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リオウが人々に囲まれ、人酔いに陥っている頃――――ヴェリオスはヴェリオスで、鼻孔を絶え間なく擽る匂いに酔いそうになっていた。


「先ほどのご挨拶、とても素敵でしたわ。ヴェリオス殿下」


夢の中にいるような声で言ったのは、自国の伯爵令嬢だ。まだ年若い彼女はヴェリオスに憧れを抱いているのか、こうしてあう度に甘ったるくうっとりとした視線を寄越してくる。


「ええ、本当に。このようにご立派な王子殿下がいらっしゃるなら、ハイグレード国も安泰ですわね」


その伯爵令嬢の隣で彼女の言葉に頷き、妖艶な笑みをヴェリオスに向けたのは西の隣国、エンデルシアの公爵令嬢。

丁度適齢期なのだろう彼女は、扇で口元を隠しながらどこか挑発的な目でヴェリオスを見ていた。


「魔竜の脅威もなくなったことですし、そろそろ戴冠のお話も出ているのではなくて?」


そういったのは――誰だったのか。もはやよく分からない。

ヴェリオスの周囲を取り巻く令嬢方はその誰か分からない娘が言った言葉に、色めき立った。

それを適当に宥めながら、ヴェリオスは自分は一体どうしたのだろうと疑問を抱く。

舞踏会でも、夜会でもこういった華やかな場では、ヴェリオスが令嬢方に囲まれるのが常だった。

華やかな容姿と立場。ヴェリオスは自分がとても女性受けがいいことを知っていたし、何もしなくとも寄ってくる女性達と恋愛紛いのようなことをして楽しんでもいた。

こうして華々しく着飾った令嬢方に囲まれるのも嫌いではない――はずだったのだが。


「ヴェリオス殿下?」


令嬢の一人が首を傾げ、ヴェリオスを窺う。そんな仕草ひとつに、苛立ちのような感情を覚える自分に気付く。


「どうかなさいました? お顔の色が優れないような……」


その言葉を皮切りに、令嬢達はヴェリオスを気遣う言葉を口にしはじめる。

心配するのなら黙っていてほしい。甲高い声が正直耳障りだった。

匂いにしてもそうだ。一人一人の香水が、集まり混ざることで余りいい香りとはいえないものになっていた。

ヴェリオスの顔色が悪いのには気付くのに、それが自分達のせいであることにどうして彼女達は思い至らないのか。

――いや、おかしいのはヴェリオスの方なのだろうか?


ふと違う答えにたどり着く。彼女達はいつもと変わらない。今までヴェリオスもこんな風に令嬢方の行動が一々気に障ることもなかったはずだった。


なのに、今は今すぐにでもこの輪を抜け出したいと考えている。抜け出して、そして――――


(……そして?)


不意に頭に浮かんだのはこの祝勝会の主役だった。いや違う。さっきからずっと、彼女の姿が頭から離れなかった。


令嬢の声が耳を刺せば、彼女の高すぎず低すぎない声を思い出し、ぎらついた視線を感じれば、彼女の透き通った黒い瞳を思い出し、香水が入り混じった匂いに酔えば、彼女の香りを夢想し――さっきから、彼女達とリオウをずっと比較していた。


ヴェリオスは無意識のうちに周りに視線を巡らせる。相変わらずの社交性ならば、きっと広間のどこかで困っているはずだ。

広間に入る前に見た、彼女の姿を思い出す。白いドレスを身に纏った彼女は、百合の花をヴェリオスに思い起こさせた。

凛と立つ姿は犯しがたい神聖さを醸し出すのに、その癖下品でない程度に開いた胸元と、結い上げられた黒髪と白い項の対比が男の目を吸い寄せる。


ある意味目の毒なあの格好を、無防備に他の男にも曝しているのかと想像すると、更に胸が騒いだ。


どうしてリオウのことを考えるだけでこんなにも心が荒れ狂うのか。疑問に思いながらも妙な使命感に突き動かされていたヴェリオスの目に、ある人だかりが目に入る。

多分あの中心にリオウがいるのだろう。

直感的にそう感じたヴェリオスが周りにいるご令嬢方からどうやって逃げるか考えた時だった。

人だかりが綺麗に割れて、リオウが中から現れる。やっと姿が見えた彼女に近付く、一人の男。


「ねえ、あれ……」


いつのまにか広間は静まり返り、時折囁き合うようなさざめきが聞こえるのみになっていた。

ヴェリオスの周りにいたご令嬢も異変気付いたらしい、扇で口元を隠しながら囁き合う。


「ノマライト王よね……素敵」


そんな周りの目などまったく気にしてない風の男のことを、ヴェリオスも知っていた。

隣国ノマライトの王、グラエル・ノマライト。ヴェリオスよりも七つ上だが、既に賢王と名高い彼は、何故かリオウの手を自らの手で包み込んでいた。


勇者と一国の王という関係だけでは説明できない親密そうな雰囲気が二人の間に漂っているのにも驚いたが――


(……リオウ?)


彼女が、笑っている。それも下手くそな愛想笑いでなく、ごく自然に。


――どうしてあそこにいるのが、自分ではないのだろう。




彼女の微笑みも、眼差しも、小さな手も――すべて、ヴェリオスのものだったはずなのに。




視線の先では、グラエルがリオウを庭へと連れ出していた。

ひとりじれじれする王子様。お前はヒロインかというくらい、じれじれじれじれし続けます。

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