6.とらわれた少女
「天川さん!」
ロボットアームに捕まった琴子は、昴に呼び掛けられ思わず目を開けてしまった。
昴と目が合った。
その瞬間、おなかの奥をくすぐられるような、いても立ってもいられない気持ちがあふれてきた。教室で、昴と偶然に目が合ったときも同じだった。だから、そのときと同じく、琴子はビームを放っていた。
昴は例のごとくふっ飛ばされた。幸い、またもやウシワカが彼を受け止めてくれたので、彼にケガはないようだった。
「お前たち、ずらかるよ!」
アルテミスが叫び、ミノルがドライバーのようなものを床に突き立てた。すると、そこからクモの巣のようなヒビが広がり、たちまち床が崩れ去った。
UFOに乗っていた全員が、あっと言う間もなく空中へ投げ出された。
輝子のパワードスーツは、足首の辺りから短いロケット噴射を吐いて一瞬空中へとどまり、同時に自分が侵入するために開けた天井の穴へロボットハンドを一本伸ばした。その先には、かすかにオレンジ色の燐光を放つ真っ黒いヘリが音もなく浮かんでおり、ロボットハンドの爪はその着陸用の脚をがっちりとつかんだ。
ぐんと上空へ引っ張られる感覚があり、輝子に抱えられたまま、琴子は天井の穴をすり抜けた。琴子の足元で、UFOはボロボロと崩れながら炎を上げ落ちて行く。
昴たちは無事だろうか。とらわれの琴子に、それを確かめる方法はない。ただ、UFOの崩壊はアルテミスが命じて起きたことだから、おそらく脱出する算段があってのことだろう。きっと大丈夫、と琴子はみんなを信じることにした。
落下するUFOから、無音のヘリはどんどん離れていく。冬の夜空の空気は刺すように冷たく、空中にぶら下がったままの琴子はたちまち凍えて歯をかちかちと鳴らした。
ありがたいことに、ヘリは十分足らずで降下を始め、琴子たちをだだっ広い駐車場に降ろした。
琴子には、そこに見覚えがあった。
町はずれにある三角山と呼ばれる、その名の通りどこから見ても正三角形に見える、ちょっと変わった山だ。琴子たちがいるのは、その山頂にある展望公園で、大きな駐車場が備えられてはいるが、大して景色が良いわけでも面白い遊具があるわけでもないから、行楽目的で訪れる者はほとんどない、休日でもがらがらの不人気スポットだった。
しかし、ここはしばしばUFOの目撃情報が出る場所だった。山の形状もあいまって、三角山は古代に作られた和製ピラミッドなのだとか、内部は空洞で宇宙人の基地があるのだとか、そんな噂もあったりする。実際、洞窟がいくつも見つかっているから、なおさら人たちの想像力をかき立てるのだろう。地質学的には、単なる溶岩の通り道だったとしても。
実を言えば、琴子も想像力を刺激された一人だった。彼女はひそかにオカルトやSFをたしなんでいたから、何度か父に夜のドライブをせがんで、ここへ連れてきてもらったことがある。だから、勝手知ったるなんとやらで、その気になれば走って家まで帰ることもできるのだ。
オレンジ色のナトリウムランプが照らす駐車場には、宅配便のトラックが不自然にぽつんと一台だけ停まっていた。オカルトマニアの琴子にとっては、なんとも不満な状況である。黒いヘリコプターが出たのなら、この場合は黒いセダンが定番なのだ。
そして残念なことに、宅配トラックの荷台から出てきたのは、メン・イン・ブラックではなく、白衣を着た数人の男女だった。おそらく、センターの研究員なのだろう。
「鶴房さん、お疲れ様です」
男性の研究員が輝子をねぎらってから、ロボットハンドに拘束された琴子に目を向ける。
「大丈夫なんですか?」
「ええ。彼女のPEISは能力の発現に条件があるの。鎮静処置は必要ないわ」
琴子の身体にまとわりついていたロボットハンドが離れ、パワードスーツの背中の部品に引き込まれた。すぐに女性の研究員が歩み寄って来て、琴子の二の腕をつかんだ。乱暴ではないが、そうする目的が琴子の自由を制限するためであることは明らかだった。走って逃げると言う選択肢は、こうして封じられた。
アルテミスたちが言っていたことは、本当なのかも知れないと、琴子は思い始めた。超能力者を捕まえて、人間兵器を育てる闇の組織。オカルトやSF作品によく見る題材で、琴子も嫌いではない。しかし、自分が巻き込まれるとなれば話は別だ。
他の研究員たちは輝子を取り囲み、彼女の身体からパワードスーツの部品を外していく。ほどなく、スポーツブラとスパッツだけを着けた、半裸の輝子が現れる。
研究員の一人が輝子の肩に白衣を掛け、足元につっかけサンダルを置く。
輝子はサンダルを履き、白衣に袖を通してから身頃をかき合わせ、小さくぶるっと身体を震わせた。そして、琴子を見てはっと息をのんだ。
「急いで車へ連れて行きなさい。暖房は最大に。なにか防寒具があるなら貸してあげて」
輝子は琴子の腕を掴む女性研究員に指示を出す。女性研究員はうなずき、引っ張るように琴子を宅配トラックの荷台に連れて行った。
車内は明るく、そして暖かかった。壁際はベンチシートになっていて、それぞれの端にたたまれた毛布が二、三枚置かれている。それは防寒のためと言うより、ここで誰かが仮眠する目的で備えられていたもののようだった。
女性研究員は琴子をベンチシートに横たわらせ、その上に毛布を二枚掛けた。彼女の後ろを、パワードスーツの部品を抱えた研究員が出入りを繰り返し、荷物を車内へ積み込んでいく。車外からはぼそぼそと大人たちの低い話し声が響いて来る。
身体が温まってくると、琴子は強い眠気を覚えた。凍えた身体を急に温めた時、ごく当たり前に起こる生理反応だ。とらわれのヒロインであれば、注射を打たれて昏倒するのが定番だが、今の琴子にその必要はなかった。
目を覚ますと、琴子はベッドの上にいた。身を起こして周囲を見回すと、壁も天井も床も真っ白な、何もない部屋だった。
寝ている間に着替えさせられたのか、身に着けているものは、淡い水色の入院着だけ。その中はパンツすら穿いていない。
正面の壁に、突然映像が映し出された。
「おはよう、琴子さん。よく眠れた?」
映像の中で顔に笑みを張り付けた、輝子が言った。彼女は琴子の返事を待たずに続けた。
「さっそくで悪いけど、訓練を始めるわよ」
ふと映像が消えた。壁の一部がすっと開く。白衣を着た女性研究員一人と、警備員のような格好をした屈強な男が二人、そこに立っていた。
女性研究員はついて来るように言って、先を歩き出した。琴子が部屋を出ると、その後ろに警備員がぴたりとついた。
しばらく歩いて、琴子は体育館ほどもある大きな部屋に通された。そこには輝子がいて、何かの装置を琴子に差し出した。
「あなたの能力を、制御するための装置を作ったの。これを付ければ、もう昴くんをふっ飛ばしたりすることもなくなるわ」
琴子は装置を受け取った。どうやらゴーグルのようだが、かなり特殊な形状をしている。銀色のフレームに赤く細長いレンズが、顔を横断するように一文字にはまっているのだ。後頭部の部分は伸縮性のある金属製のバンドでつながり、全体として大きなリング状になっている。
なんだか、こんな感じのアメコミヒーローがいなかったかしらと、琴子を首を傾げる。そして、思い出す。
「あの、西方くんがどうなったか、わかりますか?」
「彼なら、ちゃんと我々が回収したわ」
輝子は即答した。
「重傷だけど命に別状はないし、後遺症の心配もないそうよ」
「よかった」
琴子はほっとため息をついた。
「他のみんなは?」
アルテミスたちは無事だろうか。あの三人組は全員超能力者だと言うから、昴とちがって自分の身を守るくらいはできそうだが。
「あの三人組は、昴くんを置いて逃げて行ったわ。取り逃がしたのは残念だけど、もうあなたをさらおうなんて気は起こさないでしょう」
「西方くんに会えますか?」
「彼は入院中だから、面会できるようになるのは一、二週間くらい先になるわね。もちろん、それはあなたの訓練次第と言うところもあるけど?」
釘を刺す輝子に、琴子はうなずいて見せた。彼女としても、それは望むところだ。人間兵器になるのは気が進まないが、それでも重傷の昴をうっかりふっ飛ばして、彼の入院期間を延長させるより、ずっとましである。




