7.人間兵器
早速始まった訓練は、なんとも奇妙なものだった。
まず、ビームが出た時の状況を思い出すように指示され、琴子はその通りにした。あの、おなかの中をくすぐられるような感じを少しばかり覚えたが、ビームは出なかった。
次に、昴の写真を何枚も見せられた。どうやら元は、運動会などの学校行事の際に撮られたもので、昴だけを切り抜き拡大してあった。宿泊学習で海水浴をしたときの写真は、なぜかグラビアのように加工されていて、少々目のやり場に困った。
等身大で昴をかたどった人形と対面させらえた時は、さすがに琴子も誰かの悪ふざけを疑った。人形は気味が悪いほど昴にそっくりで、肌の感触や弾力も人間そのものだった。どこまで作り込まれているのか気になったが、まさか服をはぎ取るわけにも行くまい。琴子はなるべく想像しないように努めた。
それらの『訓練』は、常に例のゴーグルをつけた状態で行われた。ビームが出ない状況で、この装置がどんな役割を果たしているのか。琴子には、まったくわからなかったが、センターの人たちにとっては、何かしら意味のあることなのだろう。
「これは素晴らしい成果よ」
なぜか、輝子は絶賛した。
「想定したあらゆる条件でも、あなたの能力は発現しなかった。これが、どう言うことかわかる?」
琴子は首を横に振った。彼女は今、デフォルメされた昴のぬいぐるみを抱っこしている。これも訓練の一つらしい。
「ニトログリセリンは、ちょっとした衝撃で爆発するけど、ダイナマイトは導火線で点火しないと爆発しない。扱いやすさでは、どっちが上かしら?」
琴子はようやく合点がいった。今までやって来たことは訓練と言うより、この能力が手に負えない危険物なのか、あるいは便利な道具なのか、それを見極めるための『実験』だったのだ。
「後ろを見て、琴子さん」
輝子は言った。
琴子は言われた通り、振り返った。
そこにはいつの間にか、あのリアル等身大昴人形が置かれていた。そそくさと立ち去る研究員の背中が見えたから、琴子が輝子と会話している間に、こっそり置いて行ったのだろう。
昴人形は笑顔で琴子を真っ直ぐ見つめていたが、どれほどそっくりでも、琴子はそれが人形だとわかっている。だから、ビームは出なかった。
「聞いて、昴くん」
輝子が人形に呼び掛けた。
「琴子さんは今、ノーパンよ!」
自分でも顔が真っ赤になるのがわかった。琴子は反射的に入院着の裾を押さえた。そして次の瞬間、彼女は人形に向かってビームを放っていた。
ふっ飛ばされた昴人形は、空中で首と手足がもげ、胴体は上半身と下半身で真っ二つになった。文字通り、木っ端みじんである。
「羞恥心!」
と、輝子は大声で言った。
琴子はぎょっとして振り返った。
「あなたの能力の引き金は、イヤン見ないで恥ずかし~と言う気持ちよ。ただし、なぜそれがビームなのかについては、残念ながらまだ解明できていないわ」
琴子は冗談でも言っているのかと思ったが、輝子は真顔だった。
「これが、どう言うことかわかる?」
輝子は先ほどと同じ質問をよこした。
琴子は首を振った。
「それじゃあ、ヒントをあげるわ」
輝子の横に、突然昴が現れた。彼は真っ直ぐに琴子の目を覗き込んでくる。おなかの中をくすぐる例の感覚があらわれ、琴子はビームを放っていた。
昴は一瞬で消え去った。
「あなたのその装置は、特別な仮想現実ゴーグルなの。それは視覚だけでなく、脳そのものを騙してウソを本物に見せることができる。だから、我々が望むとき、望んだ場所に幻の昴くんを映すことができる」
琴子は理解した。
「私の超能力の引き金は、あなたたちが握ってるのね」
「ご名答」
輝子はパチパチと拍手した。
「これまで、能力の使用は被験者自身の意思に任せるしかなかったわ。でも、我々が欲しいのは超能力兵士じゃないの。完全に、そして安全に、我々の制御下に置いて運用することができる、兵器よ。今のあなたのような、ね」
*
三人乗りの自転車の最後尾に、昴は乗っていた。それは、ミノルが作り上げた「移動手段」だった。四人いるのに、なぜ三人乗りを作ってしまったのか。
「これまでずっと私らだけで行動してたんで、なんでもかんでも三人分しか用意してなかったんです。申し訳ないですが、昴くんはお嬢をおんぶしてやってください」
女子と密着するなど、気恥ずかしさも極まれり。昴としては遠慮したいところだったが、先頭のウシワカはエンジン役、真ん中のミノルはナビ役をつとめなければいけなかったので、移動中にアルテミスが振り落とされないよう気を配る役目は、必然的に残された昴の仕事となった。
そんなわけで、昴の背中にはアルテミスがしがみついている。うっかり「柔らかくていいにおいがする」などと考えたら頭をぽかりと叩かれたので、昴はなるべく無心でいるよう努めた。
道のない山中をしばらく進み、彼らは三十分ほどで林道に出た。道は狭く曲がりくねっていたが、三人乗り自転車はぎょっとするようなスピードでそれを駆け抜けた。
そうしてたどり着いたのは、木造二階建てのレトロな民家だった。ガラスが割れたり屋根が傾いだりはしていないので、廃屋ではないらしい。ここが、アルテミスの言っていたアジトだろうか。
玄関はすりガラスのはまった木製の開き戸で、左右の戸の合わせ目に鍵穴があった。ミノルはそこに鍵を差し込み、ネジのようにくるくると回転させた。ねじしまり錠と呼ばれる機構だが、明治から昭和の古い建物にしかないので、平成生まれの昴は当然、初めて見るものだ。
扉の向こうから、カタンと何か落ちる音がした。ミノルは鍵を引き抜き、扉を開く。玄関は真っ暗だった。ミノルが中へ入り、壁の辺りに手を伸ばすと、カチッと音があってオレンジ色の明かりが灯った。光源は、天井に取り付けられた、むき出しの白熱電球だった。
何もかもレトロだが、なぜか正面に、近代的なエレベーターの扉があった。
ポーンとチャイムが鳴り、扉が開く。四人で入ると少々窮屈になるほどのせまいカゴだった。操作ボタンは、「開」「閉」「1」「B1」だけ。
アルテミスがすかさず手を伸ばし「B1」を押した。子どもと言う生き物は、エレベーターのボタンを押したくなるものなのだ。
扉が閉まり、エレベーターは下降を始め、たっぷり三分ほどたってからようやく止まった。扉が開くと、UFOの操縦室と似たような造りの部屋があらわれた。もちろん窓は無いし、操縦桿もない。その代わり、大型のモニターが壁に取り付けられており、その前にはキーボードやマウスと言った定番の装置に加え、用途不明のデバイスが備えられていた。もちろん、座り心地のよさそうな椅子もある。
一方で、奥の角は床が一段上がった四畳半の畳敷きになっていた。またもや襖戸の押入れもあり、もちろん中央には、ちゃぶ台も置いてある。
「私は装備や道具の準備をしますので、お嬢とウシワカは琴子ちゃんを追跡してください。彼らが使った発信機を逆に利用してやりましょう」
と、ミノル。
「けど、そんなものどこに仕掛けてたんだろうね。それらしいものがあれば、船に入ったところで探知機に引っかかるだろ?」
アルテミスが首を傾げる。
「たぶん、何かの薬だとウソをついて、飲み込ませたんですよ。船の探知機でも、さすがに体内の異物までは検知できませんし、私も断りなく女の子のおなかを覗く趣味はないですから」
ミノルは渋い顔で言った。
アルテミスは、はっと息をのんで昴に目を向けた。
昴にテレパシー能力は無いが、彼女が言いたいことはわかった。
「給食のあとから何も、飲んだり食べたりしてないよ」
「そうかい。だったら、心配ないね」
アルテミスはほっとため息をついて、ミノルに向きなおった。
「すると発信機は、まだ琴子のおなかの中ってことかい?」
「お嬢、やつらもバカじゃありやせんよ。そんなもん、下剤でも飲ませてとっくに……ゲフンゲフン」
ウシワカはわざとらしい咳払いで言葉をにごす。
「あのね、ウシワカ。私のステルスを突破した発信機なんですよ。ふつうの発信機であるはずがないじゃないですか」
「確かにそうだな。目星は付いてるのか?」
「ええ。おそらく、極位相重力波ビーコンですね。あれは移動すると重力の引き波で空間をゆがめるので、うまくすれば移動経路をたどれるはずです」
ミノルはアルテミスに目を向けた。
「わかった、やってみるよ」
アルテミスはうなずいて、キーボードのあるシートの方へ向かった。




