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今回は隊長から見た勇者様を書いてみました。
娘がいるからだろうか。
リヒト・カーウェルの目に、リオウ・ハヤサカは華奢な身体に重すぎる荷物を背負わされた、哀れな少女にしか見えなかった。
凱旋した勇者を迎えた王都は、凄まじい熱狂に包まれていた。
人々の感謝や、笑顔――全てが、斜め前で馬を歩かせている少女へと注がれている。そう思うと、胸に熱いものがこみ上げる。
『化け物』
少し前まで、彼女はそう呼ばれていた。
魔物の群れと相対しても息一つ乱さず、傷一つ負わずに全滅させる姿を見て、そう評したのだろう。
自分も彼女の能力をはじめて間近で目にした時、正直恐れを抱いた。
一騎当千、どころの話ではない。
しかしそれは戦闘の時だけのことだ。確かにこの年頃の少女にしては肝が据わっていたし、独特の雰囲気を纏っていたが、彼女は――リオウ・ハヤサカはただの少女だった。
弱音ひとつ吐くこともできない、不器用な少女。
「………?」
一生忘れることなどできない光景に感動していると、不意にリオウの馬の足が遅くなった。
戦いでは一己大隊の力を発揮する彼女だが、馬術はそれに比べると少し心許ない。
何かあったのかと慌てて馬を寄せれば、彼女の頬に一筋の涙が流れていた。
「あ……ごめんなさい」
「っいえ、こちらこそ申し訳ありません。女性の顔を凝視するなど……」
涙を見て、ただただ美しいと感じたのははじめてだった。
吸い寄せられる視線を無理やり外し、謝罪する。失礼なことをしてしまった。
「余り速度を落とされませんよう、お願いします」
「はい、分かりました」
口にした注意は、取り繕ったように聞こえてないだろうか。
そっとリオウの様子を窺うが、リヒトの注意に従い手綱を握り直す姿はいたって真面目だった。
そう、彼女はとても生真面目な人間でもあった。
真っ直ぐと前を見据える凜とした横顔を、眩しい思いで見つめる。
きっと、リヒトとこうして近くで見つめることができるのも、あと少しだろう。
「勇者殿……ありがとうございます」
だからだろうか、気がつけば胸の内に閉じこめていたはずの想いを、口にしていた。
突拍子もない言葉は、案の定リオウに理解されずに彼女は虚をつかれたような顔になる。だから、リヒトはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「私達をお救いくださり、ありがとうございます」
もう一度、万感の意を込めて。この場にいる全員の思いと同じ言葉を。
ずっと、言いたかった。この世界に来てくれたこと、自分達と共に戦ってくれたこと。
なのに言うことが出来なかったのは、こうして彼女が戸惑った顔をするのを、なんとなく理解していたからだろう。
「……今回の勝利は、皆さんの尽力のおかげです。私1人では、到底なし得なかった。
だから、そんな風にお礼など言わないでください」
ああ、やはり。
『勇者』として答える彼女に、リヒトは悲しくなる。
人々が彼女を求めれば求めるほど、彼女は『勇者』という殻に閉じこもってしまう。
分かっている。周りの期待が、重圧がそうさせたのだ。
確かにリヒトを含む連合軍は、今回の戦の勝利に貢献しただろう。だが、それも彼女の存在があってのことだ。
魔物の群れに恐れをなすことなく、先陣をきって向かっていくリオウに、当初陰で彼女を「化け物」呼ばわりしていた兵士達も、いつの間にか彼女を畏怖ではなく尊崇の目で見るようになった。
彼女がいたからこそ、自分達は生きて帰ることができたのだと、連合軍の兵は皆知っていた。
そしてそれは強大な力によるものではなく、彼女が彼女であったからこそなし得たことだとも。
勇者など、彼女の肩書きの一つにすぎない。
(きっと、貴女は知らないのだろう)
我々の想いを。
ならば少しずつでもいい。彼女が、いつか受け入れてくれる日まで自分達が想いを伝え続ければ、あるいは。
「――勇者殿。ここにいる人々の中には、私の妻や娘もいます」
そうして、リヒトはゆっくりと語りはじめた。
どうか、拒絶しないでほしい。ただそれだけを、子供のように願いながら。
リヒトさんは妻帯者。
でも作者の中では今の所、男性陣の中ではダントツにいい男です。いい旦那さん。
しかし性別問わずなら多分主人公が一番男前。