3.狐マスクの少女
昴はヘリコプターの中にいた。隣には琴子がいて、二人はそろってマイク付きのヘッドフォンを装着している。ヘリコプターの機内は騒音が激しいので、乗客はこのような機器を通し会話をするのだ。
問題は、何を話せばよいのか。窓の外には夜景が見えるから、「すごくきれいだね!」とか、それなりの話題はあるものの、残念ながら琴子はアイマスクで目隠しをしている。超能力が発動し、再び昴をふっ飛ばさないための対策だった。もし機内でそんなことになったら、何もない空中に投げ出されかねない。しかし、これでは素敵な景色を共有することもできなかった。
親の許可を取り付け、二人は超能力の訓練を受けることになった。彼らが今向かっているのは、輝子が所属する機関の訓練施設なのだと言う。詳しい場所については教えてもらえなかったが、琴子はともかく昴が目隠しをされていないことを考えれば、場所を秘密にしているわけではなさそうである。
それはともかく、昴は琴子に何かを話しかけなければならなかった。友だちになるため、ではない。ヘリに乗り込んでからずっと、琴子は唇を固く引き結んで一言もしゃべっていなかった。突然、わけのわからない能力に目覚め、訓練が必要だからと親から引き離され、どこだかも分からない場所へ連れて行かれようとしているのだ。きっと、今の状況を不安に思っているのだろう。
「天川さん、今までヘリコプターに乗ったことある?」
琴子は真正面を向いたまま、小さく首を振った。
「僕もだよ。なんなら、飛行機に乗ったことも無いんだ。初めて空を飛んだのがヘリコプターだったなんて、かなりレアだよね?」
「そうね」
琴子は昴に顔を向けて、弱々しいながらも笑顔を見せた。
「私は一年生の頃、家族で沖縄へ行くときに飛行機に乗ったことがあるの」
「いいなあ。僕が今まで一番遠くへ行ったのって、隣の市だよ。やっぱり、暑かった?」
「うん、すごく暑かった。気温はこっちの夏の方が高いけど、日差しがものすごく強いの。それに植生とかもぜんぜん違ってて、こっちでは見たこともないような草や木が生えてた」
「マングローブは見た?」
植物にはあまり詳しくない昴だが、それでも熱帯・亜熱帯を代表する植物くらいは知っている。
「見た!」
琴子は思いのほか食いついた。
「空港からすぐ近くの具志干潟ってところなんだけど、すごく不思議な風景だったよ。だって、水面から木が生えてるんだもの」
「空港の近くにマングローブがあるの?」
「うん、びっくりだよね。本当は、もっと色んな所にも生えてるんだけど、見に行きたいって言ったらお母さんに観光ができないって怒られちゃった」
「あー」
昴としては、琴子の母の言い分も分からなくもないが、
「でも、観光よりマングローブの方がレアだよね?」
「ほんと、そう!」
二人はくすくすと笑い合った。
不意にドーンと轟音が鳴り、機体が大きく揺らいだ。反射的に窓の外を見ると、そこには理解しがたいものがあった。
ぎょろりとこちらを覗く二つの目が、真っ暗な夜の中にぽかりと浮かんでいたのだ。しかし、よくよく見ると、それはいかつい男の顔の一部品だった。アメコミヒーローのような口元の開いた黒いマスクを被っているせいで、闇の中に目だけが浮かんでいるように見えたのだ。ただし、マスクのモチーフはコウモリではなく、ミミズクのようだった。
次に、バキバキと不吉な音が鳴り、ヘリの扉がもぎ取られ、昴の席の横にぽっかりと大穴が開いた。
穴の外には当然、窓からこちらを覗き込んでいた男の姿があった。いや、当然と言うにはおかしな状況である。何もない空中に、薄紫のつなぎを着て、マスクで顔の半分を隠した身の丈二メートルはありそうな大男が、ヘリの扉を頭上に抱え空中に浮かんでいたのだ。その様子を、当然と言えるはずもない。
ヘッドフォンの中で、輝子が何事かを叫んでいた。操縦士に回避行動を命じているようだ。しかし、空飛ぶ男はヘリの扉をぽいと投げ捨て、ヘリが進路を変える前に大穴から機内へ身を乗り入れると、昴と琴子の安全ベルトを引きちぎり、二人を小脇に抱えて再び空中へ身を躍らせた。
昴は一瞬、落下を覚悟したが、そうはならなかった。
大男はジェットパックのようなものを背負っており、それで浮遊していたのだ。ただし、大男と子供二人を、同時に浮遊させるほどの推力を発揮できる代物には到底見えない。なんと言うか、ひどくレトロなデザインなのである。
大男は束の間のホバリングの後、くるりと身をひるがえしヘリからどんどん離れて行った。
ほどなく前方に、青白い燐光を放つしずく形の奇妙な飛行物体が見えてきた。プロペラもジェットエンジンもないのに、ぽかんと空中にとどまっている。まるでUFOのようだ。
UFOの上には、腕組みをする少女が一人、長い金髪と赤い裏地の黒マントを風に躍らせながら仁王立ちしている。
少女は、おそらく狐をモチーフとしたマスクで目から上を隠し、黒が基調の肩と太ももをあらわにしたレオタード風のコスチュームに身を包んでいた。恰好はセクシーだが、体格を見るに昴や琴子よりも年下のようである。
「お嬢、連れてきやしたぜ!」
大男は、少女の目の前にふわりと着地した。
「ご苦労だったね、ウシワカ。二人とも機内に入れておやり」
少女がブーツのヒールで機体を蹴ると、彼女と大男の間にぽかりと丸い穴が口を開けた。
「ハイサッサー!」
大男は言って、ひょいと穴の中に飛び降りた。
昴はわずかな浮遊感を覚え、直後に着地の衝撃を覚えた。その拍子に琴子が短く悲鳴を上げた。
大男は思いのほか丁寧に二人を床に降ろした。そうして穴の上に向かって、
「お嬢!」
と叫ぶ。
すぐに狐マスクの少女が落ちてきて、大男は太い両腕で彼女を抱きとめた。
少女は大男の腕からひょいと飛び降り、昴と琴子をじろりとにらんでから、身振りを交えて言った。
「こっちだ。付いておいで」




