18
女官達の腕前はすごかった。
城で一夜を過ごし、翌日の昼から夜に行われる祝勝会のために準備をはじめた理央――というか女官達は、自らが磨き上げた理央の姿を絶賛した。
「とてもお美しいですわ、リオウ様」
「凜として、艶やかで」
「その上お可愛らしい」
昨日今日と風呂場で理央と攻防を繰り広げた三人官女は鏡にうつった理央にうっとりとした視線を送る。今日も息ぴったりなようで何よりだ。
(まあ、確かに……見違えるくらいにはなった…かな)
理央も鏡の中の自分に目をやる。華美な白いドレスを身に纏った理央は、髪も結い上げられ化粧も施され、別人のようだった。
とりあえず剣や魔法をぶんまわすようには見えないだろう。少し窮屈で辛いが、これもある意味武装と思えば耐えられる。
「あら、そろそろお時間ですわね」
ひとしきり理央を褒めそやした女官達のうち1人がそう声を発すると、一旦は落ち着いたはずの空気がまた慌ただしくなる。
「よいですか、リオウ様。
何があっても背筋をのばし、まっすぐ前を向く。この2つを守れば、大抵のことはなんとかなります」
「はい、フィアンナさん」
最終確認をしたフィアンナの言葉に理央は頷く。以前もよく背中が曲がっていたり俯いたりしているとすぐさま飛んできた言葉だ。
確かにこうしていると、気持ちがしっかりとして揺らぎにくい。城の中だろうと戦場だろうと、まっすぐ立っていられた。
しっかりと頷いた理央を見上げた瞳に、うっすらと涙の膜がはる。
「…本当に、お美しくなられましたね」
「フィアンナさんは涙もろくなりましたね」
「誰が泣かせてると思ってるんですか」
理央のせいなのか。
ぐすぐすと鼻を慣らしながら涙目で睨んでくる、母より少し年上なぐらいの女性に向かって、理央は困ったように微笑んだ。
――背筋をのばし、真っ直ぐに前を向く。
大広間へと続く扉の前に立ち、理央はフィアンナの言葉を実行していた。
この向こうには、どれくらいの人間がいるのだろうか。さざめくような話し声が扉越しにも聞こえてくる。
「すまない、待たせたか」
きびきびとした足音が聞こえてきて、理央は顔を横向けた。
「……いえ……」
こちらに向かって歩いてくる彼を見留めて、理央の記憶の中の殿下の顔が鮮明になる。そう、こんな顔だった。
後ろに数人の共を連れた彼は、正装なのだろう複雑そうな衣装をきっちり着こなし、当たり前だが記憶の中よりも大人びて見える。
顔つきが引き締まった、というのか。物語の中の王子様が、少し現実味を帯びたような印象だ。
久々に見たヴェリオスを観察していた理央だが、向こうも理央のことを見ていることに気付き、首を傾げる。
何か変だったろうか。
「……殿下?」
頭一つ分高い彼の顔を見上げ呼びかけると、ヴェリオスは一拍遅れて反応した。
「………手を」
何か言いたげに形の良い唇が動いたものの、結局出てきたのはその二文字と、白い手袋に包まれた大きな手だった。
理央も、彼の手に自らの手を重ねることでそれに応える。
理央は再び扉へと視線を戻した。
相変わらず彼からの視線は感じたが、謁見の時と同じように無視を決め込む。
「では、よろしいですか」
「ああ」「はい」
理央とヴェリオスが頷くと、扉の脇に控えていた者が扉をノックし、向こう側へと合図を送る。
ゆっくりと向こう側から開かれていく扉を、理央は息が詰まりそうな思いで見守った。
――ヴェリオスと共に大広間へと足を踏み入れた理央を迎えたのは、いくつもの視線だった。
途端に足が重くなる。以前のように刺々しかったりあからさまに嘲笑を含んでいたりするものは流石に少ないが、これだけの数だろうとたとえ好意的な視線でも理央にとって圧力であることには変わりない。
(100人以上はいるかな……)
登場したのが階段の上であったので、大広間の様子が理央からはよく見渡せた。
女官や給仕の者達を合わせれば200人近くにはなるだろう。食事の載った丸テーブルが規則性をもって並び、立食パーティーのような雰囲気だ。
ヴェリオスのエスコートに従い、理央は慎重に階段を下りる。本当に理央のために作られたのだとわかるドレスの裾を少し持ち上げて、慎重に、慎重に。
流石は王子様というべきか、そつのないエスコートのおかげもあって、理央は特にヘマをすることなく大広間の床へとたどり着くことができた。
「どうぞ」
階下へ下りた理央達に、給仕の者からソーダ水のような液体が入ったグラスが手渡される。
見れば賓客と思しき人達は皆、グラスを手にしていた。
「陛下に代わりまして、私が発言することをお許しください」
理央から手を離したヴェリオスが一礼をしてから、よく通る声で広間の人間を見回しながら話し出す。結婚式のスピーチを思い起こさせる殿下の話を、理央は隣で黙って聞いていた。
「――では、此度の戦で、我らが連合軍に勝利をもたらしてくれた勇者、リオウ・ハヤサカに敬意を表して――乾杯を」
そう言って、ヴェリオスがグラスを掲げると広場の面々も同じようにグラスを掲げ、理央もそれに習った。
「乾杯」
いくつもの声が重なり、唱和する。
グラスに口を付けると、炭酸とは別の、灼けつくような刺激が喉に流れ込んで、理央は噎せそうになるのをこらえた。
お酒は二十歳になってから。