道筋・4
気付けば、真っ暗な闇の中に二人はいた。
「ここは?」
どちらかが呟く。すると、目の前にぼんやりとした光が生まれた。
「夢の世界、といったところでしょうか。『――――』、『――――』……いえ、セイとレイ」
黒の中に浮かぶ真白が喋る。
『――――』と『――――』。それは、両親から貰った名だった。長い時の中で既に忘れ去っていた、二人の本当の名。
しかし真白が名を口にした時、雑音が邪魔をしてどんな名前かは分からなかった。辛うじて、それが自分達の名であったと思い出す程度。
多分それは、自分達がもう『――――』と『――――』ではなく、『セイ』と『『レイ』であるということなのだろう。
「あなたは?」
またどちらかが呟く。今度は目の前の真白に、はっきりと問うように。
真白が答える。
「あなた方が神と呼ぶモノ。――理央を、召喚したモノです」
「――!」
息を呑んだのは、きっと二人ともだったのだろう。
そして、次の瞬間には2人共叫んでいた。
「願いがあります!」
這い蹲るようにして目の前の神に懇願する。
これがただの夢であるかもしれないとは、考えなかった。夢でないという確信もない。
ただ、気付いたら叫んでいた。
「神は、異世界から人を連れてこれる唯一のものだと聞きました!」
「もしそれが本当なら」
「僕達を、異世界へ連れて行ってください!」
「リオウ様のそばに、いたいんです!」
あの人のそばに。
ずっと、二人の願いはそれだけだった。単純に、純粋に――二人の体は、魂は、あの人を求めている。
それだけは、絶対に変わらない。変えられない、願い。
「……っお願い、します」
その願いを叶えるためなら、何でもする。たとえ周りにみっともないと言われようと、馬鹿にされようと構わない。
叫んで、叫び続けて、二人の声が枯れた頃――神の声が響いた。
「人には、それぞれ道筋というものがあります。
いつ産まれ、誰と出逢い、何を成し遂げ、そしていつ死ぬのか。それらはすべてさだめられたことで、それを変えることは神であるわたしにすら難しい。ですが、それを容易に変えてしまう存在があります。それが、あなた方が勇者と呼ぶ存在」
リオウ――誰かが、名を呟いた。
闇の中に、またじわりと光が生まれる。今度は細い糸のようで、くねくねと動いたそれはやがて、文字の羅列になる。
「セイ、レイ。あなた方の道筋も、理央との出逢いによって大きく変わった」
羅列の一番上には、セイとレイの名が。その下にはずらりと生まれてからの出来事が書かれていた。もう顔すら覚えてない両親から『――――』と『――――』として産まれたことも、その両親が殺され売られたことも、6年前までに二人の身に起きたことがすべて書かれていた。
「これは、あなた方が生まれた時に定められた道筋」
いわば、二人の年表だろう。そしてその年表の最後に書かれたのは――6年前、リオウと出会った日に書かれていたのは『死』の文字。
「本来ならば、あなた方は理央と出逢ったあの日に死ぬはずでした。
彼女と出逢うこともなく、ただの奴隷として」
けれど、と神が言ったのと同時に、年表の最後の部分がまたくねくねと動いて、文字が増殖する。
「これが――今のあなた方の道筋です」
6年前で終わっていた二人の年表が、現在を越え、未来へと続いていく。二人は、文字で描かれていく自らの軌跡を追い――そして、目を疑う。
「セイ、レイ。
あなた方は、勇者が故郷へ帰還を果たした後、勇者の意志を継ぐものとして人々を導く。――奴隷解放は、その一歩」
「違います」
二人は同時に否定した。闇に浮かぶ文字は、セイとレイが後世に名を残す英雄となる道を示していた。まるで物語のように華々しく、感動的な道筋。けれど、
「違う。こんなのは、僕らの人生じゃない」
どちらかが言った。もう片方も、あとに続く。
「リオウ様がいなくなった時点で、僕らに生きる意味などない」
「世界を救う意味もない。もし、それでも僕らに未来があるとすれば――」
そう、もし彼女がいなくなったあとも二人の心臓が動いていたならば、
「世界を、壊します」
世界を破滅させ、そしていつか自らをも滅ぼす。
神の言うとおり未来が定められているのなら、それがきっと自分達の道筋だと思った。
「……やはり、道は違えませんか」
やがて神が、吐息のような声を漏らす。
そして、闇に浮かぶ文字がまた踊り――次に描いたのは、二人が思い描いた通りの道筋だった。
「これが、あなた方が歩む本当の道です」
「――先程のは」
「あれは、偽りです。わたしも世界を崩壊させるわけにはいきませんから」
だから、英雄への道を提示することで、破滅を避けようとしたのか。それでも二人の意志が変わることはないと、分かっていながら。
「セイ、レイ」
スゥッと文字が闇に解け、神が二人の名を呼んだ。
闇が、濃くなる。
「願いを叶えるには、相応の覚悟と代償が必要です。あなた方に、それがありますか?」
「あります」
二人同時に即答する。
この願いが、簡単に叶えられるものではないことはセイもレイも理解しているつもりだ。覚悟も代償も、差し出せるものならば何だって差し出そう。
迷いのない二対の視線を受けた神は、しばし沈黙した。そして、
「……分かりました。では、新たな道を」
神がそう言うのと同時に、闇の中にまた文字が浮かび上がる。
それは、先程神が『偽り』と言ったはずの、英雄への道だった。
「これは、偽りの道筋。ですが、あなた方がこの通りに生きれば真実にもなる」
「それはどういう――」
「あなた方にはこの道筋通りに生き、一度死んでいただきます」
神の言葉を理解するのに、数秒の間を要した。
――その者が奴隷だろうが英雄だろうが、変わらず最後に待つのは死だ。だから今描かれている年表の最後にも、当然二人の没年が記されていた。
英雄となった二人を疎ましく思う者に暗殺されるという、末路が。
「転生――この言葉の意味は分かりますね?」
「はい。生まれ変わること、ですよね」
「その通りです。
――セイ、レイ。あなた方には一度死した後、理央の故郷である異世界に転生してもらいます」
「だから、僕らに死ねと」
二人は、確認するように問うた。
神は、明滅しながら「ええ」と相槌を打った。
「しかし、ただ死ねばいいわけではありません。この道筋を生きた上で死ぬことも、代償の一つです」
「分かりました。やります」
頷いた二人に、表情も何も見えないというのに神が驚く気配が伝わった。
「……そのように簡単に了承してよいのですか」
「はい」
「先程述べたのは、代償の一つに過ぎません。あなた方は何もかもを失うかもしれない」
「リオウ様さえいてくれるのならば、他には何も要りません」
「自己を無くすことだって有り得る」
「構いません」
――ずっと自分と、片割れしかいない世界だった。色も、音もない世界。
そこへ、鮮やかな彩りを与えてくれたのが、リオウで。きっと何回生まれ変わろうが、記憶を無くそうが自分達は彼女を求めるだろう。
「だから、お願いします。何年かかってもいい。
――彼女の、そばに」
そこに、一切の迷いはなかった。
リオウさんはいつの間にか二人の破壊神を生み出していたようです。
脅したっていうか、存在自体が脅し。