奇跡の後
HPに乗っけている『traveler's tale』というシリーズからクリスマス向けのお話を作りました。
そんなにお時間はとらせないと思います。
読んでいただけると幸いです。
神様を信じるか。
彼女は俺にそんなことを聞いた。
だから、俺は力強く肯定してやったんだ。
彼女の体からは、ほの暗い『終わり』の匂いがしていた。
彼女の指先の動きや言葉の選び方やその栗色の瞳が見つめる先に、そんな物が漂っていた。
俺は、それが凄く嫌で。
彼女をこちら側に引き戻したくて。
だから、彼女の質問に思いをこめて答えたのだけれど。
そんな答えは彼女の想定内。
『君は優しいね』
そんな言葉を吐きながら、瞳は俺から外れてどこか遠い空の先に映ってしまった。
失敗だった。
俺は、そんなどことも知れない場所じゃなくて、おれ自身のことを見て欲しかったのに。
彼女の意識は遠く。遠い、終わりの向こうへと向かっているのだった。
悔しくてしょうがなかった。
その日の終わり、俺は病室を出た後、家に変える気分にもなれずに町をうろついていた。
町はネオンが輝く明るい世界だった。
昔は、彼女だってこのネオンを楽しみにして、クリスマスツリーの飾りつけなども率先してやっていたものだった。
今は、もうすぐクリスマスがやってくる事さえ、口に出すのが躊躇われた。
それは、彼女が外を出歩けない自分を省みて、悲しむ姿を見たくないからでもあったからであったのだけれど、俺はそう考える気持ちは、彼女のためを思ってなのか、おれ自身のエゴなのか、よく分からなかった。
どの道、おれ自身にしても、このイルミネーションは辛いものがあった。
美しいとか。
楽しいとか。
そう思ってしまっては、彼女に対する裏切りになるような気がした。
ふいに。
口から何か、とてつもないものが流れ出しそうになって、俺は必死に飲み込んだ。
どす黒いそれは、飲み下そうとしても喉元でもがいていて、飲み下そうと格闘しているうちに酸欠にでもなってしまったようだ。
急な立ちくらみ。
俺は、よろよろと脚を進め、公園の噴水に腰を掛けた。
視界がぼんやりと暗い。
聞きかじりの知識で、これは貧血という奴かもしれないとあたりをつけた。
貧血は、休めば治るものなのだろうか。
朦朧としたまま、しばらくそこに蹲っていた。
自分の感覚でいうと、一時間はそうしていたんじゃないかと思う。
気分がましになってきたので、立ち上がろうとしたとき、俺の足元に街頭の光をさえぎる影が覆いかぶさった。
けだるく、ゆっくりと顔をあげるとそこには少女がいた。
「こんばんは」
挨拶をされたが、思考が働かずにぼんやりとただ見上げるだけになってしまった。
「ここの町のクリスマスツリーって凄いですね! さっき見てきたんですが、あのツリーに飾られたオーナメントは、町の人たちが一人ひとり作って飾ったのだと聞きました。クリスマスまであと一週間ほどありますし、わたしも作ってみたいんですけど。部外者の私が何か作って飾ってもいいものなのでしょうか?」
「ああ、もちろん。そういう商売があるからな」
目を輝かせて言う少女に、俺は答えてから、あまりにも皮肉すぎただろうかと反省した。
「場所は、商店街の西の入り口にある雑貨屋だ。あんたの他にも毎年観光客のオーナメント作りを手伝ってる」
「ありがとうございます。明日行ってみます。ところで、あなたの作ったオーナメントも飾ってありますか? もしあるんだったらどんなのか探してみたいです」
「俺は、今年は作っていない」
「……どうしてですか?」
「そういう気分じゃないからだ」
「そうですか」
少女は話を切り上げて、おれは少し意外に思って少女の瞳を覗いた。
にこりと、人当たりの良い笑顔を少女は俺に向けた。
この子は本当に『少女』なのだろうか。そんな疑問が湧いた。感情をどこかに隠したようなそんな笑みだったからだ。
「では、また」
少女は去っていき、『また』という言葉をある確信を持って言ったのだというのを翌日俺は知った。
彼女の病室で、俺は再び少女と出会った。
彼女が眠る病室で、少女は立ったまま彼女の寝顔を見下ろしていた。
「お前、ここで何をしているんだ?」
「セスさん。こんにちは。待っていました。あなたに頼みがあるのです」
「頼みって……。いや、その前に答えてくれないか。お前はいったい何者だ? 彼女といったい何の関係があるんだ?」
「私はこの子のおばあさんの知り合いです。おばあさんからの伝言を預かったのですけど、彼女に渡すのに直接じゃちょっとできないんですよ」
困ったような顔で少女は言った。
「できない? ウーチャが目覚めてから言えばいいだけだろ?」
「いいえ、彼女に私は見えません」
少女はきっぱりとよく分からないこと言った。
「……俺には見えてる」
「ええ、でも彼女には見えないんです。ウーチャさんは死に意識が向きすぎてて」
「言っている事がよくわからない」
「言葉のままの意味で捉えてくれていいです。暗喩とか隠喩とかありません。ウーチャさんには私が認識できないので、セスさんに手伝って欲しいのです」
俺は少女が何者なのか捕らえきれずに、答えを口にできずにいた。
「おばあさんはウーチャさんに生きて欲しいと願っています。そしてウーチャさんは不治の病というわけではありません。なので手伝って欲しいのです。ウーチャさんの幼馴染で、一番のお友達であるあなたに」
「……わかった」
俺はうなずいた。
少女の言葉になんの根拠も証拠もなかったけれど、藁にもすがりたい気分だったのだ。
俺も、誰かに助けて欲しかったのだ。
「これが、おばあさん考案のオーナメントです」
「伝言とか手紙じゃないのか?」
俺は、彼女に伝えて欲しいというから、てっきりそんな物を予想していたのだけれど、少女がいうのはまったく違うなにかだった。
「このオーナメントにおばあさんのメッセージがこめられています。彼女とおばあさんにしか分からないメッセージです。わたしもほんとの所、これを渡すだけでいいのか大いに疑問なんですけど。まぁ、ウーチャさんのおばあさんは、先見の明がありましたから」
「そういえば、ウーチャからおばあさんの話なんて聞いたことがないぞ」
「ええ、彼女が生まれる前に死んでしまっていますから」
「は?」
それが本当ならお前はいったい何歳なんだとつっ込みを入れたくなったが、俺は結局黙っていた。
この女のホラにだまされて一体何やっているんだと、理性がつぶやくのを無視して、オーナメントの作成にだけ精神を集中させた。
月とペガサスを組み合わせて、小さな星がその周りを囲む、そんなオーナメントだった。
「これをウーチャにあげればおしまいだな」
「いいえ、あげるんではなくて、それを飾って、そしてウーチャさんにツリーまで見に来てもらいましょう。車椅子を使えば一時間ぐらいは外出許可も取れるでしょう」
「しかし、クリスマスは混んでいて近づけないぞ」
「ええ。実は町長さんに話をつけて、クリスマスが終わった二十六日に、ツリーを片付けるのを少し延期してもらって、ウーチャさんの為に時間を作ってもらいました」
「いいのか? クリスマス当日じゃなくて。なんか、気分が盛り上がらないんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。奇跡は、別にクリスマスの特権じゃありません。いろんな人がいろんな思いを持って生きていると、思いがけないことが起こる、事もある。それが人生です」
確かにそうかも知れないが、俺にはやっぱりここまでお膳立てしていて、クリスマス当日じゃないのはもったいない気がした。
なので、少女には内緒で、ウーチャにクリスマス当日に外に出てみないかと誘ってみた。結果は、惨敗。顔をしかめただけで、『混んでいる中に行きたくない』と断られた。
なので、しかたなく二十六日に連れ出そうとしたが、クリスマスに誘ったことでへそを曲げてしまったのか、合意をとるのにえらく骨を折った。
最期には、俺が土下座せんばかりに頼み込み、しぶしぶウーチャが頷いてくれたといった顛末だった。
何はともあれこれで少女の言う準備は整った。
何が起こるのか、もしくは結局何も変わらないのか、不安が募るだけのクリスマスイブにクリスマス当日だった。
二十六日は晴天で、空気が張り付いた様に澄み渡っていた。
ウーチャがひときわ人の少ない早朝だったら付き合ってもいいといったので、朝早くから彼女を連れ出してクリスマスツリーの元へとやってきた。
ウーチャの表情は、冬の空気より冷えている。
途中一言二言声をかけたが、言葉は一方通行のまま空に消えてしまった。
「さて、俺の作ったオーナメントがどこにあるか、一緒に探してくれ。目の良いお前が頼りなんだ。探し終わったら、帰ろう」
「……分かった。すぐに見つけるよ」
ウーチャは俺には一瞥もくれずに、ツリーを見つめた。業務的に俺の頼みを聞き、効率よく終わらせて自分のベットに帰る。そんな考えが透けて見える。
オーナメントは、ツリーの上方に、樅の木の葉に隠れるようにあった。
俺は、ウーチャがそれを見つけるのを、怖いような気持ちで待っていた。
ウーチャはゆっくりとツリーの周りを廻りながら、下から少しずつ上のほうへと視線を上げてゆく。その時間がとても、途方もなく長いものに感じて、ウーチャが目当てのオーナメントがある側面へと来たときには、心臓が飛び出そうで、思わず『あれを見てくれ』と声高く叫びそうになった。
そして、ウーチャの足が止まった。瞳はある一点を捉えている。彼女の覚めた目が見る見る見開かれて、瞳孔が黒く大きく開かれた。息を呑む音が、さえた空気を伝わって、耳元でささやかれたかのような錯覚を覚えた。
「セス、あなた私に嘘を言った?」
「嘘って?」
「ここに、あなたの作ったオーナメントはないんでしょ?」
「……ああ、悪かった」
「来年は、ちゃんと作ったほうがいいよ。自分のものを、ちゃんと」
「……俺が来年自分のオーナメント作ったら、またお前は探しに来てくれるか?」
「ええ、いいわ」
ウーチャはゆっくりと俺のほうを向いた。その表情は、少し硬く苦しそうに見えた。
「あれは、おばあちゃんの貰ったオーナメントなの。おばあちゃんが昔好きだった人の、おばあちゃんを助けて死んでしまった人の作ったものなの。大切な人を亡くして、凄く辛かったけど、でもその人の命を貰ったから生きなきゃいけないって、おばあちゃんはお母さんに伝えて、お母さんは私にもそう言った……。こんなにも苦しいのに、おばあちゃんは勝手だね」
確かに、その話が本当なら、勝手な話かもしれない。けれど、俺はウーチャが生きてくれれば何でもいいとその時思っていた。
生きてくれさえいてくれれば、特別な日じゃなくても何かの拍子にきっと、奇跡が舞い落ちる日がくるのだ。
ウーチャの上にも、俺の上にも。
それは苦しいことかも知れず。
けれど、やってみる価値はあることだと俺は思っているのだ。
その後、俺は少女に会うことはなかったが、ウーチャは一度だけ、少女と話したのだといった。
彼女の病室に少女が訪れて、おばあさんのその後の人生について、色々と聞かされたらしい。
それは、当たり障りのない、平凡な人生だったとウーチャは言った。
「私のおばあさんは、顔を見れなかった孫に向けてこんな物を贈るくらい突飛なことができるのに、自分はすっごく平凡な人生を歩んでた。それは、自分がそう『望んだ』からだって言ってたわ」
そんな自分の祖母の一面が何より愛おしい物の様に、ウーチャは俺の目を見ながら語ったのだった。