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「今日が貴様の命日だ!魔竜王グリストフェレス!」
小さな舞台の上で、剣を持ち甲冑を身につけた人形がぴょこぴょこと跳ねながら高らかに宣言する。
対峙するのは、おどろおどろしい赤色の竜……らしきぬいぐるみ。
「ふん、目障りな…死ぬのは勇者、お前だ!」
地を這うような声で竜が言うと、竜の大きな口から赤い布が飛び出した。勇者の飛び跳ねる動きが大きくなる。
「なんのこれしき!ふっ、やぁっ、たぁ!」
炎に見立てているらしい赤い布を勇者の人形がぴょこぴょこと避け、ついに魔竜へと近づく。
そして、大きくとびあがった。
「覚悟――!!」
「グルオォオオオォっ!!」
勇者が魔竜の体にぶつかると、けたたましい雄叫びのあと、魔竜がぱたりと倒れた。
「やったぞ!魔竜を倒した!」
横になった魔竜の上に勇者が立ち、勝利を宣言したところで、舞台の幕がするすると下りる。
「こうして魔竜王グリストフェレスは倒され、世界にようやく平和が訪れたのでした――――めでたしめでたし」
「なぁ、アレそんなに面白いか?」
広場の真ん中で行われていた人形劇を、少し離れたところから観ていたセイは声をかけられて視線をそちらに向ける。
声をかけてきたのはまだ十才にも満たないような少年で、猫のようにぱっちりとした瞳でこちらを見上げていた。
見知らぬ少年に話しかけられ、内心疑問に思いながらもセイは答える。
「面白い……というか、懐かしくてね。つい見入ってしまった」
先程上演された人形劇は、ところどころ脚色はあったが紛れもなく『彼女』の物語だ。寝物語、人形劇、戯曲、書物……色んな形で語られる彼女の物語は今や世界中に溢れ、人々に勇者が存在したことを教える役目を担っていた。
セイの答えに満足したのかしていないのか、少年は「ふぅん」とつまらなそうに声を漏らした。
「君は?」
「おれ? おれはもう飽きたよ。だってみんな似たような話ばっかなんだもんよー」
「ふぅん」
「大人はみんな勇者勇者って言うけどさー、正直おれら子供はよくわかんねーし」
「……君、今いくつ?」
「6才。もうすぐ7才」
少年の返答に、セイは成る程と頷く。
――彼女が表舞台から姿を消した後に生まれた子。彼らのような子にとって勇者は物語の中の存在でしかなく、彼女の活躍によって平和がもたらされたことは理解していても実感してはいないのだろう。
けれどきっと、これこそが彼女が望んだ変化なのだ。
目の前にいる少年の存在は、彼女にとっての希望――
(そろそろ、なのか)
――リオウが魔竜を倒してから、7年の時が経っていた。
+++++
街から山奥の家に帰ったセイは、小屋の裏手から聞こえるパカンッと小気味よい音が響くのを聞いて、裏手に回った。
「……リオウ様?」
そこにいたのはやはりリオウで、セイが声をかけるまでに持っていた斧で薪をまたひとつ、危なげのない動きで割った。
高い位置で結んだ髪を尻尾のように揺らして、彼女が振り返る。
「ああ、セイ。おかえり」
「何やってるんですか。そういう仕事は僕がやるって……」
薪割りをしていたらしいリオウに近づきそう言うと、リオウはにっこりと笑った。
「いいの。偶には体動かさないと。……それに、今日は気分がいいから」
その言葉に、朗らかな笑顔に、セイは嫌な予感を覚える。……確かに、ここまで機嫌のいい彼女はここ最近見たことがなかった。
そして、リオウの上機嫌の理由など、一つしか思い浮かばない。
「今夜、帰れるって」
――その瞬間、セイの周りから一切の音が消えた。
彼女がずっと待ち望み、自分がずっと来なければいいと願っていた時が、とうとうやってくる。それも、今夜。
気付けばセイは、リオウを腕の中へ閉じこめていた。こんなことで彼女を止められはしないと、知っていたけれど。
「――レイには、このことは?」
「言ったよ。…諦めてくれたのかな」
「諦めることなんてありませんよ」
鼻をくすぐる甘い香り、柔らかな体。くすくすと笑う声。彼女を手放すなんてこと、有り得ない。
(……手放すものか)
リオウの願いがずっと変わらなかったように、セイとレイの願いもずっと変わらない。
何があっても、リオウの側に。
たったひとつの願いを胸に、セイは抱きしめる腕の力を強めた。
7年経っても「理央さん逃げて!」って感じ。でも双子にも変化があったのか、表面上はおとなしめです。なんか逆にこわい。