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フィアンナの命で勇者リオウに付くことになった女官のうちの1人であるティルファの心は、充実に満ち満ちていた。
それは、仮といえど今の主であるリオウによってもたらされたものだ。
リオウに付くよう命じられた当初は、ティルファにもかなりの戸惑いがあった。相手は貴族の姫君でも、ましてやこの世界の人間でもない女性で、しかも勇者。
従来の仕事の仕方で通用するのだろうかという不安は、他の女官2人も抱いたようだった。
だが、心配は杞憂に終わった。
確かにリオウは貴族の姫君とは違ったが、素直で優しいひとだとティルファは思った。世界を救った英雄なのに女官長相手にたじたじになっている姿を最初に見たせいかもしれない。
何気なく「ありがとう」と言う声だとか、肌を見られることを恥ずかしがるところとか、困ったように微笑む顔とか、ティルファ達限られた女官だけが見られるくつろいだ姿とか――――ようするに、ティルファはリオウが大好きになっていた。
そして、リオウに魅了されたのはティルファだけではなかった。
「リオウ様とお呼びしてもよろしい?」
「ええ、どうぞお好きなようにお呼びください」
リオウが微笑み了承すると、ご婦人方が色めき立つ。
中庭で白いクロスがかかったテーブルを囲むのは、リオウ以外いずれも結婚して5年以上は経つ夫人達なのに、リオウをうっとりと眺める様はまるで恋する少女のようだった。
(まあ、気持ちは分かりますけれど)
リオウの後ろに控えたティルファも、密かに心の中で夫人達に同調した。
リオウはなんというか……同性すら惹きつける艶のようなものを持っているとティルファは思う。中性的な雰囲気や仕草がそうさせるのだろうか。
その抗いがたい魅力に早くも虜になったらしい、夫人の1人がほう…と熱を孕んだ息を吐く。
「リオウ様のお召し物、素敵ね。まるで物語に出てくる騎士様のよう」
「そうですか? 私も実は気に入っているのです。
私には女性が着るようなドレスは……その、似合わないでしょう?」
「まあ、そんなことありませんわ! 先日の祝勝会でお召しになっていたドレスもとてもよくお似合いでしたもの」
「ええ、今が騎士様なら……そう、聖女様のような神々しさでしたわ」
「ヴェリオス殿下と共に登場された時は、老若男女問わずリオウ様に見惚れていましたもの」
きゃあきゃあと沸き立つ夫人方の勢いに押され気味なリオウが、困ったように微笑む。そして、
「――ありがとうございます」
ずきゅん。
夫人達の心が撃ち抜かれる音がティルファには聞こえたような気がした。
「でも、私は着慣れていないのもあってか、どうもドレスに着られてるような感じがして……やはり綺麗なドレスは皆さんのようなきれいな人に着てもらってこそ輝くものなのでしょうね」
ずきゅんずきゅん。
一度だけでなく、二度三度と正確に心を撃ち抜かれた女性達を見て、ティルファは思った。
(ああ、落ちましたね)
自分も一度通った道だ。彼女達の心情は手に取るように分かる。
きっと今頃、その胸の奥では忘れかけていたときめきや、暖かな母性が溢れそうになっていることだろう。こうなったらもう誰にも――勿論自分自身も止められない。次々と陥落していく貴婦人達を碧の瞳に映し、ティルファはどこか誇らしげな気持ちで微笑みを浮かべた。
――ねえ、私達の勇者様は、素晴らしいでしょう?
自分で自分の首を締める勇者。
歴代の勇者は代々女たらしとかいう記録があったりなかったり……理央さんは無自覚です。褒められたら謙遜して褒め返すのは日本人の礼儀というか癖。