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「それで、何か用?」
「おおそうだ。お前、一足先に帰るんだって?」
「ああ、凱旋のこと」
将軍が頷く。
――ラスボスを倒したからといって、全軍が一斉に帰るわけにもいない。
戦争の後始末や、他国との話し合い、身動きの取れないほどの重傷者もいるため、参謀長の話では何隊かに分けて移動させるということだ。
そして、その先頭に立つことになったのが勇者――つまり理央だった。
勝利の興奮が人々から抜けない内に、英雄を衆目に触れさせることで色々と利益に繋げようという魂胆らしい。理央のいた世界でも、大きな大会で功績を残したり、賞を受賞した人をやたらと祭り上げる光景はよくあることだったので、
多分自分もそういった扱いなのだろう。
まあ、理解できなくもない。
祭り上げられる方としてはあまりいい気分ではないが。
「いいなー。俺はまだ帰れねーんだよ」
「そうなの?」
「ああ、お前のあとだと。人数が多いから、時間もかかるだろうなあ」
こんなのでも祖国では、軍人の代表として下々の者から人気が高い将軍なのだ、彼は。恐らく一番人数の多い隊を任されたのだろう。理央とはまた違った形だが、どちらも花形として扱われていることに変わりない。
一応軍人にとっては名誉あることなのだろうが、いいなあいいなあと子供のように繰り返す将軍には不満なようだ。
「俺も早くティナに会いてえなあ」
「ああ……」
どうやら不満はそこにあるらしい。
ゴーラント将軍は、国中に知れ渡るほどの愛妻家だ。理央も彼の奥さんと何度か面識があるが、夫婦で並ぶと正に美女と野獣。金髪碧眼の女神のような美貌を持つ女性だった。
聞くところによれば、彼女が将軍に嫁ぐ際に何人もの男性が嘆き、将軍に刺客を送り込んだり自ら決闘を挑んだりして全て返り討ちに遭うなんてことがあったようだ。
――ああ、なんとなく将軍が訪ねてきた訳がわかってきたかも。
「……ついでで良ければ、伝言でも承るけど」
「本当か?!」
理央がぽつりと提案すると、将軍が顔を輝かせる。
どうやらこれが狙いだったようだ。彼は図々しいくせに時々何故か回りくどい。
別に構わないけれど。
あらかじめ手紙でも書いてきたのだろうか、いそいそと懐を探りだす将軍を横目に理央はじっと沈黙を守るセイを見る。
「途中で立ち寄れるかどうか分からないから、もしかしたらセイに頼むことになるかもだけど、いい?」
「ああ、勿論!」
王族とか貴族の面々にはしきたりや暗黙の了解が山ほどある。
王族を差し置いて将軍の家に立ち寄ることは失礼に当たるかもしれないし、身分が心許ないセイを王城に連れて行くことは躊躇われる。
ならば理央が城にいる間、セイには将軍の屋敷に身を寄せてもらえばいいだろう。将軍の奥方は、見た目こそ繊細なガラス細工のような女性だが、中身は将軍に負けず劣らず豪快だ。それに――
「レイと会うのも久しぶりだろうし、いい機会だからゆっくり休みなさい」
――将軍の屋敷には、既にセイの双子の弟、レイが世話になっている。
将軍の家族を安心させることもでき、久々の双子の再会も果たせるこの提案は、とてもいい案に思えた。
「……はい」
同意を示したセイの表情は、あまり晴れやかとは言い難かったけれど。