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R15……?
くすくす、くすくす――
嘲りを秘めた密やかな笑い声が、回廊に、理央の鼓膜に、響く。
「――も大変ですわね。あんな野蛮な娘を相手にしなければならないなんて」
甘ったるい声。理央の耳に障るそれは、きっと彼にとっては心地良いのだろう。
くつくつと低く笑いながら、彼の声が応える。
理央の知らない、冷酷で、その癖とろけるような熱情を孕んだ声だった。
「これも仕事だからな。まあ、存外御し易くて助かった」
「ええ―――本当に、馬鹿な娘」
くすくす、くすくす。密やかにさざめくような笑声は、やがて女の嬌声に変わっていく。男女の荒い息遣いに、理央の脳がぐらぐら揺らぐ。
「――――」
彼が女の名を呼んだ。知っている名だった。いつも、勝ち誇ったような、嘲るような視線と笑みを理央に向けていた女性。
ああ、そういうこと。
頭がぐらぐらする。もう何も聞きたくない。なのに、彼女は勝利を宣言するかのように、高らかに叫ぶ。
「ぁあ――殿下ぁっ」
もう、なにも聞きたくなかった。
「……っ!」
目が覚める。寝間着のシャツが、汗でびっしょりと濡れていた。
「気持ち、悪い…」
荒く息を吐きながら、理央は仰向けから俯せの姿勢をとった。胃から吐き気がこみ上げてきたが、特にもどすことなく、唾液が口端を零れただけだった。
(落ち着け…)
しばらく呼吸を安定させることだけに集中する。ここは港町、ハイグレード港の宿屋だ。王都ハイグレードからは目と鼻の先にあり、明日の昼には王都に入るために今日はここで休むことになった。
(ああ――そうだ、明日)
明日、王都に入り、王に謁見するのだ。
だからかもしれない。あんな夢を見たのは。
僅かに落ち着きを取り戻した理央は、寝台脇に置いてあった水差しをとり、コップに水を注いでそれを一気に飲み干した。
ぐいっ、と口の周りを服の袖で拭う。
「はっ……」
――漸く人心地つけた気がした。
ついでに汗で張り付くシャツも脱ぎ捨てる。誰の配慮か、宿屋に部屋をとってもらったのは理央だけで、理央とこの部屋の見張り以外は、広間で野営をすることになっているため部屋には理央1人だった。
よかった、と思う。
これが野営した時であったなら、取り乱した状態を誰かに見られたかもしれない。
こんな姿を、誰にも――特に理央を勇者と崇める人達には見られたくなかった。
「私は、勇者」
寝台の上でうずくまりながら、自分に言い聞かせる。
理央は、早坂理央は魔竜を倒すためだけに呼ばれた『勇者』。
この世界の人々が望むのは、世界を救ってくれる勇者だ。間違っても早坂理央という女子高生ではない。
――理央の、くだらない小娘の姿など、誰にも見せてはいけない。
誰も、そんなものを必要としていないのだから。