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「すみません、突然お呼び立てするような真似をしてしまって……」


一国の主を前に恐縮する理央に、その一国の主は孫を見るような目で理央を見、朗らかな笑い声を上げた。


「そう恐縮せんでも、とって食いはしない」

「はあ…」


謁見の間ではなく応接間のようなつくりの部屋で相対したハイグレード王は、目線がほぼ同じところにあるせいか、いつもとはまた違うように見えた。

妙に威厳のある好々爺というか、なんというか。なんだか変に緊張する。


しかも長椅子に腰掛けた王の後ろには、宰相が人のよさそうな笑みを浮かべて王と理央とを微笑ましげに見守っているものだから、妙に気恥ずかしい。


「――そなたが魔竜を倒してくれてから、急に具合が良くなってな。医者にも驚かれたよ」


そう言った王の口調は、確かに謁見の時よりもはきはきとして希望に満ちている。


「だからこれくらい、どうということもない」

「……ありがとうございます」

何を言うべきか迷って礼を述べると、「礼を言うのは私の方だろう」とまた笑われてしまった。

――本当に、元気そうだ。

理央は膝の上に置いた手を握りしめた。


「あの、お話があるんです」

「おお、そうだったな。なんの話だ?」


握りこんだ爪が、手のひらを突き刺す。


「城を、出ようと思います」


間。


何秒か、何分かの沈黙が部屋に落ちて、理央の神経をすり減らした。



「――それは、短期的に、という意味ではなさそうだな」


やがて返ってきた声は、ついさっきまでとはまるで違う、疲れきったような縋るような声だった。

理央は小さく顎を引いた。


「城を出て、どこへ?」

「まだ決めていません。ですが……どこか、人のいないところへと考えています」

「……何故、そんなことをするのか聞いても?」

「私が、私のいるべきところへと帰るためです」


そのためには、ここにずっと滞在するわけにはいかないのだ。理央は神の言葉を思い出す。



『貴女をすぐに元の世界に還すことができないのは、貴女がわたしの子らに慕われすぎているからです。だが、嫌われれば良いという訳でもない。強すぎる憎しみもまた、貴女を引き止める枷となるでしょうから。

好かれすぎるのでも、嫌われすぎるのでもいけない。

一番いいのは、忘れられることです』


だから、理央が今いる状況は還るためにはとても良くないと言われた。

要するに理央は民衆の目からフェードアウトしなければならない。突然消えるのではなく、徐々にその姿を消していけば理央を勇者として慕う人々からの枷はなくなるという話だった。


「いるべき所、か。……そうか、あなたにとって、ここはそうではなかったか」

「……はい」


眉間の皺を深くして言った王に、理央は逡巡しながらもしっかりと頷いた。

同情などしてはいけない。それは、これから去る人間がしていいことではない。


王はしばらくの間、瞑目していた。


理央はじっと、彼の言葉を待った。



「――私は、幼い頃よりずっと、勇者の伝説を聞かされてきた。

その強き力と優しき心は、私の憧れだった。魔竜が現れてからは勇者の降臨を待ち望み――そしてあなたは、伝説その通りの力と優しさを持って、私達の世界を救ってくれた」


王はそこで一旦言葉を区切っていた。そして、細く息をつく。


「だが……本当は、気付いてもいたのだ。召喚された勇者が、伝説の中の存在ではない、1人の人間であることも。

リオウ、貴女にはどれだけ感謝と謝罪をしても、足りない。

――すまなかった」


一国の王に頭を下げられて、理央は一瞬何を言っているのかすら理解できないほど戸惑った。

王は頭を下げたまま、続ける。その姿はまるで懺悔をするようでもあった。

実際、そうだったのかもしれない。


「国のため、と言いながら貴女にはとんでもない重荷を背負わせてしまった上……貴女はもう気付いているだろうが、息子を使って貴女を騙そうとさえした。

全ての責は、私にある。この老いぼれの身で罪が全て購えるとは思ってはいないが、どうか――許してほしい」

「そん、な」

そのあとに続く言葉を、理央は飲み込んだ。

巻き起こったのは、あまりにも醜い感情の渦。

例えばこれが、理央が騙されたと知った直後だったならば、感情のままに怒り、詰り、けれど最終的には許せたのかもしれない。

しかし今更そんなことを言われても、理央には怒ることすら出来なかった。


「陛下、頭をあげてください」

「しかし、」

「もう、私の中ではそのことは、許すとか許さないの問題じゃないんです」


そう、理央の中の感情はそんな段階にはないのだ。

理央は唇を噛んだ。ここで、あの日覚えた怒りややるせなさを吐き出したとしてめ、きっと周りは愚か自分さえも傷付けるだけだ。


「リオウ」

「っもうそのことには、触れられたくもないんです!」


ようやく塞がりかけていた傷口を抉って、一体何になるのか。いや、彼らは謝罪したことに満足を得るのかもしれない。だが――理央は?


許すこともできない自分は、どうすればいいのだろう。


大きく空気を震わした理央の声は、けれどすぐに溶けて消える。


まるで自分のようだと、思う。


ほんの一時空気を揺らしても、すぐにその空気に飲み込まれてしまう。


(駄目、だ)


――許してはいけないのに、許してしまいそうになる自分が、一番許せなかった。

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