第5章:継承者、集いて
「随分と楽しそうですね、殿下。」
…何…?
私達の後ろ…言ってしまえば出入り口から、唐突に声が上がった。
出てきたのはカンヅと同じくらいの年の中年男。神官なのだろうか、やたらと長い法衣を床に引きずりながら恭しい態度でこちらに…と言うか殿下に向かって歩いてくる。
「…ラギス、あれ誰。」
「第2王位継承者にして、宮廷神官長…ダッシャー。」
「ああ…。」
貧相なカンヅとは対照的に、神官の割には背が高く、引き締まった筋肉が長身の男性特有の「大男」と言うイメージを持たせない。体格的には「神官」よりも「戦士」や「傭兵」に近いんじゃないかしら…。
「ご機嫌いかがですか、殿下。」
「そうですね、王宮の危機の原因がわからぬ以上、良いとは言い切れません。」
言葉に相応しくないほどにこやかな笑顔で殿下は答える。
……何だろう、ダッシャーが来た途端、異常なまでに気持ち悪くなってきたんだけど。
何ていうの?こう、真夏に生ゴミを3週間ほど放っといた様な、生臭い空気が漂ってる気が…
「どうした、ルフィ?」
「…空気が悪い。」
「そうか?あまり僕にはわからないが…」
余程私の顔色が悪かったらしく、小声で問いかけるダル。
どうやらこの空気の悪さを感知しているのは私だけらしく、ダルもラギスも平然とした様子である。
「時に殿下、見慣れぬ者が2名ほどおりますが。こやつら一体何者で?」
「殿下の新しい護衛の者だそうですよ、兄上。しかもそちらにおわす神官殿は、かつて殿下にかけられた呪いを解除なさったあの…」
「……ああ、神官、ダル様でございますか。」
…呪い…?
「呪いって、何それ。」
「知らないか?他人を恨んだり妬んだりする気持ちを呪文やら何やらで具現化させたものを…」
「いや、言葉の意味じゃなくて。殿下にかけられた呪いの事よ。っていうか言葉の意味くらいは私も知ってるっつーの。」
本気なのかボケなのかは知らんが、人の質問に真面目に答えろっつーの。思わず短剣抜いてダルの喉元に押し当てちゃったじゃないの。
「ああ、僕と殿下が顔見知りなのは知っているだろう?昔、殿下に石化の呪詛がかけられていてね。それを解除た事があるんだ。それよりルフィ、怖いからそれしまってくれ。」
「ふうん…」
呪いの類にはあまり詳しくないからよくわからないけど…命に関わるような呪詛って、相当ハイレベルなもののはずよね。
「あの時の犯人もまだ捕らえられていない。その上殿下の暗殺疑惑。…この国は今、大変な混乱に落とされています。」
「確かに、ダッシャー叔父上の仰るとおりですね。」
「その混乱に乗じて、他の国家がこの国へ攻め入ろうとしていると言う噂まで持ち上がっております。」
……お家騒動って話は聞いてたけど、そんな戦争直前だって話は初耳ですが…?
徐々にヒートアップしてきたのか、ダッシャーの呼吸が荒くなっていく。声も大きくなってきてるし。
「ですから、私は今一度申し上げます。この国の警備を、兵力を!更に充実させるべきであると!」
兄弟そろって、熱くなりやすいのね…。
「王宮の危機とは即ち!他国からの侵略に他なりません!わが国を敵に回す恐ろしさを、今こそ他国の愚民共に知らしめるべきなのではありますまいか、殿下!」
かなりアブナイ人ね、この人。なまじ、中途半端に権力を持ってるからこういう考えに行くんだろうけど…
「あ、兄上!いやダッシャー殿!その考えはいささか早急すぎるのでは…」
「黙れカンヅ!貴様も魔道士共の長ならば、これ位の事を考慮せずにどうする!」
「まだ確証が得られておりません!今いたずらに兵力を増やしては他国との関係が悪化する事は必至!」
「確証が得られてからでは遅いのだ!それとも貴様、陛下や殿下が殺されてからでも良いと言うのか!?」
「め、滅相も無い!…決してそのような事は!」
…あーうるさい。よくまあこんなやかましい中で笑顔でいられるわねえ、殿下。何かラギスも平気そうな顔してるし、ダルに至っては聞いて無いふりしてるし。
「…あんた、こんなにやかましいのによく平気ね、ラギス。」
「慣れました。」
「慣れるほどやってるんかい、この2人…」
…何となく、お家騒動の正体は掴めてきたわね。
街中で2人がこんな議論をしているのか、はたまたこの様子を見た誰かが勝手に「お家騒動だ」と思い込んで吹聴したか…そんな所だろう。
「神官殿!貴方はどう思われますか!」
「…へ?僕?」
いきなりダッシャーに話題を振られ、一瞬呆けたような表情を作るダル。よくよく見ると口の端によだれが…
……寝てやがったな、あの馬鹿神官。
「あ、スイマセン、展開が速くてついていけませんでした。もう一度仰っていただけますか。」
「ですから、この国の兵力増強についてです。貴方のご意見をお聞かせ願いたいのですよ、神官殿。」
問われてダルは、物凄く困ったような顔になった。
「僕は神官です。できれば争い事を避ける方向に持っていきたい、とお答えするしか…」
ぽりぽりと頬をかきつつ、できるだけ当たり障りの無いように答える。
まあ確かに、平和を愛するとされている神官が、「戦争しちゃいましょう」なんて言おうものならかなり問題あるし。ましてダルって、高位神官だし。忘れがちになるけど。
「……わかりました。ではこの話はまた後日。殿下、何卒御一考の程を。」
さっきまでのヒートアップぶりはどこへやら。苦々しい口調で述べてから、恭しい態度で一礼しダッシャーはその場を立ち去る。
「…私もこれにて失礼いたします。何かございましたら殿下、御連絡を。」
怒鳴りあいで気まずくなったのだろう、カンヅもダッシャー同様にして部屋を後にした。
…取りあえず、嵐は去った…かな。
「ダッシャーさんて、かなり危険な考え方の持ち主?」
「いえ、そうではなく…ダッシャー叔父上の所には、僕の所以上に暗殺者が送り込まれているようですからね。神経質になっておられるのでしょう。」
…ラギスに聞いたつもりだったんだけど、殿下に答えられちゃったなあ。
でも、いくら命狙われたからって、あんなに端的に戦力増強を求めるものだろうか?ましてやダル同様、あの人も神官なのに。
まあ、何事も例外ってものは存在するから、あの人は戦争好きな神官なのかもしれないけど。
…どうも私には、今回の黒幕がダッシャー神官長のような気がしてならないのよね。