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道筋・5

ふわり、と柔らかな何かが頬をくすぐり、レイは身じろいで薄目を開けた。


「……あ、起こしちゃった?」

「りおう、さま?」


いつもより若干抑え目な、いとしい人の声を耳が捉える。


「少し肌寒いから、何か掛けた方がいいかと思ったんだけど……」


広げた膝掛けを自分に掛けようとしてくれていたらしいリオウの手に触れて握り締める。

――どうやら、居間でぼんやりとしている内に寝てしまったようだ。


「すみません……」


目を伏せて謝ると、リオウは微笑んで首を横に振った。


「ううん。私もうたた寝しちゃってたから気にしないで」

「……なにか、ありましたか?」

「え?」


リオウが目を瞬いた。それも当然だろう。レイ自身すら、己の唇から滑り出た問いに驚いた。

よく分からないが、彼女が笑うのを見て違和感が胸をよぎったのだ。何がおかしいのか、なんて分からないけれど。


けれど――なにかがおかしいことはわかる。


問われたリオウは、一瞬瞳を揺らした。

だがすぐに真顔に戻り、レイを真っ直ぐに見つめてくる。


柔らかそうな唇が紡いだのは、レイが待ち望んでいた、けれど聞きたくなかった言葉。



「帰れることになった、って」

「……――」



一方的に掴んでいたリオウの手を握り締める力が強くなる。けれど彼女は、振り解くことも痛みに顔をしかめることもなくただまっすぐにレイを見つめていた。


――リオウが帰る場所と言えば、一つしか無い。


(今日、だったのか)


神と約束を交わした時点で、彼女との別れの日はそう遠くない未来に訪れるだろうと予期していた。

けれど――最初に見せた一瞬以降、微塵も揺らがない凛とした瞳に、レイの心がぐらつく。


「そう、ですか」


リオウの瞳の中のレイは、泣き笑いのような情けない顔をしていた。



+++++


帰れることになったリオウの行動は、迅速で迷いがなかった。もしかしたら、ずっとこの時のことを考えていたのかと思うほどに。


「これは、ノマライト王に」

いつもより少し豪華な夕食の後、テーブルに置かれたのは彼女が左手の中指にずっと填めていた指輪だった。


「私が帰ったら、彼に会いに行って。そしてこれを返して、私が無事帰れたことを伝えてほしい」



そう言われては、2人は複雑な視線を指輪へと注ぐしかない。

――件のノマライト王に実際会ったことはない。だが、こうして気にかけるということは、リオウにとってその人はそれなりに特別な位置にいるのだろう。

そして、向こうがリオウをどう想っていたかなんてことは、この指輪を見れば明らかで。



(でも、その人もリオウ様を引き止めることはできなかった)


腹の奥でどろどろと渦巻く、決して綺麗とは言えない感情を、そう考えることでレイは抑えこんだ。

彼と彼女の間にどんな気持ちが、やりとりがあったのかは知らない。けれどこの7年間、リオウは隣国の王ではなく自分達と共にいてくれたのだから、と。



「こっちはゴーラント将軍に。彼らにも、同じことを伝えて」


2人が靄とした気持ちを抱えている間に、リオウはもう一つの品をテーブルに置いた。

一振りの剣が、指輪の隣に並ぶ。


「……もし、向こうがいらないと言ったなら、これらはあなた達が持っていてほしい」


多分、返事は期待していないのだろう。

はっきりとした決意を瞳に宿し話すリオウを前に、レイの心はぐらぐらと不安定なままで――


「あと、私が他に置いていったものは、好きにしていいから――」

「リオウ様」


――気付けばレイは、彼女の話を遮っていた。


「……なに?」


空気が張り詰めるのが分かり、レイは少しだけ後悔した。

けれど、これ以上彼女の話を聞いていたくなかったのだ。リオウがまっすぐであればあるほど、自分達の選択は本当に正しかったのか――彼女にとってレイとセイは、本当に必要なのかと問われているようで。


遮ったはいいものの、後に続く言葉を持たないレイは唇を引き結ぶ。

神と交わした約定のことを、リオウに話すわけにはいかない。それでも、聞きたいことがあった。

それをどう言葉にすればいいのか分からずに眉間に皺を寄せていると、隣に座る片割れが言葉を引き継いだ。


「ひとつだけ、聞きたいことがあります」

「……うん」


レイからセイへと視線を滑らせ、リオウは神妙な顔で頷いた。


レイも片割れを見る。ここ数年で益々凛々しさを増したように思う片割れの横顔は、真っ直ぐにリオウを見つめ返していた。

そして、その左手はレイの右手と重なっていて。


(……ああ、そうだ)


レイは、自分がひとりでなかったことを思い出す。外見に多少の差異はあっても、自分達は2人でひとつで、ひとつで2人で。

――心は、ひとつなのだと。


レイはリオウを真っ直ぐに見つめ、口を開いた。


「リオウ様は僕たちのこと、どう思っていますか」

「………え?」


口にしてしまえば、レイが聞きたかったことは本当に単純なものだった。


「好きか嫌いかでいいんです。僕達と過ごした時間は、あなたにとって無駄なものだったかどうかだけ、教えてください」


――たとえば片割れのことならば、レイは言葉を介さずとも大抵のことは理解する。だが、リオウは自分達とは別個の存在で、だからこそ惹かれるし理解したいと苦しむのだろう。



だから、言葉が欲しかった。




居間に、しばしの沈黙が落ちる。



2人はその間、目をそらすことなくリオウを見つめていた。一挙一動、どんな些細な機微も見逃さぬように。


――――やがて、迷うように目を伏せていたリオウが、ぽつり、ぽつりと、言葉を紡ぎ出した。




「……好き、だよ」

「セイとレイと、三人で過ごした時間は決して無駄じゃなかった。

私にとっても、大切な時間だった」



「……2人とも、大好き」



(……ああ)


潤いを帯びて、煌めきを増した黒い瞳が細められる。その笑顔は、レイが見てきた中で一番美しかった。


(大丈夫)


ぐらぐらと揺れていた心が、リオウの言葉ひとつで芯を取り戻すのが分かる。



――大丈夫。この別れを、永遠の別れになどしない。必ず、やり遂げてみせる。



決意を胸に秘め、レイは微笑を浮かべた。

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