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『そして、もう一つ。貴女が特に関わってきた人とは、城を出る前に一度話をしてください』
『話って……なんの?』
『元の世界へ帰ることを。とにかく、けじめをつけていただきたいのです』
――そう、けじめを着けに来たのだ、理央は。
「リオウ……」
王の途方に暮れたような声を聞いて、理央は幾分か冷静さを取り戻す。
「私は、故郷に帰りたいがために、今日までやってきました。
自分の為です。この世界の為でも皆さんの為でもありません」
だから、と続ける。
好かれようだなんて思ってはいけない。
もう、枷は外さなければ。
「感謝も、謝罪も要りません。
――私が望むのは、自由です」
理央は真っ直ぐ前を向いてそう言いきった。
「……そうか」
答えた王は、がくりと落ちた肩のせいかこの数分ですっかり老け込んで見えた。
その光景に、僅かに胸が痛んだ。けれど気付かないフリをして、膝に視線を落とした。
まるであの頃に戻ったようだ。
いきなり召喚されて、勇者なんて肩書きを押しつけられて、1人で心細くて俯いてばかりいた頃の理央に。
――はじめて対峙した時の王は今にもぽっくり逝ってしまうんじゃないかと思うほど弱々しく、理央は自分の状況も忘れてうっかり心配してしまったのを覚えている。だからだろうか、理央はそこまで王に対しては嫌悪感を抱いてはいない。
(だから、駄目なんだ)
もっと悪い人とか、元気そうな人が相手であれば理央だってまだここまで良心は痛まなかったはずだ。
けれど王は、いい人だった。
この数十分の間の王の言葉が、態度が理央にそれを教える。
もっと息子のように悪びれないひとであれば――と理央が思っていたところに、王の溜め息が重なる。
「……そうだな。それが貴女に対する一番の礼であり、償いなのだろう」
「では――」
「ああ、好きにするといい」
しわくちゃの顔を更にしわくちゃにして述べた王に、理央は自然と頭を下げていた。
「ありがとうございます」
歓喜と、ほんの少しの寂しさを噛み締める理央の頭に、「ただ」と王の声がかかる。
「ただ、ひとつだけ貴女に頼みたいことがある」
「頼み、ですか」
訝り顔を上げた理央に、「個人的なことだ」と前置いてから王は口を開いた。
「息子のことだ。あれは恥ずかしいことに、中身はまだまだ子供でな。
貴女が帰ると聞いて、みっともなく駄々をこねるかもしれん。
――その時は一度だけでいい。話を聞いてやってはくれんか」
「…………」
父親の顔でなかなか厄介な頼み事をした王に、理央は正直言葉に詰まった。
ヴェリオスは理央のトラウマそのものだ。彼の話を聞くということは――いや、彼が駄々をこねるとは思えないが、もしあったとして――そのトラウマと対峙するということだ。
(でも、彼ともけじめをつけないといけない……の、かな)
殿下が理央を失いたくないと願っているとは理央には到底思えないが……まあ、関わりならばあったし。一度話はしておいた方がいいかもしれない。
理央は迷ったが、結局頷いた。
「わかりました。一度、だけなら」
不承不承といった感じが顔にでていたのだろう。王は「ありがとう」とほろ苦く笑った。