうまく化けた悪魔が、王を唆して起こしたと言う噂もある位だ。
「昼間、彼らが出て行くときに微かだが悪魔の気配…瘴気を感じた。たぶん…」
「…成り代わり…?」
「そう。その可能性が高い。」
「じゃあやっぱりダッシャーじゃないの?頻繁に暗殺者に襲われてるって言うし、何か兵力増強を強く推してるし。」
自分の考えを述べつつ、隣にいるダルの顔を覗き込む。
随分と真面目に考え込んでるんですけど、この男。って言うか、カンヅも怪しんでるっていう理由がわからないのよね。
「400年前のケースではね、ルフィ。一番怪しくなかった人が、悪魔だったんだ。」
「…よく知ってるわね。」
「当事者だったからね。ちなみに当時の僕は王宮神官の一人だったんだ。」
ダルは無意味に胸を張り、自慢げに話す。
いや、別にそこで威張られても。別に王家に仕えてるから偉いって訳でもないし。
「で、それを踏まえるとカンヅも怪しいって事?」
「そう。一応、殿下もかなって思ったんだけど、竜族であるラギスの目を誤魔化し続けられるとは思えない。」
「なるほど。」
だけど…どうやって悪魔と見抜く?ダルですら見抜けないというのに、私にはとてもじゃないけど無理。
尻尾を出すまでひたすら待つって言うのもアリだけど、それでは時間がかかりすぎる。
「相手が悪魔…しかも高位な奴なら、必ず尻尾を出すはずなんだ。…ある方法を使えば、ね。」
私の考えを見抜いたかのように、ダルがにこやかに私に言った。
「…と、言うわけで早速行ってこよう。」
「ちょっと待て。今すぐに行くの?こんな夜中に?」
「今なら確実に寝ぼけてドジを踏む。…と思うんだけど。」
……悪魔って寝ぼけるものなのだろうか。むしろイメージとしては悪魔って夜に強い感じがするんだけど。
いや、それ以前にアポ無しで行くと間違いなく見張りの兵とかに邪魔されるような気が…
「ラギス、殿下の事頼んだよー。」
『了解です。』
扉の向こうで聞いていたらしく、唐突なダルの呼びかけに応えるラギス。
しかも何か楽しそうな声してやがるんですけど。
『もし、悪魔が見つかったら呼んでくださいね。僕も警備の一人なんですから。』
「はいよー。期待してくれていいと思うよ。」
「軽やかに約束すんな!無事に会えるかどうかなんてわかんないのよ!?」
「ああ、その点は大丈夫。」
私の心配をよそに、ダルはにっこり笑って…
「アポは、取ってあるから。」
…………こいつ…いつの間に…!?
「夜分遅くに申し訳ありません、ダッシャー殿。」
「いえ。私もまだ眠れそうにありませんでしたから。」
まず最初にダッシャーの部屋。
流石に宮廷神官の長なだけあって、部屋の内装は至ってシンプル。神学関係の本が本棚にぎっしりとつまれており、どれも読み古されている感がある。
所々に獅子を模した置物がおいてあるところを見ると、この国はどうやら大地の神である「灼熱の神」を祀っているらしい。
「昼間は随分と見苦しいものをお見せしてしまいまして。」
「いえいえ。この国のことを思っているからこそ、あのように熱気のこもった発言ができると思っております。」
昼間とはまるで別人のように大人しいダッシャーをたてるかのように、ダルはいつも通りにこやかな笑みで返す。
そう言えば、昼間はこの人が来た途端に空気が悪くなった気がしたけど…今は全く澱んでない。むしろ神官特有の澄んだ空気すら感じられる。
…どういう事、これ…?
「こう言うと言い訳に聞こえるやも知れないのですが…あの時は空気の悪さにも耐えかねていたのです。」
「空気の悪さ…?」
「ええ。お気づきになりませんでしたか?なんというか…すえた様なにおいと、不快なほど重苦しい感覚…」
…あれ?この人、私の感じた「空気の悪さ」を感じ取ってる。
ますます訳がわからない。
「僕は気づきませんでしたが…そう言えばルフィは、あの時『空気が悪い』って言ってたよな?」
「うん。全く同じような感覚を覚えたわ。吐き気がするくらい、気持ち悪かった。」
…思い出しただけでも気持ち悪くなってきたし。
「ところで神官殿、私に用、とは…?」
彼も同じなのか、それともこれ以上追及されてはまずいのか。とにかくなにやら強引に話を変えようとしてきた。
…って言うかそうよね、もともとはダルが、「用事があって」彼に会いに来たんだもん。その用事が気になるのは当然か。
「いえ、ちょっとした私事なんですが…ダッシャー殿の、神官としての二つ名を知りたいと思いまして。」
…………はあ?
にこやかに、しかも今この場で言う様な事じゃないでしょそれ!って言うか私たち確か悪魔の正体を掴みに来たのよね!?
「いえね、僕は知り合った神官の二つ名を当てるのが趣味なんですが…ダッシャー殿の二つ名が、どうしてもわからないんです。ですから、お教え願えないかと。」
いけしゃあしゃあとのたまうこの青ずくめの神官に、ダッシャーもポカンとした表情をうかべている。
「はあ…私は『士神官』と呼ばれております。この体格ですから、戦士でもあれ、という意味で…」
「やあ!なるほど!なかなかセンスと気品がある。僕なんかそのまんまですよ!」
「と、言うと…『海神官』ですか?」
「正解です。ほらね、すぐに当てられてしまうでしょう?」
ははははは、と爽やかに笑うダルを見やり、ちょっと…どころか、かなり引きまくってるダッシャー。
…私でも引くもん、こんな変人。しかもそれが高位神官だってあたりが更に引くし。
「いやあ、ダッシャー殿の二つ名もわかったことだし。そろそろお暇しますね。」
よっこらしょ、なんて呟きつつ立ち上がるダルを、相変わらずポカンとした表情で見つめるダッシャー。
それを無視して彼が部屋を出ようとしたとき…唐突に、ダッシャーの方を振り返った。
「ああ、そうだ。これも聞いておきたかったんだ。」
「…なんです?」
うわーい、ダッシャーさんってばうんざりした表情隠そうともしなーい。
「あなたは本当に…兵の増員を望んでおいでなのですか?」
さっきまでのふざけ顔はどこへやら。ダルの表情は今までにないほど真剣そのもの。
あまりのギャップに度肝を抜かれたのか、ダッシャーは目を大きく開け…やがて深いため息とともに言葉を吐き出した。
「…必要がないなら、それに越した事はないでしょう?何しろこの国は『食の街』。…兵よりも料理に力を注ぐべきであると、考えているんですよ。……本当はね。」
「………ありがとうございました。それじゃ、行こうかルフィ。」
「了解。」
…案外とまともなことを考えている人だったみたいね。
ただそれが…悪魔の演技でないと仮定するなら、だけど。