1.ビーム
西方昴がこっそり視線を向けるのは、教室の端の一番前の席。そこには小柄な女子が座っていて、彼女の席を取り囲む友人の女子二人と、なにやら楽し気におしゃべりをしている。
席の主は天川琴子。野暮な言い方をすれば、昴は彼女に絶賛片思い中だった。とは言え、告白してお付き合いしたいなどとは考えていない。そもそも「お付き合い」とは何をすればよいのか。小学六年生男子にとっては、見当もつかないのである。
ただ、彼女ともっと仲良くなりたいと言う思いは確かにあった。そのような関係はふつうに「友だち」と呼ばれるものだから、告白などと言う大げさな儀式はまったく不要だった。ちょっとしたきっかけさえあれば良いのだ。一言話しかけるきっかけが。
ふと、琴子がこちらを向いた。
目が合った。
琴子は、決して美少女ではない。しかし昴は、彼女の瞳は何よりもキレイだと思っていた。以前、街の雑貨屋さんで見かけた、オニキスと言う小石のようにツヤのある真っ黒で、まわりの光を反射しキラキラと光って――おや?
琴子の目のまわりに、光の粒が舞っている。そして、瞳の輝きは反射などではなく、それ自体が光を放っているように見えた。
次の瞬間、昴の視界は真っ白な光に覆われた。わずかに遅れて胸元に衝撃を覚え、何台かの空の机と椅子を巻き込みながら、昴は教室の窓際まで吹っ飛ばされた。
幸い、今は放課後だった。児童の半分は帰宅していたので、昴を除いてこの事故に巻き込まれた被害者はいなかった。
それでも教室は騒然となった。誰かが先生を呼べと叫んでいた。
冷静だったのは、当の昴だけだった。多少の打ち身はあったが、骨折した様子はない。
実は昴、自動車に跳ね飛ばされた経験がある。まだ小学校へ上がる前の事だが、トカゲを捕まえようと道路脇に屈みこんでいたら、尻の辺りにドーンとぶつけられ、数メートル転がり側溝に落っこちて泥だらけになったのだ。
あの時の衝撃とそっくりだったなあ、などと思い出しながら、ひっくり返った机や椅子の間から、のっそり立ち上がる。すると、男子の誰かが叫ぶのを聞いた。
「天川がビーム出した!」
ビーム?
そう言えば――と、吹っ飛ばされる直前に、琴子の目がキラキラ光っていたことを思い出した。おかげでLED照明を直視した時のように、視界に紫色の残像が見える。
琴子を見ると、顔を両手の平に埋め机に突っ伏していた。一緒にいた女子が、彼女の背中をさすったり肩に手を置いたりして、青い顔で必死に声を掛けている。
「大丈夫か、西方!」
担任の先生が、叫びながら教室に飛び込んで来るなり、昴に駆け寄ってきた。
「僕は大丈夫です。それより……」
すると昴の言葉をさえぎって、他の男子が叫ぶ。
「先生。天川が目からビーム出して、昴を吹っ飛ばした!」
「ビーム?」
担任は目を白黒させた。
それを否定ととらえたのか、子供たちは一斉に、本当のことだとか、自分もビームが出るのを見ただとか、わいわいと騒ぎ始めた。
昴は担任の脇をすり抜け、相変わらず机に突っ伏す琴子に駆け寄った。
「天川さん、大丈夫。目、痛くない?」
琴子はぴくりと肩を震わせ、恐る恐ると言った様子で顔を上げた。
「西方くん、私……」
琴子が、あの宝石のような瞳を向けて来る。昴が大好きなそれは、涙に潤んでさらに真っ黒くキレイに輝いていた。そして、あの光の粒が、またキラキラと彼女の目の周りで瞬きだし、昴は再び吹っ飛ばされ、教室は静まり返った。
「ビームだ……」
担任が言った。
「病院へ行かなきゃ」
昴は立ち上がり、決然と言った。
「折れたのか?」
担任が心配して聞いてくる。
「僕はぜんぜん大丈夫です。それより、先生。天川さんを病院に。目からビーム出るなんて、普通じゃないもの。お医者に診てもらわないと」
「そ、そうだな。いや、お前も連れて行くからな?」
「わかりました」
昴は神妙に頷いた。
「病院で落ち合うように、親御さんに連絡しておく。お前たちは一階に降りて玄関で待っているように。すぐに車を回す」
担任は指示を飛ばすと、教室を飛び出して行った。
昴は琴子の机に再び歩み寄り、彼女の友人たちに言った。
「天川さん、病院まで目を隠して行った方がいいと思うんだ。二人とも手伝ってくれる?」
正直に言えば、自分が手を引いて連れて行きたいところだが、相手は女子だ。気安く触れられるはずもない。
「ごめんなさい」
消え入るような声で、琴子が言った。
「天川さんのせいじゃないよ。ビームで吹き飛ぶなんて、ふつうはあり得ないもの」
そう、ビームと言えばふつうは熱光線なのだ。もうしそうなら、昴もただではすまなかった。
「トラクター・ビームかも」
顔をふせたまま琴子が反論する。
「とらく……?」
友人女子二人が顔を見合わせた。しかし、
「なるほど」
昴は納得した。
「それなら、引き寄せたり押し返したりできるね。でも決めつける前に、まずはお医者さんに診てもらおう。ね?」
琴子は顔を上げ、こくりとうなずいた。両目はしっかり閉じられていて、昴はそれを残念に思った。
ともかく、琴子は友人の手を借りながら教室を出て、昴も後に続いた。
玄関に到着すると、担任から連絡を受けたのであろう、養護の先生が駆けつけてきた。彼女は、すぐに昴の目をのぞき込んだり、打撲の箇所を確認してから、次いで琴子の診察に取り掛かり、目を開けるように言う。が、
「できません」
琴子はそれを拒絶した。
「どうして。見てみないことには、何もわからないでしょう?」
「でも、またビームが出たら先生が」
「その時は避けるし、当たったからって怒ったりしません。だから、ちゃんと目を開けて見せてちょうだい」
琴子は恐る恐る目を開けた。
ビームは出なかった。
養護の先生は琴子の頬を両手で押さえながら、右や左を見るように言って、しばらく観察した後、
「ちょっと充血はあるけど、特に異常はなさそうね。でも、念のため病院の先生に診てもらうまでは、目を閉じておきましょうか」
養護の先生はポケットからタオル地のハンカチを取り出し、長方形に畳んで琴子に手渡した。
「はい、先生」
琴子はハンカチを目に当て、ほっとため息をもらした。
「車を持ってきたぞ」
担任が小走りでやって来る。彼は琴子の友人たちをねぎらい、教室は後で先生が片付けるからみんなは下校するようにと伝えた。
琴子の誘導は、養護の先生が引き継いだ。
彼らは担任の車に乗り込み、一路病院へと向かった。




