2.心因性外物理相互作用症候群
昴たちが連れて来られたのは、学校からほど近い市立病院だった。地元で一番大きい医療機関で、授業やクラブ活動などでケガをした生徒は、大半がここのお世話になる。
待合室では昴の母と、琴子の両親が待ち受けていた。
昴の母親は、一見して無傷の息子を見てほっとため息をもらした。
「三メートルも吹っ飛ばされたようには見えないわね?」
「うん。たぶん、毎日煮干しを食べてるから、骨が丈夫なんだよ」
「それでも念のため、MRIを撮ることになってるわ。頭をぶつけてると、後になって脳出血とか出るかも知れないから」
MRIなど、車にはねられたとき以来である。不謹慎だが、昴はちょっとだけワクワクした。
「西方さん、この度はうちの娘が……」
頭を下げて来る琴子の両親を、昴の母は身振りで止めた。
「そう言うのは後にしましょう。まずは子供たちを診てもらわないと」
そうして、昴はあれこれ検査され、最後にお医者から「異常なし」のお墨付きをもらい解放された。念のため、一晩入院してはどうかと提案もされたが、病室で過ごす夜が苦行であることを知っていたので、即座に断った。
母に付き添われ、すでに診療時間を過ぎて空っぽになった待合室に向かう。そこには琴子の両親と、眼鏡を掛けタブレット端末を持った白衣の若い女性が、何事かを話し合っていた。琴子の姿は見えなかった。担任と養護の先生は、昴が検査を受けている間に学校へ戻ったと母親から聞いている。
白衣の女性がこちらに気付いた様子で、小さく会釈した。
「西方昴くんと、昴くんのお母さんですね。私、鶴房と申します」
白衣の女性は名刺を差し出し、昴の母はそれを受け取った。横から覗き込むと、そこには「国立心因性相互作用研究センター 活用支援課 研究員 鶴房輝子」と書かれていた。
「状況は、ご存知ですか?」
と、輝子。
「正直信じがたい話ですが」
昴の母は、そう前置きして続ける。
「天川さんのお嬢さんが目からビームを出して、うちの昴を吹っ飛ばしたと先生からうかがってます」
そう言って、昴の母は天川夫妻に目を向けた。
「それが本当だとしても、もちろん故意ではないと思っています。それに、見ての通り息子もぴんぴんしてますから、この件に関して私からあれこれ言うことはありません」
琴子の両親は、それを聞いて深々と頭を下げた。
「それで、鶴房さん。あなたはどんなご用でここに?」
「はい。今回、琴子さんに起きた症状について、我々は心因性外物理相互作用症候群であると考えています」
輝子は低く落ち着いた声で言った。
「心因性……なんですって?」
昴の母は目をぱちくりさせて聞き返す。
「Psychogenic Extraphysical Interaction Syndrome。日本語で言うと、心因性外物理相互作用症候群です。我々はPEISと略して読んでおりますが、まあざっくり言うと超能力ですね」
「超能力……」
「手を使わずに物を動かしたり、一瞬で遠くへ移動したり、他人の心を読み取ったりする能力です。そう聞くと便利に思えるかも知れませんが、我々はこれを一種の病気ととらえています」
昴の母は琴子の両親にちらりと目を向けた。彼らは小さくうなずき返した。どうやら、すでに同じ説明を受けているようだ。
「ともかく、我々は超能力を病気と考え、それを治療するための方法を研究しています。どんなにすごい力でも、思い通りにならなければ本人にとって、それは病気と同じようなものですからね。今回のような事故が、まさにそうです」
「あの」
昴は小さく右手をあげた。
「治療って、超能力を使えなくするんですか。何かこう、脳の超能力中枢を破壊する的な?」
興味本位で聞いた昴だが、すぐにそれを後悔した。脳を破壊と聞いて、琴子の両親がぎょっとするのを見てしまったからだ。
「いえ。残念なことに、この病気についてわかっていることはとても少ないんです。だから治療と言っても、外科的な方法は使えません。訓練とカウンセリング、必要があれば神経内科的な処置が主な治療内容になります。そして、治療の一番の目的は能力を無くすことではなく、うまく付き合って行く方法を見付けることです。そこで、お願いなんですが」
輝子は昴の母に目を向けた。
「しばらく、昴くんをお借りできないでしょうか」
「昴を?」
昴の母は、息子と輝子を交互に見た。
「ええ。学校の先生にうかがった話から考えると、琴子さんの能力は、おそらく昴くんに対してのみ表出するようなんです。実際に能力を使えないと、訓練そのものができませんからね」
「行きます」
昴は大きく右手を上げた。
「ちょっと昴、あなたわかってるの。訓練って、その琴子ちゃんの超能力で、また吹っ飛ばされることになるんでしょ?」
「そうなんですか?」
昴は輝子に聞いた。
「はい、そう言うカリキュラムになると思います」
輝子はあっさりと答えた。
「そんな危険なことを、息子にやらせたがる母親がいるわけないでしょう」
昴の母は、きっと輝子をにらみつけた。
「ごもっとも。しかし昴くんに、一切危険が及ばないよう対策を講じるつもりです」
輝子はタブレット端末を差し出した。彼女が操作すると、そこに一つの動画が再生された。
動画の中に、人型のロボットのようなものが立ち尽くしている。そしてロボットは、一台の小型トラックと対峙していた。サイズ的に、宅配便によく使われるモデルのようだ。
動画の中で、男性の声が日付と時刻を読み上げる。続いてカウントダウンが始まり、「開始」の合図とともに、トラックはエンジンを唸らせ発進した。トラックはどんどん加速し、ロボットに衝突する。当然、ロボットは数メートル跳ね飛ばされ、そればかりかもんどりを打って、コンクリートの床に叩きつけられた。
すぐに画面外から白衣を着た数人が現れ、わらわらと倒れたロボットに駆け寄り助け起こす。そうして、起き上がったロボットは頭部に両手を掛けて、それを持ち上げた。
それは、ロボットなどではなかった。頭部パーツと思われたものはヘルメットで、その下には満面の笑みを浮かべる輝子の顔があった。
「訓練にあたっては、昴くんにこのスーツを着用していただきます。それなら、いかがですか?」
画面の中と同じ笑顔で、輝子は言った。




