婚約破棄された聖女の明日はどっちだ
「ドロテア! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、王太子が婚約者の公爵令嬢に叫ぶ声が会場に響き渡った。
皆、婚約破棄された公爵令嬢ドロテアと王太子、そして王太子の横に立つ伯爵令嬢のステファニーに注目する。王太子とステファニーの仲は密かにささやかれていたが、どうやら本当だったらしい。
「お前の傲慢な態度には我慢ならん! 私は、お前と婚約破棄してこの聖女ステファニーと婚約を結ぶ!」
「……はい。婚約破棄を承りました。でも、いつからステファニー様は聖女になったのですか? 確か、検査では私とステファニー様の聖力測定値は同じだったはずですが」
優秀な王太子には、いくら王太子と言えども独断で聖女を任命出来ないことくらい分かっているはずなのに。
「正式な任命はこれからだが、どちらが聖女かは一目瞭然だ」
「はあ?」
数年ぶりに出現した、聖力を持つ女性。それも同時に二人。
燃えるような赤い髪を縦ロールにして、はっきりした顔立ちに公爵令嬢として自信に満ちた振る舞いのドロテア。絹糸のような薄茶色のストレートな長い髪、物静かで穏やかな性格のステファニー。
学園を卒業後、二人は聖女として神殿に協力する予定だったのだが、王太子はステファニーだけを聖女にして自分の婚約者の座に座らせる気のようだ。
「一目瞭然? ふざけないでくださいまし。殿下に聖女の何が分かるのです」
「お前が聖女にふさわしくない事ぐらいは分かる」
「……はぁ、全然分かって無い事が分かりました」
ドロテアはステファニーへと向き合った。
「ステファニー様。勝負いたしましょう。どちらが聖女にふさわしいか」
「え……?」
突然の勝負の申し出に怯えるステファニー。
「ドロテア! 貴様、何を」
王太子を無視してドロテアは続ける。
「別に、喧嘩をしようというわけじゃありませんわ。公爵家の領地は国の東に、あなたの伯爵家の領地は西にあります。聖女の祈りで国の東と西、どちらの収穫が昨年より増えるかを競おうと言うのです」
国に益のある申し出に、王太子もステファニーも反対できない。
「期限は、そうですね秋の収穫祭の前日に。そこで結果を確認いたしましょう」
それでよろしいですわね、と言うドロテアに二人は頷いた。
こうして二人の聖女争いは始まった。
ステファニーは西で最も大きな神殿に聖女見習いとして入り、敬虔に神に仕える日々を始めた。
時々王太子が面会に来て、清らかなお付き合いをしている。
一方、ドロテアは変わらなかった。王都の屋敷に住み、公爵令嬢として社交に励む。時々馬車を出して農地を回り、途中で田舎の小さな教会に入って平民たちに混ざって祈った。王太子とは婚約が解消されたので、交流は無い。
そして収穫祭の前日。
王宮の会議室に国王と農務大臣と農務局の官僚たちと神殿長、そしてドロテアとステファニーと王太子が集まった。
「それでは、結果を発表いたします」
書類を手に農務大臣が皆を見渡して言った。
「収穫が増えたのは、圧倒的に国の東です」
皆に衝撃が走る。
「……まさか」
絞り出すように言う王太子に
「そう言われると思いまして、確認した官僚たちにも同席してもらいました。結果に作為はありません」
と事務的に農務大臣が答える。並ぶ官僚たちも頷いた。
「……それは、ドロテア嬢が聖女という事なのだろうか」
神殿長の言葉に
「最初の予定通り、二人とも聖女でいいと思いますわ。一人より二人の方が仕事がはかどりますもの。ねえ? ステファニー様」
とドロテアがステファニーを見ると、ステファニーは俯いて膝の上で手を握り締めテーブルを見つめていた。
「私は……、私はたくさん頑張ったつもりだったのに、私に何が足りなかったのでしょう」
今にも涙がこぼれそうなステファニー。
「ステファニー様……。あなたに足りなかったのは」
優しい声だがキッパリとドロテアは言う。
「厚かましさです!」
「…………」
さすがにステファニーの口があんぐりと開き涙も引っ込んだ。
「あ、厚かましさ……?」
「神様は世界中の人々の祈りを聞いています。ちょっと聖力が強いくらいじゃあ、祈りは届きませんわ」
そう言われれば確かに、と思うステファニー。
「『民が水汲みで苦労してるんだからひと雨降らせろー!!』くらいの勢いで祈らないと、届きません」
ステファニーは、ドロテアの淑女とは思えない迫力に目を白黒させる。それくらい、彼女は民を思いやっていたのかと。
「そ、そうなのですね。私には迫力が足りなかった……」
「そう、『私は王太子が好きなんだから、上手く行くように協力しやがれー!』というくらい押しの強さがなくては」
「まあ……!」
ドロテアの話に、目を見開いて驚きつつ顔を赤くするステファニー。
「……でも確かに、『皆が心安らかであるように』と祈るだけで、自分の気持ちを訴えた事はありませんでした……。素直に言えば良かったのですね」
「そう、『神様こっち向いてー! わたしを幸せにしてー!』ってバーンと言えば良かったのよ。王太子の妃たる者、自分を押し通すだけの気力が無くては王宮でやって行けなくてよ」
「……はい。私に殿下の婚約者は無理でした」
ステファニーが負けを認めた!、と皆に衝撃が走る。
皆の注目が王太子に集まる。愛を選んでステファニーと添い遂げるか、国のために愛していないドロテアと結婚するのか。
緊迫の空気の中、王太子は立ち上がる。
「ドロテア。もう一度私と婚約してくれ」
と、ドロテアに向かって頭を下げた。
ステファニーが目を逸らす。
「殿下、頭を上げてください」
立ち上がったドロテアが、王太子に優しい声で答える。
頭を上げた王太子に、ドロテアが告げた。
「私は既に婚約破棄を受け入れてますわ。今さら戻る気はありません」
「いや、婚約破棄が嫌だからこんな事を言い出したのだろう?」
王太子の困惑に、ドロテアの笑顔が深くなる。
「私が怒ったのは、殿下が見た目で聖女を決めたからです」
部屋にいる者たちが内心で納得する。
確かに、見た目はステファニーの方が聖女のようだ。
「ステファニー様は大変愛らしくて、それでいて努力家でいらっしゃいます。聖女にふさわしいと思われるのも当然です。……でも、それはとても怖ろしい事ですわ。今の考え方の殿下が即位したら、誠実そうな見た目で大臣が決まり、強そうな見た目で将軍が決まります。私は、それでいいのかと殿下の考えを指摘したかったのです」
皆がドロテアの深慮を理解して、初めて優秀だと思っていた王太子に不安を感じた。
深く付き合った女性二人を比べてすら、正解を間違えたのだ。
黙って聞いている国王の眉間のシワが深くなる。
「そのような方が王太子でいいのでしょうか。この国は大丈夫なのでしょうか」
国を憂うドロテアの姿に、そこまで冥捜する彼女を選ばなかった王太子の短慮が際立つ。
部屋の空気が変わったのを感じて、ドロテアは
「私ごときが差し出口を挟みました。私はここで失礼いたします。どうぞ皆様でご熟慮ください」
と、一礼して部屋を出て行った。
何と潔い令嬢かと皆が見送る。
廊下に出てドアを閉めたドロテアは密かに微笑んだ。
「さて、明日の豊穣祭であの方は王太子と紹介されるかしら」




