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「勇者、リオウ・ハヤサカ殿、入場!」


若干ハヤサカの部分が言いにくそうな侍官の声に続き、扉の前に控えた衛兵が手にした金属製の杖を打ち鳴らす。

そして、目の前で重い音を立てながら開かれていく扉を、理央はどこか他人事のような気持ちで見守った。


――一年前も、こうして玉座へと続く赤い絨毯の上を歩いたっけ。

限られた者しか歩くことは許されない赤い道を踏みしめながら、理央は思い出す。

あの時の理央は当然こちらの作法など知らず、謁見の間にいた一部の者は、そんな理央を人間社会に紛れ込んだ猿でも見たような目で見下ろしていた。

被害妄想と思われるかもしれないが、理央は実際に彼らが、野蛮な娘だなんだと陰口を叩いているのを耳にしている。


今の自分は、あの時の彼らの目にはどう映るのか。ふとそう思ったが、すぐに考えても無駄なことだと頭の中で処理される。


嫌悪されようが歓待されようが、どちらでも構わない。むしろ、理央の状況を鑑みれば嫌われた方が好都合のような気がした。嫌がらせをされるのはごめんだが。


多分理央は、放っておいてほしいのだ。




(………っと、)


頭の中に気をとられている内に、所定の位置まで来ていたことに気付き理央は足をとめ、跪いた。

――段になっている場所から、三歩下がった位置。それが、理央に許された距離だった。


煩わしいと、思う。

細々とした作法も、こういった場のために誂えられた、装飾過多な勇者の鎧も――すべて。


「……顔を上げよ」


絨毯を見つめていた理央は、嗄れた声に少しもったいぶってから顔を上げる。

壇上の王は、相変わらず玉座ではなく寝台の上で大人しくしておいてくださいと懇願したくなるような風貌だ。確か、理央の祖父より少し上ぐらいの年齢だったと記憶しているが……それよりももっと年上に見える。

老けて見えるのは、個人の体質のせいか、環境のせいか――老王を見つめながらそこまで頭を巡らせた理央は、思いの外見つめすぎていたことに気付いて慌てて視線を少し下にずらす。

余所見をしていても不敬だが、真っ直ぐ見つめすぎても不敬に当たる。本当に七面倒なことだ。


「リオウ・ハヤサカ。

そなたの此度の戦での活躍、まことに見事であった」


声量が控えめな王の言葉は、王の言葉を聞き漏らすわけにはいかない周囲によって、他の音を退ける効果を持つ。

しんと静寂を保つ謁見の間に、陛下の声が響いた。


「そなたは我が国だけでなく、世界をも救ってくれた。

まずは、そのことに謝辞を」


バッという音と同時に、王のそばに控える宰相をはじめとする臣下達、その両側に並ぶ貴族達、そして、衛兵達が一斉にそれぞれの最上級の礼の形をとる。


「ありがとう、リオウ。そなたの名を、我々は子々孫々の代まで語り継ぐことだろう」


重そうな瞼の奥にある青い瞳で王はまっすぐに理央を見下ろし、謝辞を述べた。


「そして、その働きを評してそなたに褒美を与えよう」


その申し出には思わず「は?」と素で返しそうになり、表情を取り繕う。


(褒美……)


そういえば、ここに来るまでの道のりでもそのことは匂わされていた気がする。

全く気に留めていなかったが。


「なにか欲しいものはあるか?」


陛下に答えを促すように言われたが、理央は黙り込んでしまう。

欲しいもの――と言われてとっさに思いついたのは、元の世界に帰してほしいという願いだったがそれはすぐさま却下した。

召喚の儀とは神殿の神官が執り行うものだが、彼らだけでは召喚を成すことはできない。

神官達の行う儀とは、勇者を直接召喚するものではなく、神へお伺いをたてるものだからだ。勇者を喚びたい神官達が儀を行うことにより神に願いが届き、願いが聞き届けられた場合のみ神が異界から勇者たりえる人物を連れてくることができる。

つまり喚ぶのも還すのも、最終的な決定は神が下すものなのだ。


そしてその神は現在、理央を帰すことはできないと判断している。更に、理央を帰すと両方の世界に悪影響が出ると言われている今は、下手なことはできなかった。



いつまでも答えを出さない理央に、謁見を見守っていた者達が小波のように揺れるのを感じる。


「――リオウ?」

「…身に余るお言葉、光栄に思います。ですが、欲しいものと言われても……すぐには思いつきません」


周りの空気に押し出されるように、言葉を選び口にする。

とりあえずは保留にしておいた方がいいだろう。後回しにしたところで、欲しいものが出てくるかどうかは分からないが。


「そうか。まあ、急ぐ話でもない。褒美の話はまた後日として、今日のところはゆっくりと休むがいい」

「…ありがとうございます」


目を閉じ頭を垂れる。

――そうすることでより一層強く感じた一対の視線に、理央は気付かない振りをした。


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