12.昴の予感
「ご覧ください。三角山の地下には、本当に基地が隠されていたのです!」
カメラのむこうでミミズクのマスクを被った細身の男が、やや芝居がかった口調で言った。
撮影場所は、夜の三角山展望公園駐車場。
男の背後には、駐車場の脇に建てられた倉庫があった。その扉は大きく開かれ、扉の奥は地下駐車場を思わせる、急なスロープが地下へ向かって続いている。二トントラック程度なら、余裕で通れそうな広さである。
動画配信サイトに投稿された一本のライブ動画は、たちまち同時接続三千人を記録した。投稿者はマスクド3なる三人組のユーチューバーである。
メンバーは、口達者な細身の男「一号」と、寡黙な筋肉質の大男「二号」、そして「お嬢」と呼ばれる小学生くらいの少女だ。名前の通り、三人はマスクをかぶっている。それぞれ男たちはミミズクを、少女は狐をモチーフにしているようだった。
「ちょいと、一号。まさか、こんなところに入るなんて言うんじゃないだろうね?」
狐マスクの少女が、細身の男と基地の入口を、交互に見ながら言った。
コメント欄は、「お嬢カワイイ」であふれ返った。たぶん、視聴者の半分は宇宙人の基地よりも、彼女が目当てである。
なお垢BAN回避のため、少女の服装は地味なジャージに変えてある。彼女の元の格好は、ややセンシティブなのだ。
「とにかく、行くだけ行ってみましょう」
三人は並んでスロープを降る。しばらく進むと、彼らは体育館ほどの広さがある巨大な空間にたどり着いた。
「なんだい、ここは。UFOの工場か何かかい?」
少女は高い天井を見上げて言う。カメラも彼女の視線を追って天井を映す。
「わかりませんが、ヤバい気しかしません。潮時ですね」
カメラは一号を捉える。
「ここがウワサどおり宇宙人の基地なのか、それとも別の何かなのか、私たちには判断できませんでした。しかし、これほど大規模な施設を、人知れず作ることができる力を持った何者かが、この国にはいると言うことです。これ以上の潜入は危険と判断し、調査を終了します。配信は以上です。ご視聴、ありがとうございました」
「お前たち、自分も見に来ようだなんて、ぜったい考えるんじゃないよ。いいね、ぜったいだよ!」
狐マスクの少女の警告を締めに、配信は終了した。
カメラマン役を終えた昴は、ミノルにスマホを返す。
「あれだけあおったんだ。きっと、やじ馬が殺到するだろねえ」
アルテミスはにやにや笑った。
「やじ馬なんてあつめて、どうするの?」
琴子が首を傾げる。彼女も入院着から、ジャージに着替えていた。
「派手に世間の注目を集めて、センターの動きを封じ込めるのさ。きっと火消しにやっきになって、あたしらや琴子を捕まえるヒマなんてなくなるよ」
国立心因性相互作用研究センターは、国立と付いているのだから、おそらく国の機関だ。国家権力に追われるなど、考えただけでぞっとする。
「それじゃあ、私たち家に帰れるのね?」
「もちろんです」
ミノルが請け合った。
「それに、お二人の親御さんには、私たちから事情を説明しましょう」
その後は、なかなかの大騒ぎになった。
三角山の地下に、公表されていない巨大施設が発見され、それが国の事業で作られたことが明らかになったのだ。当然と言えば当然である。
しかし、センターや輝子の名前は出なかった。その代わり、地下研究所は明白な目的もない施設と言うことになり、税金の無駄遣いを主導したのは誰かと犯人探しが始まった。結果、一人の大臣のクビが飛び、数人の国会議員が辞職した。事業に関わったお役人と、どこだかの大学の教授も辞めさせられたようだ。
昴たちにも、すったもんだはあった。
琴子の両親や昴の母は、国家機関の陰謀を語る仮面の三人組の訴えを、当然だが眉唾にとらえた。
しかし、アルテミスの念動力を見て、彼らは考えを変えた。彼女たちも同じく被害者であり、顔を隠すのはセンターに正体を知られ、表の生活を脅かされないためなのだと理解したからだ。
もっとも、アルテミスは後に、
「半分は、あたしの趣味なんだけどね」
と、昴と琴子にだけこっそり打ち明けている。なんでも、似たような格好をした悪役が登場する、昭和のアニメにドハマりしていたらしい。
ともかく、大人たちは今後のことについて話し合った。昴の母は、法的な手段を提案するが、ミノルはやんわりとそれを止めた。あえてこっちから、センターが欲しがる超能力者がいることを、わざわざ教えてやる道理はない――と言うのが、その理由だ。
そしてウシワカは、万が一センターが再び触手を伸ばすようなことがあれば、自分たちが全力で守ると約束をくれた。彼の筋肉は、じゅうぶんな説得力を発揮した。
そんなわけで、昴と琴子は再び学校へ戻ることができた。ありがたいことに、これまでと何かが大きく変わったことはなかった。
あえて以前と変わった点を上げれば、琴子がメガネを掛けたことだ。それはミノル特製のアイテムで、ビームが出そうになると、自動的に昴の顔にモザイクが掛かるようになっているらしい。自分の顔がセンシティブなもの扱いされるのは、昴にとって少々複雑な気分だったが、彼自身の安全や琴子の気持ちを考えれば、甘んじて受け入れるしかなかった。
琴子は今後時期を見て、三人組から能力を制御するための訓練も、受けることになるそうな。
チャイムが鳴って、朝の学活の時間が始まった。
教室の扉が開き、担任が入ってくる。
いつも通りだ。
いや、まて。
なぜ担任は、机と椅子を一セット抱えているのだろう。
「転校生を紹介する」
と、担任は言った。
続いて教室に入ってきた子を見て、教室はざわついた。
ランドセルを背負った女の子が、担任の隣に立つ。さらさらの長い金髪に、灰色がかった青の瞳。彼女は、お人形のように可愛らしかった。
担任は机と椅子をかたわらに置き、黒板に名前を大書した。
「射場アルテミスです」
アルテミスはぺこりと頭を下げ、それから顔を上げにやりと笑う。
「見た目はこんなだけど、あたしは生まれも育ちも日本だよ。間違っても英語とかで話しかけたりしないでおくれ。英語は苦手なんだ」
教室に笑いが起こり、お調子者の男子が「俺も英語苦手!」とアルテミスに同調する。
「おーい、琴子、昴」
アルテミスは、昴と琴子にそれぞれ手を振る。
「アルテミスちゃん?」
メガネの向こうで、琴子は目をぱちくりさせる。
「なんだ、天川と西方は知り合いか。ちょうどいい、射場が慣れるまでしばらく面倒見てやってくれ」
急遽席替えが実施され、昴と琴子とアルテミスは、教室の一番後ろに並んで配置された。
「どう言うこと?」
昴は聞く。
「ウシワカが約束した通り、あんたたちを守るためだよ。本当なら一個下の学年なんだけど、同じクラスの方が都合がいいから、こっちに編入させてもらったと言うわけさ」
「勉強は大丈夫なの?」
琴子が心配そうに聞いた。
「学校に通うのは初めてだからねえ、ちょいと心配かしら。まあ、今まで家庭教師をしてくれてたミノルは、大学入試レベルの学力はあるって太鼓判を押してくれてるから、きっと大丈夫だよ。あ、英語以外ね」
「じゃあ、むしろ勉強教えてもらおうかなあ」
と、昴。
「アルテミス先生はキビシイよ?」
「お手やわらかに」
担任が「私語はやめろー」と注意する。
昴と琴子とアルテミスは口を閉じ、姿勢を正して前を見た。
昴を取り巻く世界はずいぶん変わった。
琴子は超能力者になり、昴と彼女は両思いになった。さらにアルテミスがやって来て、同級生になった。
ほんの少し戸惑いながらも、昴は新しい日常を歓迎した。
ただ、彼の頭の中には、ある情景が浮かんでいた。
ウシワカとミノルを従え、おそろいの格好で肩を並べるアルテミスと琴子。
超能力者ではない昴に予知能力は無いが、それは本当に起こりそうな気がしてならなかった。
アルテミスと目が合った。
少女は、隣の琴子に目を向けた。そして、
「昴が、あたしとおそろいの格好をした琴子を妄想してるみたいだよ。ハイレグが好きなんだねえ」
勝手に昴の頭の中をテレパシーで読み、誤解を生むような告げ口をする。
琴子は顔を真っ赤にして、眼鏡をはずした。
弁解する余裕もなかった。
昴はふっ飛ばされ、担任の声が聞こえてきた。
「天川、学校ではビーム禁止だぞー」
昴の新しい日常が、今始まった。




