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魔竜を討伐した勇者が本陣へと戻ってくると、本陣の兵士達は皆歓声をあげて彼女を迎えた。
だが……
「凱旋……ですか」
眉根を寄せた勇者殿を見て、連合軍の参謀長であるウィルドは不思議そうに首を傾げた。
「ええ。魔竜が討伐された知らせは既に王都へと走らせましたから。
今頃、皆勇者殿の帰還を今か今かと心待ちにしていることでしょう」
「はあ……」
どうにも気乗りしない様子だ。普通なら今頃、故郷へ帰れることや、褒美のことなんかで頭がいっぱいだろうに。
(あ、いや)
そういえば、彼女は異世界から召喚されたのだから、故郷はこの世界のどこにもない。
これから凱旋する、彼女を召喚したわが国ハイグレードも、彼女は1ヶ月やそこら滞在した程度なので里心など芽生えるわけがない。
この年頃の少女にしては珍しくどこか冷めた性格の勇者殿は、眉根を寄せたまま口を開く。
「あの、それって行かなきゃダメですか」
「は? まあパレードはなしにしても、とにかく一度王族の方や民の前に姿を現していただかないと」
「……そう、ですか」
勇者殿の黒い瞳が、諦めの色を帯びる。
その顔には、はっきりと「面倒くさい」と書いてあった。
魔竜討伐を成し遂げて帰ってきた勇者殿は、肩の力が抜けたように見えたがどうやらいらないところの力まで抜けてしまったように見える。
要するに無気力。
本陣に戻ってすぐの時も、兵士達の歓声に特に反応を返すことなくただ戸惑ったように眉根を寄せていた。
まあ、偉業を成し遂げたすぐ後だから仕方ないのかもしれない。ウィルドはそう結論付けた。
元々まだ若いのに鍛錬を積んだベテランの軍人のような雰囲気のある彼女だ。少女らしい反応を求めるところからして間違っている。
「分かりました。乗り物や食事などはそちらが用意してくださるんですね?」
「あ、はい、それは勿論。
あの、兵も何人かつけたいのですが……」
「……なるべく少なく、お願いします」
「了承しました」
ため息混じりの声に、ウィルドは胸に拳をあて答えた。
――彼女が来てからの一年、それまで魔竜の軍勢の侵略に怯えるばかりだった戦況は一変した。
圧倒的な力。そして、強い――強すぎる意志。
迷いなく敵に向かっていく姿に、まるで鬼神のようだと、さすが勇者だと人々は賞賛を口にのぼらせた。
だが、彼女の今日までの軌跡をそれなりに近くで見てきたウィルドは、彼女に違う感想を抱いた。
まるで、死に急いでいるようだと。
勿論、死を恐れていては魔竜に1人で立ち向かうことなど出来ないだろう。
その姿勢が兵士達を奮い立たせ、勝利へ導いたと言ってもいい。
しかし――ウィルドは、先ほどまでの勇者殿の様子を思い出す。
笑みをちらとも浮かべない顔。感情の起伏が少ない声。少女らしい、華奢な肩。
彼女と会話を交わす度、ウィルドの心に違和感がじわりと染み出してくる。
何かを間違えているような、そんな気がした。