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セイは馬を走らせ、理央より一足先に王都に入っていた。
祭りの賑わいを見せる城下町に余所見することなく駆け抜け、セイが訪れたのは、ある一軒の屋敷。
赤レンガの壁を蔦が飾る、将軍の地位にいる人間が住む場にしては少しこじんまり印象のあるそこは、ロドル・ゴーラント所有の屋敷である。
「セイ!」
呼び鈴を鳴らすまでもなく庭に出ていた夫人と子供達に見つかり、熱烈な歓迎を受けた。
「まあまあ、大きくなって!」
「セイだー!」
「リオウは?いっしょ?」
とても二児の母親とは思えない美貌のゴーラント夫人がセイを抱きしめ。その周りを子供達がくるくる走り回る。セイはまず全く変わってないゴーラント家の様子に安堵し、自分がここに来た経緯を説明した。
「お久しぶりです、クリスティーナさん。ゴーラント将軍から手紙を預かったので、お忙しいリオウ様に代わり自分が届けに来ました」
「まあそうなの。うちのバカが面倒押し付けてごめんなさいね。
ほら、立ち話もなんだし家に入って入って! レイもきっと喜ぶわ!」
夫人に笑って促され、セイは屋敷の中へと入った。
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「レイ、入るよ」
双子の弟が過ごす部屋の扉を、ノックしてから開ける。
「……セイ?」
――部屋の主は、驚きをもってセイを迎えた。ベッドの上でまた本を読んでいたのだろう弟に対してセイは笑顔を浮かべる。
「ただいま、レイ」
「――帰ってきたの?リオウ様も?」
双子の兄のことよりもまずリオウのことを気にする弟に、セイの笑顔が苦笑に変わる。
離れていても近くにいても、自分達にとってはリオウが至上なことに変わりない。それを再認識する。
セイは寝台の縁に腰を下ろし、ゴーラント夫人らにも話した経緯を繰り返した。
「将軍から手紙を預かって、僕だけ先に王都に入ったんだ。
リオウ様ももうじき王都に入るはずだよ」
――もっとも、ここに来るのはかなり後になるだろうけど。
細かな部分は口にせずとも伝わったらしく、レイは人形のように整った顔を悲しげに歪めた。
「そう……戦いは終わっても、リオウ様は解放されないんだね」
「ああ………」
王城のある方向へと視線を向ける。そこにあるのは壁だったけれど、セイの脳裏にはしっかりと城の姿が浮かび上がっていた。
隻眼に浮かぶのは、はっきりとした嫌悪。
セイもレイも城に入ったことなどない。けれど、リオウのことを思えば――出会った頃のあの人と、その周りの状況を見れば、そこが良い場所であるとは到底思えなかった。
「……護らなきゃ、ね」
「そうだね。僕達が、リオウ様を護るんだ」
どちらからともなく、囁きあう。
これまではリオウに護られるばかりでいたが、これからもリオウの傍にいるためにはそんなことではいけない。
そっと、手の平を合わせる。1日の殆どを家の中で過ごすために白くて細いレイの手と、リオウに付き従った半年以上の時間のおかげで日に焼け、ごつごつとしたセイの手。
「僕の足は動かないから、知識で」
「僕はレイの分も、リオウ様の傍で」
「あの方の、盾となり剣となる」
――全ては、あのやさしい人のために。
半年以上前に立てた誓いを復唱した彼らは、そっくりな微笑を浮かべた。
どれだけ汚泥を被せられようが、世界中の人間に罵倒されようが構わない。
貴女が、そこにいてくれるなら。