4.三人の超能力者
狐マスクの少女の先導で、昴と琴子は肩を並べて廊下を進んだ。床、天井、壁、すべてが継ぎ目のないアルミニウムのような金属で作られており、照明らしき装置が無い代わりにそれ自体が光を放っていた。
ほどなく彼らは扉に行き当たった。少女が手をかざすと、扉は音もなく左右に開いた。
扉の先は半円形の部屋だった。広さは学校の教室ほどもあり、円周上にぐるりと窓が付けられていた。正面と左右斜め前方の三か所にはシートが備え付けられていて、シートの前には二本のレバーと、スイッチやデジタル式の計器が並ぶ制御盤があった。それを見て昴は、「操縦席かしら」とあたりを付けた。
正面のシートがくるりとこちらを向く。そこには、やはりミミズクっぽいマスクを付けた若い男が座っていた。着ている服もウシワカと呼ばれた大男と似たようなつなぎだが、色はくすんだ緑色で、体形は細身だった。
「お嬢、外は寒かったでしょ。ウシワカも、お疲れさん」
「これくらい大したことないさ」
少女はふふんと鼻を鳴らした。
「おい、ミノル。みなさんに温かい飲み物くらい出しちゃどうだ?」
ウシワカは言って、入口の扉の横にある襖を開け、座布団を取り出した。
襖?
昴は二度見した。この、オーバーテクノロジーの塊のような飛行物体の機内において、なぜ日本の伝統的な建具である襖などと言うものがあるのか。
昴の戸惑いをよそに、ウシワカは床に座布団を三つ並べ、その真ん中に、これまた古式ゆかしいちゃぶ台を置いた。
「お嬢は、いつものココアでよろしいですか?」
ミノルが注文を取る。
「ああ、それでいいよ」
少女は鷹揚に答え、昴に目を向けた。
「あんたらはどうする。ココア、ホットミルク、コーヒー、紅茶、煎茶に番茶に玄米茶。好きなのをお選び」
「えっと、それじゃあ僕もココアで。天川さんは?」
昴は琴子に声を掛ける。
「えーと、ホットミルク……じゃなくて。西方くん、これどう言う状況なの?」
目隠しされたままの琴子にしてみれば、何が起こっているのかさっぱりわからない。
「えーと、僕たちは怪しい三人組にさらわれて、UFOの中に連れて来られたところ……」
「UFO!」
琴子は昴の説明をさえぎり、さらに「アブダクション?」と聞いてくる。
と同時に、
「ちょっと、怪しいとはなんだい!」
少女が抗議する。
「ええっと」
少女二人に詰め寄られ、昴はどっちに応じれば良いのか分からなくなった。
「まあまあ、お嬢」
ミノルがなだめる。
「実際、私らはどうひいき目に見ても、怪しさ満点ですよ。マスクなんか被っちゃってるし。それと、目隠しのお嬢さん。残念ながら、私らは地球人です」
「そうですか」
琴子は、あからさまにがっかりした様子だった。
狐マスクの少女は、フンと鼻を鳴らす。
「まあ、いいわ。それより突っ立ってないで、さっさとお座り」
少女は言って、座布団の一つにどっかりあぐらをかいた。
昴は気恥ずかしを抑えながら、琴子の手を取って座布団に座らせ、自分も腰を降ろした。
すると天井に丸い穴が開き、そこからカップを持ったロボットハンドが伸びてきて、三人の前にそれぞれ飲み物を置いた。
昴は再び琴子の手を取り、カップの位置を教え、それから自分の飲み物に口を付けた。少女が、じっとこちらを見ていた。
「あんた、ずいぶん肝がすわってるね。誘拐してきたあたしが言うのもなんだけど、もうちょっとうろたえてもよさそうなもんじゃないかい?」
「これでも結構ドキドキしてるよ。でも、みんな親切だし、危ない目に遭ったりはしないかなって思ってる」
「そうかい」
少女は短く言うと、両手でカップを持って自分のココアに口を付けた。
束の間、沈黙が降りた。
「お嬢、まずは自己紹介ですぜ!」
ちょっと離れたところからウシワカが、両手の平を口の横にあて、ひそひそ声で言った。
「わかってるよ。おせっかいはやめな!」
少女はぴしゃりと言って、小さく咳ばらいをしてから続けた。
「あたしゃ、射場アルテミス。細いのは早乙女穂で、太いのが赤星牛若丸だ」
昴も自己紹介しようと口を開きかけるが、アルテミスはひらひらと手を振って止めた。
「あんたらのことは、センターの無線を傍受して聞いてるよ。そっちが天川琴子で、あんたは西方昴。どっちも六年生。それで間違いないね?」
昴と琴子はそろって頷いた。
「あたしらは、ちょいとワケがあってセンターと敵対している。だから、センターに連れて行かれようしていたあんたらを、横からかっさらったと言うわけさ」
「お嬢、それじゃあ私らが完全に悪役じゃないですか」
ミノルが苦笑して口を挟む。
「悪役上等だよ。そもそも、正義ぶるつもりなんてハナから無いからね」
「まあまあ、それでも説明は必要ですよ」
ミノルは小さくため息を入れてから続けた。
「国立心因性相互作用研究センターは、超能力と言う『病気』の研究と、その患者の治療を目的とした機関です。ただ、お役所の組織ってやつはなんでもそうなんですが、公に掲げる目的は建前で、本来の目的は他にあったりします」
「建前?」
「ええ。センターの前身は、戦前に設立された超能力の軍事利用を研究していた帝国陸軍の一部隊なんです。なので、彼らは治療と称して、捕まえた超能力者を人間兵器にするための訓練を行っています。超能力を無くすことはできませんから、最も適した用途で活用するための方法が、それだと言う論法なんでしょうね」
病院で見た輝子の態度は、とても丁寧で誠実そうだった。昴はミノルの説明を聞いても、センターがうさんくさい組織だとは、どうしても思えなかった。
「まあ、信じられないのも無理はないだろうね」
昴の心を読んだように、アルテミスは言った。
「けど、あたしらも元はセンターの被験者だったんだ。だから、やつらのやり口はよーく知ってる」
あたしら?
「ああ、そうだよ」
アルテミスは頷く。
「あたしもミノルもウシワカも、超能力者なのさ」
「私は、未来技術認知能力。ダ・ヴィンチやアインシュタインのように、いずれ人類が到達するであろうテクノロジーを、先んじて知覚する能力です。この飛行船も、その能力で私が作りました」
と、ミノル。
「俺の能力はハーキュリオキネシス、と言うらしい。よくわからんが、たぶん筋肉だ」
ウシワカは右腕を曲げて力こぶを作る。
「英雄化能力と言うのが、一番近いんでしょうかね。神話に出て来るような超人の力を発揮する能力のようです」
ミノルが補足する。
「あたしの能力は、念動力、瞬間移動、精神感応。色々使えるけど、いわゆる器用貧乏ってやつでね。まあ、そんなに強力なもんじゃないが」
アルテミスは言って、顔の前で指を振った。
「えっ?」
昴は思わず声を上げた。
「どうしたの?」
琴子がいぶかしそうに聞いてくる。
「僕の目の前に、カップが浮いてるんだ。多分、アルテミスさんの超能力だと思う」
「正解」
アルテミスはニヤリと唇の端をつり上げる。
琴子が慌てた様子で目隠しを外す。そして、ぷかぷか宙に浮かぶカップを見て、「すごい!」と満面の笑みをアルテミスに向け、次いでそれを昴に向けた。そして、小さく声を上げる。
「あっ」
と言う間だった。




