10
王都の門を守る兵士達に敬礼で迎えられる中、理央が馬で門をくぐった途端、爆発のような歓声が湧き起こった。
「勇者様だ!」
「勇者様が帰還なさったぞ!」
「勇者様、万歳!」
正門から城へとまっすぐに続く道の両脇には、勇者一行を一目見ようと民衆が群れをなしていた。
わあわあと勇者を見て思い思いに叫ぶ者。花の雨を降らせる者。理央は馬が興奮しないよう宥めながら、慎重にその中を進んだ。
馬上にいるおかげで、人々の顔がよく見えた。大人も子供も皆、笑顔で理央に手を振っている。
――何故か、視界がぼやけた。
「…………」
「勇者殿、余り速度を落とされては……」
「え?」
理央の横に馬を寄せてきた兵が、理央の顔を見て言葉を失う。
どうしたのだろう。余りにも顔を凝視するもので右手を顔にやると、頬が濡れていた。
泣いていたらしい。
「あ……ごめんなさい」
「っいえ、こちらこそ申し訳ありません。女性の顔を凝視するなど……」
慌てたように目を逸らす兵は、確かカーウェル隊長と呼ばれていた。
参謀長の信頼も厚く、この隊の指揮を任された人間だ。
「余り速度を落とされませんよう、お願いします」
「はい、分かりました」
改めて注意され、理央は手綱を握り直す。理央の馬となっている白馬が、ぶるるっと鼻を鳴らした。そのまま元の位置に下がるかと思いきや、カーウェル隊長は理央に話しかけてきた。
「勇者殿……ありがとうございます」
「は?」
しかもそれがされる覚えのない謝辞だったもので、間抜けな声が出てしまう。だがカーウェルは真面目な顔を崩さず、目礼した。
「私達をお救いくださり、ありがとうございます」
「……いや、そんな」
言葉が見つからない。そんな風に言われたら、理央がこの国の人々のために頑張ったみたいではないか。理央は――
「……今回の勝利は、皆さんの尽力のおかげです。私1人では、到底なし得なかった。
だから、そんな風にお礼など言わないでください」
――理央は、自分のために頑張ったのだ。
『勇者の答え』をすらすらと口にしながら、理央は瞼を伏せた。
何故だか、胸が痛む。この痛みの理由は、なんだろう。
罪悪感か、それとも苛立ちか。
多分、気付かない方がいい類のものだと思った。
「――勇者殿。ここにいる人々の中には、私の妻や娘もいます」
理央が胸の痛みから目を逸らそうと苦心していると、カーウェル隊長が尚も話しを続ける。
理央は黙って耳を傾けた。
「私の家族だけではない。連合軍の兵士達にも、帰るべき場所や待っている人がいる。
勇者殿、謙遜するのは構いません。ですが、その者達が貴女に贈る感謝の念を、笑顔を、どうか否定しないでください。
…私共の想いを、拒絶しないでください」
「…………」
苦しそうに顔を歪ませて、懇願するカーウェルに、理央まで苦しさを覚える。
『……貴女は、私の世界に影響を与えすぎたのです』
――ああ、こういうことなのか。
セイやレイ、一人や二人の問題ではない。王都で理央を迎えた人々だけでない、世界中の人が、理央を想う。その想いが、理央の足枷になる。
ようやく、理解した。
そして、絶望する。
(……ねえ、)
空を仰ぐ。広がる青空は、故郷となにも変わらない。
その青空の向こうで、きっと自分を見ているのだろう神に、心の中で理央が問いかけた。
わたしは、どうしたらいいの?
答えは、当然のように返ってこなかった。