8.アジト
アルテミスとウシワカは、大量の数字が流れるモニターを見ながら琴子を追跡中。ミノルは四畳半にあがり、襖を開けて押し入れの中から何かの部品や道具を物色していた。
昴は、手持ちぶさただった。思い付いたことはあるのだが、邪魔にならないかと少し心配になる。
「ミノルさん、なにか食べるものありますか?」
思い切って声を掛けてみた。正直、喉はからからで、おなかはぺこぺこだった。
「そっちの扉が、お台所です。あるものなんでも、好きなように食べていいですよ」
ミノルはバックパックに、あれやこれやを詰め込みながら答えた。
昴は言われた方へ向かう。扉を開けると、ごくごく当たり前のキッチンがあった。戸棚にシンクにIHレンジ、電子レンジに冷蔵庫。SFと日常が混在する感覚には、どうにもなじめない。
違和感はともかく、昴が必要とするものは、ちゃんとそろっていた。
ほどなく大きなお皿の上に、温めた冷凍塩おにぎりに味のりを巻いただけの、簡単な夜食が完成した。
アルテミスとウシワカのところへ持っていく。
「お、ありがてえ!」
ウシワカはさっそくおにぎりを頬張った。
アルテミスもモニターを注視しながら、無言で差し入れを口に運ぶ。
ついでにペットボトルのお茶も、そっと彼らの脇へ置いて、昴は四畳半に向かった。ちゃぶ台の上にお皿を置き、自分もおにぎりを一つ口にする。
「ありがとう、昴くん」
作業が一段落ついたのか、ミノルもおにぎりを手に取った。
「ちょっと質問があります」
と、昴。
「はい、なんでしょう?」
「あのパワードスーツ、ひょっとしてミノルさんが作ったんですか?」
ミノルは食べかけのおにぎりを手に持ったまま、腕組みをしてうーんとうなった。しばらく考えてから、
「ロボットハンドは確かに私が設計したものです。お嬢たちとセンターの研究所を逃げ出す時、処分しきれなかった設計図がいくつかあったので、センターの誰かがそれを元にあれを作ったんでしょう。しかし、あんな戦闘用のパワードスーツのような兵器のたぐいは作ったことないし、これからも作るつもりはありません」
「あのドライバーで、パワードスーツも壊せますか。UFOを壊したみたいに?」
昴が聞くと、ミノルは腰の工具入れからドライバーを取り出した。
「これは、私が設計した機械だけを破壊する道具です。いわゆる自爆装置ってやつですね。でも、それ以外の機械に対しては、ただのマイナスドライバーにしかなりません」
琴子奪還作戦で輝子の妨害があったとき、パワードスーツを破壊する一手があれば有利になると思ったのだが、残念。
「他に何かありますか?」
と、ミノル。
「道具と部品は、五人分お願いします」
昴が言うと、ミノルはにこりと笑った。
「わかりました。忘れないようにします」
*
輝子は、司令室のモニターをじっと見つめていた。それは、研究所の各所に設置された、監視カメラの映像を受け取るためのものだった。
モニターには、デフォルメされた少年のぬいぐるみを抱きしめ、ベッドに腰かける一人の少女が映っている。
被験者七号こと、天川琴子。彼女のおかげで、輝子たちの立場はようやく盤石のものとなる。
これまでPEIS患者が起こす現象は、インチキか、さもなければ狐や天狗のしわざであると決めつけられてきた。言わずもがな、それを研究する輝子たちも、うさんくさいヤツと思われている。
しかし世界に目をやれば、今や超能力研究は、官民を問わず重要分野と見なされつつあった。
念動力で飛んでくるミサイルを無力化する。
千里眼や読心術で機密情報を盗み出す。
瞬間移動で厳重な警備をかわし重要拠点に潜入する。
うまく使えば、いずれも軍事的に大きな価値があることは明白だったからだ。
では、うまく使えなければ?
答えは簡単、やっかいな力が自分に向くことになるぞ、と輝子は訴えた。
カネにまつわる後ろ暗い秘密を抱えていない政治家など、この世には存在しない。彼らにとって、千里眼や読心術は脅威そのものになる。念動力を使った暗殺も、かなり心配だろう。
輝子は本来の研究をそっちのけで、政治工作に走り回った。本末転倒と言う言葉が頭をよぎったが、おかげでセンターには多額の予算が付き、この地下研究所を作ることができた。そして、若輩でありながら実質的な所長の立場まで与えられた。なお、本来の所長はどこだかの国立大学の教授をやっており、本人はこの研究所の存在すら知らない。
ただし、あいにくとカネには責任と言う首輪がつきものである。輝子はなんとしても、成果を出さなければならなかった。
しかし今までは、なんともあいにくな状況だった。被験者一号から六号のうち、三人は旧研究所から脱走し、うち二人は小金目当てのインチキ手品師であることがわかり、一人は能力が危険すぎて別の施設に拘束中。つまり、実験に使える被験者が、一人もいなかったのである。
そこへ、琴子があらわれた。
ビームで特定の誰かをふっ飛ばすと言う、少々おかしな念動力だが、特殊な仮想現実ゴーグルを使えば、ふっ飛ばす標的を自由に選ぶことができる。今後、新たな被験者があらわれた時、モデルケースとして使えるに違いない。
しかし、琴子は別の懸念事項も持ってきた。彼女をさらおうとした、襲撃者の存在である。
彼らには「こんなこともあろうかと」などと、はったりをかましたが、琴子に飲ませた発信機は、実は被験者の逃走にそなえたものであり、誘拐犯を追跡するためのものではなかった。
そもそも襲撃を警戒していたのであれば、移送にはステルスヘリを使うし、無線だって暗号化していただろう。しかし、PIES能力者は希少だから、外国の組織が横取りを狙ってくることも、考えてみれば予想出来て当然だった。
おそらく、あの三人組は、今も琴子の奪取をあきらめてはいまい。墜落現場から死体でも見つかればよかったのだが、捜索隊はいまだに何も発見できずにいる。
もちろん、昴もだ。
おそらく彼は、あの三人組に拘束されているのだろう。琴子と一緒にいたせいで、彼もPEIS能力者と勘違いされたのかも知れない。
輝子にとって、昴は単なるおまけだったから、わざわざ彼に発信機を飲ませることはしなかった。
今となっては、それが悔やまれる。
輝子は通信機のマイクを手に取った。
「司令室から捜索中の部隊へ通達。捜索を終了し、研究所周辺の警戒にあたれ。繰り返す――」
輝子はマイクを置いた。
研究所は厳重に隠されている。琴子の発信機も処分済みだ。万が一にも、この場所が知られることはない。それでも、彼らをあなどるべきではなかった。なにせ相手は、強力なステルス機能を備えた、巨大な飛行物体を製造するほどの科学技術を持っているのだ。
不意に警報が鳴り響いた。
「鶴房さん、侵入者です!」
所員が切迫した声で叫ぶ。
「はあっ?」
当然だが、警戒を命じた部隊は帰投中であり、基地の警備はまだ通常レベルだ。とは言え、やすやすと部外者の侵入を許すほどではない。
「警備部はなにやってるの!」
「それが……侵入者は最下層の床を破壊し、地下から研究所内に入り込んだようです。監視カメラの映像を出します」
琴子を映していたモニターには、床に空いた穴の前に立つ大男の姿が替わって映し出された。大男はミミズクのマスクを被り、時代錯誤もはなはだしい巨大ドリルを持っている。
床の穴から、やはりミミズクのマスクを被った、細身の男が這い出して来る。続いて狐マスクの少女が出て、最後は昴少年だった。狐マスクの少女は自分のお尻を押さえながら、穴から出た昴の頭をポカポカと叩く。頭を叩かれながら、昴が輝子を指差した。いや、そうではない。彼が示したのは、監視カメラだ。
昴を叩くのを止め、狐マスクの少女がこちらを向いた。そうしてニヤリと口元をゆがめ、指を拳銃の形にして構える。
少女の唇は、「バン!」と言うように動いた。
直後にモニターはブラックアウトする。
輝子は歯ぎしりしながら、再び通信機のマイクを取った。
「司令室から警備部へ通達、地下三階CT室前室に侵入者。急行して捕えなさい!」




