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不快な表現があります。ご注意ください。
それは、理央がハイグレード国に召喚されてまだ間もない頃。
その頃の理央は王城に滞在しており、右も左も分からず心細かった自分に、なにくれと声をかけてくれたのが彼だった。
ヴェリオス・リア・ハイグレード。
ハイグレード国の王子殿下だ。
濃厚な蜂蜜のような輝きを放つ金髪と、宝石のような煌めきを閉じ込めた蒼い瞳をもつ彼は、物語の中の王子様そのものだった。
甘いマスクで微笑みかけられ、優しい言葉を囁かれ――異性に免疫などない理央は、気付けば彼に恋心を抱いていた。
今となっては、それは憧れが大半を占める恋だったと思う。
けれど当時の理央はこれが恋なのだと思い込み、彼の言動に一喜一憂していた。
彼のために、世界を救おうとすら思いはじめていた。
彼と国の思惑になど気付かずに。
「――も大変ですわね。あんな野蛮な娘を相手にしなければならないなんて」
その日も、ヴェリオスの姿を探して未だになれない場内をさまよっていた。
聞こえてきたあまり耳障りがよいとは思えない声に、理央は反射的に身を隠した。
「これも仕事だからな。まあ、存外御し易くて助かった」
続いて聞こえてきた声に、盗み聞きはいけないと踵を返そうとした足が止まる。
彼の、ヴェリオスの声だった。
いつも甘いばかりの声はどこか冷酷な響きをもって回廊に木霊する。
野蛮な娘――城内の、特に貴族達がそう評する人物を、理央は知っていた。
「ええ―――本当に、馬鹿な娘」
――わたしのこと、だ。
やがてはじまった情事が奏でる音から逃れるように、理央は自室に戻ってベッドに潜り込んだ。
その時はまだ、王子と彼女がなんの話をしていたのか正確に理解していなかった。
だが、王子にばかり向けていた目を他にも向ければ、その内容はすぐに知れた。
――――昔から世界が窮地に陥ると、この国は異世界から勇者を召喚した。しかし、彼らの中にはやる気もなく、ただただ故郷に返せと嘆くばかりの者もいたらしい。
当たり前だ。彼らにとって此処は異世界である上、突然勇者なんて重荷を他人に押し付けるような人達を救おうだなんて余程のお人好しでないと引き受けないだろう。
しかし勇者に代わりはいないため、国の方もはいそうですかと還すわけにはいかない。そして彼らは、ある方法を思いついた。
勇者に見目麗しい異性をあてがい、篭絡させる。
あてがわれた異性を勇者が愛せば勇者にはこの世界を護る理由ができる。
『人』で縛り付けること。
それがこの国の人々が考えた世界を救う方法だった。
そして、その様式は当然のように今代まで踏襲され、ヴェリオスにその役がまわってきた――そういうことだった。
知ってしまえば理央は、城に居ることは出来なかった。
城内の人間すべてが自分を嘲笑しているように感じて、誰のことも信じられなくなった。
居場所を失った理央は、衝動のままに城を飛び出し、王都を出て、襲いかかってくる魔物達相手に覚えたばかりの剣と魔法を振り回した。
「……約定を」
――神の声が聞こえたのは、同朋の血の海に恐れをなした魔物が引き、その海の中で理央が眠りに落ちた時のことだ。