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「勇者殿、私のことを覚えておられるかな?」

「ええ、もちろん覚えています。ロイアネル公爵」

「いやあ、立派になって」

「覚えていらっしゃるかしら。我が国にいらした時勇者殿とお話する機会があったのだけれど」

「ええ、ヘルナウラ夫人」

「勇者殿は――」

「勇者様の――」


勇者殿、勇者様――そっちこそ理央の名前を覚えてないのでは、とそれぞれ自国を勇者が訪れた時の思い出話を語る面々を見ながら理央は思った。

というか、ヤバい。

理央はぐわんぐわんと揺れ始めた頭をさりげなく押さえ、理央を取り囲む人々の会話をなるべく聞き取ろうと努力した。


祝勝会がはじまってまだ30分も経ってない内に理央が理解したのは、理央に聖徳太子のような能力は備わっていないということと、思っていた以上に自分の対人スキルがないということだった。


(殿下と離れたのは、失敗だったかな……)


乾杯のあと別れたきり、今は人垣のせいでどこにいるのかも分からないヴェリオスのことを考え、理央は慌ててその考えを振り払う。

関わりたくないとか思っていたくせに、困った時には頼るなんて虫が良すぎる。


――自分でなんとかしないと。


そう自分を奮い立たせた時だった。


「――リオウ」


名を――しかも呼び捨てで呼ばれたせいか、それとも彼のゆったりとした声質のせいか。その声は、驚くほどすんなりと理央の耳に滑り込んだ。

あれだけ騒がしかった周囲も、その声をきっかけにしん…と静まり返っている。


理央が視線を向けると、そこの人垣が割れて、1人の人物が残された。


「ノマライト王」

「久しいね、リオウ」


その残された人物は、金色の双眸を細めて理央に微笑みかけた。






ノマライト王――グラエル・ノマライトはまだ18という若さで王位についた、現在25才のノマライトの若き王だ。

ノマライトはハイグレードの隣国であり、理央も魔竜討伐への旅の途中で立ち寄った折り、面識を持っていた。


「迷惑だったかな」


庭に出ると、花の芳しい香りが風にのって理央のもとへと運ばれてくる。

そこでほっと一息つけた理央は、ふるふると首を横に振った。


「いえ……正直助かりました」



正直な気持ちを打ち明けると、華やかではないが精悍に整った顔をくしゃりと歪めた。

相変わらず笑うのが少し下手だ。


「よかった。――周りに嫌われているこの身も、なかなか役に立つようだ」

「嫌われてる、ということでもないと思いますけど」


彼、グラエルが現れると理央の周囲から潮が引くようにあっという間に人々が消えた。その中にはグラエルを嫌っている人もいたかもしれないが、大半は彼のオーラというか、威風に気圧されたのが殆どだろう。


理央はグラエルの隣に立って、彼を見上げた。身長は理央よりも頭二つ分は高いのでこうして見上げてると首が痛くなりそうだ。体つきもがっしりしているため、立っているだけでも妙に迫力がある。


――そう、ライオンみたいだと思ったんだ。


初めてグラエルを見た時を思い出す。濃紺の鬣と金の瞳を持つ、ライオン。理央も初対面の時にはその迫力に少し気圧された。

きっと、彼に惹かれてはいても、身分的にも雰囲気的にも近寄りがたいのだろうと理央は思う。

本人は、穏やかで身分にも余りこだわらない気さくなひとなのに。


「久しぶりだね、本当に。半年ぶりくらいか」

「あ……はい。その節は、お世話になりました」

「いや、リオウが滞在してくれた期間は俺も楽しかったよ」


そう言われても、理央は請われるままに理央が住んでいた世界の話をしたくらいしかした覚えがないのだが。


「言っておくが、社交辞令などではないよ」


理央の頭の中を見透かしたように言葉が飛んでくる。

瞳を瞬かせた理央に対し、グラエルはやはりとでも言うように笑った。


「本当に楽しかったんだ。貴女がしてくれた異世界の話はとても興味深いものばかりだった。

良ければまた聞かせて欲しい」

「えぇと……はい」

「じゃあ、約束だ。――確かこうだった?」


そう言ってグラエルが差し出したのは、ぴんとたった小指だった。

一瞬彼が何をしようとしているのか理解できずに目を丸くした理央だが、それが以前理央が教えた故郷での約束の仕方であることに気付いて、噴き出した。

グラエルが怪訝そうに理央を窺う。


「何か間違っていた?」

「いえ、合っています」

やり方自体は間違ってはいないのだけれど、大の大人――しかも彼のような美丈夫がやると、なんだか妙に可愛らしい。


笑われていい気がしないのだろう、むっすりとしはじめたグラエルにまだ笑い混じりの声で謝って、理央は小指を絡めた。


「えーと、なんだっけ、あの怖い歌」

「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのます、です」

「そうそれ。

ゆびきりげんまん……」


腰にくる、というのはこういう声を言うのだと理央に教えた美声が真剣に唄うのが理央の故郷の童歌。

理央はまた笑いを堪えなければならなかった。


「ゆーびきった。……これでいい?」

「はい」


頷き返し、指が離れる――――だが、離れたはずのグラエルの手が、理央の手を包み込んだ。


「陛下?」

「……陛下だけじゃ、誰を呼んでいるのか分からないな」

「……ノマライト王?」

「…どうしてそっちへ行くんだろう。

まさか俺の名前忘れてる?」

「いえ……グラエル、陛下」

「ん、よくできました」


満足げにそう言ったグラエルが、繋いだ手をぷらぷらと揺らす。


「リオウは、これからどうするんだ?」

「これから……?」

「そう。――すぐに元の世界に帰るの?」


問いかけに、理央は瞼を伏せた。

グラエルは、理央の願いを知っていた。彼に故郷のことを話す内、郷愁に駆られてうっかりとこぼしたことがあったのだ。「帰りたい」と。


「それは、しばらく無理みたいで」

「何か問題でも?」

「まあ、そんな感じです」


そういえば、彼も理央をこの世界に留める枷となっているのだろうか。理央の手を包み込むようにしているグラエルの手を見ながら考える。

嫌われてはいないと思うが……そこまで執着されているとも思えない。


(…私がいなくなったら悲しむ人が、世界を歪める、だっけ)


神が言っていたことを思い出す。理央がいなくなったらグラエルも悲しんでくれはするだろうけど、世界に影響を齎すほどとは思えなかった。そもそもグラエルがそういう人間ならば、「帰る」「帰らない」の話をした時にもっと取り乱したり悲しんだりするのではないか。



ぼーっとしてるようにも真剣に考えことをしているようにも見える彼の表情を窺っていると、視線に気付いたグラエルが首を傾げる。


「リオウ?」

「……グラエル陛下って、不思議なひとですよね」

「変、とはよく言われるけれど。不思議と言われたのははじめてだ」


何故そこで嬉しそうにするのか。

やっぱり不思議。と、理央が心の中でグラエルの位置をとりかねていると、そっと手が離される。


「……あんまり主役を独り占めにするものじゃないね」


どうやら話している内にそれなりに時間が経っていたようだ。理央も遠巻きにこちらを窺っている視線の数を感じて、グラエルに笑みかける。


「ハイグレードにはまだ滞在なさるのですよね」

「ああ。約束、忘れないように」

「はい」


また広間の方へと戻ろうと踵を返した理央を、気遣わしげな声が追ってくる。


「……大変だろうけど、がんばって」


振り返ると、グラエルがやっぱり下手くそに微笑んでこちらに手を振っていた。

これで大体の登場人物が揃いました。

グラエルさんは、理央の……友達?

割とこの人もひねくれてます。ていうかねじ切れてます。

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