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道筋・1

セイは夕食の載ったトレイを片手に、ドアをノックした。


「リオウ様。夕食を持ってきました」


返事は、ない。

それどころか物音一つ聞こえてこないことに心配が募るが、それ以上声をかけることもできずにセイは、いつも通り扉の前にトレイを置いた。

そして、踵を返す。


(もう、3日だ)


3日も、彼女の――リオウの姿を見ていない。


「セイ」


大して広さもない家なので、居間にはすぐに着いた。深刻な顔で木製のテーブルに両肘をついていたレイが、待ちかねていたように顔を上げる。


「…………」


セイは、黙って首を横に振った。深い溜め息が、重なる。


「……食べてくれるだけ、まだマシ、と思うべきなのか」


――今のところ、量は少なくなってはいるものの、リオウは食事をとってくれている。


『食べなきゃ。死んだら帰れないもの』


もう――5年は前になるのか。昔、彼女がまだ勇者をやっていた頃に言っていた言葉を思い出す。

食べているということはつまり生きるということで。つまりは――まだ、諦めてはいないということだ。


元の世界へ、帰ることを。


「――僕らは、間違っていたのかな」


ぽつりと、レイがそう言った。その声は余りにも冷静で、セイは思わず声を荒げる。


「でも!リオウ様と離れるなんて――」

「出来ないよ、僕も」

「ならどうして間違ってるなんて言うんだ!」

「離れないために、リオウ様を引き止めること」


細い指を組み合わせて思案するレイの瞳は、中空を睨みつけている。


「まずそこからして、僕達は間違っていたのかもしれない」





+++++


その、次の日。セイは街に下りて教会を訪れていた。

大して大きくはないが小さくもない街にある教会だ。ここに、果たして自分達の求める答えがあるのかは分からないけれど、ここぐらいしか思いつかなかった。


「勇者の召喚について、ですか」


案の定、セイを応対してくれた神官は、自分の問いに目をぱちりと瞬いた。

旅人風の身なりの、しかも右目に眼帯をした自分はこの男にさぞ怪しくうつっていることだろうと思う。その上この質問。

すげなく追い払われても仕方のないような気もした。


だが、セイとそう年も変わらないように見える若い神官は、まずセイにこう尋ねた。


「一体、どういった経緯でそのようなことを知りたいのでしょうか?」


それは予想の範囲内にあった問いだったので、セイはあらかじめ用意していた答えを口にする。


「――実は、旅をしながら勇者について調べているのです」

「それは、今代の?」

「ええ。勇者、リオウ・ハヤサカについて」

「そうですか……」


神官は、複雑そうに顔を歪めた。その表情が何を意味しているのか理解できず、セイは首を傾げた。


「何か?」

「いえ……まだ、あの方を追い求める人がいたのだな、と」

「あの方とは……」

「勇者様のことです。リオウ様……私はあの方とお話したことがあります」

「!」


思わぬことを聞き、セイの心が跳ねる。そして、目の前の神官を改めてまじまじと観察した。自分とそう変わらない年に見える彼は、神官らしいといえばらしい、柔和で人の良さそうな顔立ちをしていた。

どこにでもいそうな容姿だが、セイの記憶にはないとはっきりと言える。ということは、自分達と出会う前か、凱旋した時にリオウと接触があったのだろうか。


まじまじと凝視された神官が、照れたように苦笑する。


「とは言っても、ほんの一言二言でしたが。

――もう5年以上前になりますか。あの方が召喚された時、私は王都の本神殿に見習いとして勤めておりました」

「……そうなのですか」


自分達とも、まだ出会っていない頃だ。自分の知らないリオウを知っているらしい男に、僅かながらに嫉妬心を覚える。

そんなセイの心中には勿論気付かない神官は、どこか遠くを見るような目で語った。


「これは、お恥ずかしい話なのですが……水を運ぶ最中に、転んでしまいまして。その時偶然通りかかったあの方に、水がかかってしまったのです」

「ああ…」


知らず、その話を聞いてうめき声のようなものが漏れる。リオウと長い時間を共に過ごしたセイにも彼のしたような粗相は経験があるため、自分と重ね合わせてしまったのかもしれない。



――だから、その時のリオウがどうしたのかも、目に浮かぶようだった。


「お優しい方でした。粗相をした私を咎めることもせず、気にするなとおっしゃられて」

「……でしょうね」

「は?」

「いえ……思いもよらず貴重なお話を聞けました。ありがとうございます」


素直な気持ちで礼を述べると、神官は恐縮したように首と手を横に振った。


「いえ、こちらの方こそ勝手に思い出話などはじめてしまってすみません。

……召喚の儀について、でしたよね」

「はい」

「私が知っているのは、召喚の儀は神にお伺いを立てるものであるということぐらいです」

「お伺い、ですか?」

「ええ、神官達はこちら側に扉を作ることは出来ますが、その扉まで勇者様を導くことまではできません。

ですので神にこちら側の扉まで勇者様を連れてきていただけるよう、願うのです」


と、そこで神官は何故か憂うように眉をひそめた。


(神、か……)


セイもつられて難しい顔になる。こうして隠遁生活を送る前に聞いたリオウの話と、神官の話は一致していた。

つまり、神殿自体にはリオウを元いた世界に返す力は無いのだろう。

そして、その力を持つ神も未だリオウを返すことはできない。


セイと、レイのせいで。


自分達の執着がリオウをこちらに留めているのだと知ったとき、セイは――――どうしようもなく、嬉しかった。多分それはレイも同じなはずだ。

だからいつか、自分達の想いが彼女の心もこちら側に留めることができるかもしれないと、考えていたけれど。


「――もう一つ、お聞きしたいのですが」


セイは、目の前の神官をまっすぐに見つめ、もう一つの問いを口にした。



「神に会うには、どうすればよいのでしょう?」

隠遁生活をはじめてから5年後の話。

リオウさんが引きこもってます。

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