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道筋・2

――ずっと、考えていた。


こうして片割れと、リオウの3人で山奥にひっそりと隠れ住むようになってから、ずっと。



セイは、今頃教会に着いてるだろうか。居間で1人物思いに耽りながらレイは、細く息を吐いた。

今日もリオウは、自室から出てこない。

――これで、4日目だ。

もし彼女が出てきた時を考えてこうして居間で待機しているのだが、今日も彼女の姿を見ることは叶いそうに無かった。

そのことが、レイの心を押し潰す。

自分達にとって、リオウは全てだ。彼女がいなくなればたちまち世界は色を無くし、音を失い、生きる意味を見いだせなくなるだろう。目も、耳も、手足も、心も、彼女を感じるために機能し、彼女がいるからこそ、色を感じる。

――だから、なのだろう。

リオウが苦しんでいる今は、自分達も苦しいと感じた。その痛みは、甘くはあるけれど。


「……苦しめたいわけじゃない」


レイは、自分の頭の中を整理するように言葉を吐き出した。

そう、リオウを苦しめたいなんてことは、セイもレイも考えてはいない。


リオウと出会った頃の自分達ならば、ただひたすらにリオウから幸せを貪っていたのかもしれない。リオウのことなど考えずに、リオウがなくなってしまうまで。

けれどこの5年の穏やかな時間が、自分達を変えた。

隠れなければならない身であるリオウは、殆どの時間をセイとレイと過ごしていた。まだどこか張り詰めた糸のようなところはあったが、ようやく勇者という責務から解放されたこともあってか彼女は笑うことが多くなったように思う。

彼女が自分に笑いかけてくれたり、頼ってくれたりすることが自分達にとっては何よりも嬉しかった。リオウの幸せこそが、自分達の幸せなのだと、ようやく気付けたのに。



――今の、自分達がリオウを苦しめているという状況が、双子を苦しめる。



一番良いのは、リオウの手を離してあげることだ。あれから5年もの時がたった今、人々の間で勇者は過去の人間になりつつある。きっとリオウを引き止める鎖は、自分達以外にはもうなくなっているだろうとレイは感じていた。


レイとセイが手を離しさえすれば、リオウは元の世界へと帰れるだろう。けれど、


「離れるなんて、できるはずがない」


2人にとって、リオウは命で、生きる意味そのものなのだ。それを手放した自分達の末路など、容易に想像できる。


「…………」


決して楽しくはない未来を想像して無言で頭を振ったレイの視界に、テーブルに載った水差しとコップが現れる。自分がいない間のことを考えて、セイが用意していってくれたものだ。

片割れの気遣いを目にして、ささくれ立っていた気持ちが幾分か和らぐ。

思案に沈んでいる間にそれなりの時間も経っていたようで、レイは喉の渇きを覚えてその水差しへと手を伸ばした。

だが――


「あ」


手が滑って水差しが床に落ちる。ガラスの割れるけたたましい音が響いて、びちゃりと足元が濡れる感触。

――少しの間、水たまりの中でただの破片になってしまった水差しを見ていたレイが、重くため息をついた。


「手の方は、弱ってないつもりなんだけど」

さて、どうするか。セイがそこまで予想していたかは不明だが、テーブルには布巾も置いてあったため、レイはとりあえず出来る範囲で片付けた方がいいかと身を屈めた。

そして、レイの指先が一番大きなガラス片へ触れようとした時だった。


だだだ、とこちらに近付いてくる足音。今ここにいるのはレイの他には――リオウだけで。

信じられない思いで顔を上げたレイの目に映ったのは、やはりリオウその人だった。


「……リオウ、様?」


レイは首を傾げる。

簡素なシャツとズボンという寝間着姿なリオウの目が、レイと床にぶちまけたガラス片を交互に見、次いで、戸惑ったように瞳を揺らした。


「音が、聞こえて……」


――広くもなく、壁も薄い家だ。多分、ガラスの割れる音に何事かと心配して来てくれたのだろう。

レイはリオウに向かって微笑んだ。


「水差しが割れてしまったんです。すみません、驚かせてしまって」

「ううん……あの、怪我、してない?」

「はい」


気まずそうな表情のリオウだが、このまままた部屋に引っ込むことは出来なかったのだろう。レイに――いや、割れた水差しに近寄り、ガラスを拾い始める。


レイの足元に跪くような姿勢になってしまったリオウの旋毛を、レイはじっと見つめる。……見つめることしかできないのだ。

実に4日ぶりに見るリオウは幾分かやつれ、触れれば壊れてしまいそうな儚さがあった。実際、壊れる寸前なのかもしれない。


「……セイ、は?」


顔を上げぬまま、いつもより控えめな声でリオウが問うてくる。


「街へ買い出しに」

「そう……そういえば、そろそろだったね」


それきりリオウは口を閉じ、居間にはしばらく、かちゃかちゃとリオウの指が破片を拾い上げていく音だけが響いた。



「……ごめんね」


――そして、リオウが再び口を開いたのは、大きな破片を粗方拾い上げたあとだった。

相変わらず顔を上げないまま、震える声で彼女は言った。


「家のことも何もかも、セイとレイに任せきりになっちゃってるよね」

「…そんなこと、いいんです」


リオウのそばに居られるのなら、自分達は何だってする。それがリオウのためになることなら、尚更だ。


しかし、リオウは首を横に振る。


「分かってるの、閉じこもっていても何の解決にもならないって。

でも――レイと、セイの顔を見るのが辛くて」

「分かってます。僕らが、ずっとリオウ様を引き留めてるから――」

「違う!!」


さっきよりも強く頭を振って、リオウは声を荒げた。レイは、思いも寄らぬ強い否定に、目を丸くした。リオウは幼子のように頭を振りながら二度、三度と繰り返した――「違う」と。


「違うの――閉じこもっていたのは、自分が、怖くて」

「リオウ様が?」

「考えてたの、ずっと。最初聞いてた5年が経って、なのに、帰れなくて。帰れないのは、レイと、セイの……せいじゃ、ないかなって、それで、それで」

「リオウ様、」


声にしゃくりあげるようなものが混じる。レイが思わず手をのばそうとした時、リオウが顔をあげた。

泣き濡れて真っ赤になった瞳が、レイをうつす。


「あなた達が、し、死ねば帰れるって思っ、て。思って、しまって」


ハッと息を呑む。


――レイは、リオウが一刻も早く帰りたくて、自分達から離れたくて自室に籠もってしまったのだと思っていた。一向に離れようとしない自分達を嫌悪しているのだと。

けれど、その考えはリオウから否定された。


「怖かった。レイとセイのことを殺すなんて、一瞬でも考えてた、自分が!

あなた達に会ったら、本当に…ころ、殺して、しまうんじゃないかって」

「……リオウ様」


レイは上体を屈め、途切れ途切れに心情を吐露するリオウの頭を抱えるように抱きしめた。びくりとリオウの体が揺れたが、レイは構わず彼女を抱きしめて耳元で柔らかく囁いた。


「大丈夫です、リオウ様はそんなことしません」


やさしい人だ。本来なら軽く扱われても何もおかしくない自分達の命を、こんなにも大切に思ってくれてる。

……本音を言えば、レイはリオウに殺されるのなら、それも良いと考えている。

――彼女の綺麗な手が、自分の血で汚れる。それは余りにも甘美な想像だ。


(でも、それはだめだ)


彼女が大切にしてくれている命を、彼女の手で散らせるわけにはいかない。

何より、彼女がレイとセイを手にかけることは絶対にないだろう。"死"という言葉すら簡単に口に出来ないのが、良い証拠だ。


「大丈夫です。リオウ様は僕達を殺さないし、僕達も死にません」


幼子にするようにリオウの頭を撫でてやりながら、レイは目を閉じた。


――双子の願いは変わらない。けれど、リオウを苦しめたくはない。


だから、


(引き留めるのではなく、追いかける)


たとえ、それが異世界だろうと。


レイ視点ってそういえば書くの初めてですね。とりあえず頭がリオウのことで一杯なのは、二人とも変わりません。

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