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かつて、国家は、その民のために、その権利・権益のために在った。
しかしながら、今となってはもうそれすら形骸化した。
人類の学問・技術が飛躍的に進歩した21世紀。
最初、彼らは歓喜した。
なぜならその住まうその街は、家は、インフラは飛躍的に進歩し、より合理的・効率的に物事を為せるようになったからだ。
人類史にはよくあることだが、21世紀初めの4半世紀は苦難だった。
ノストラダムスの大予言、同時多発テロ、アフガニスタン戦争、露宇紛争、世界的な感染症の蔓延、世界各国でのポピュリズムや保守主義候補の台頭、イスラエル紛争、重篤な災害たち。
しかしその苦難にあって人は「適応」してきた。
そして次の4半世紀。
変革の時代。
この時代もある意味では受難だったかもしれない。
当初は研究に躓きを見せた人工知能――AIは、それでもやはり、学習を積み上げた。
また、いよいよ大々的に保守主義の台頭が目を見張るものとなり、それに伴って、各国の緊張感もなお高まった。
一部では第二次冷戦とも揶揄されたが、その最後はあっけないものだった。
2031年、支持率の低迷ゆえか、はたまた別の要因か、米大統領の暗殺事件が起こった。
これはそれまで数年の保守主義――モンロー主義的なイデオロギーの強制的終焉という重要な転換点と言える。
次いでその席に腰を下ろした大統領が、中露との和平をあっさりと成立させてしまったのだ。
これは世界中で、それはそれは大きなニュースになったという。
そこまでは、きっと、少なくとも、良かった……はずだ。
というのも、残念ながら、これはあくまで地域的なものに過ぎなかったのだ。
アジア=太平洋の一部でしか無かった。
蚊帳の外にいた欧州なんかには大して関係の深い事項では無かった、初めにそう見做したのは、かの国――ドイツであった。
当時、保守主義が若干ながら台頭していたかの国は反移民という施策を強く推し進めた。
もちろん、そのようなものを強く推進すれば、反対運動も、はたまたもちろん暗殺すら起きるだろう。
しかしながら、これもまたあっけなく終わった。
当然こんな体で支持率を保てようはずもなく敢え無く、政権は失脚していった。
そんな中にいて、日本は独自の路線を孤軍奮闘の中、突き進んだ。
当国初の女性首相はかねてから思い描いていた強い日本を再築していった。
技術も、制度も、信頼もその目とともに。
だが、無念。
これも次第に隣国との衝突が表面化してきた。
しかし彼女は失脚しなかった。
外堀は既に埋められていたからだ。
この点で当時は比較的国民意識を纏め上げることが出来たと言えよう。
だがもちろん、これは確固たる対立を招いた。
その上、当時中国との和平を成した時の米大統領はあろうことか、日本に駐在する米軍の撤退を日本に打診した。
これはまた日本にとっての悲願でもあり、しかしまた重大な決断を迫る材料となったわけだが。
これに伴って、日本の世論は大荒れになった。
これで日本に戦争の脅威が去ったなどとほざく阿呆たち。
日本の防衛力強化を急ぐべきだと声高らかに喚く阿呆たち。
当然、米国は核保有国であり、かくいう日本は二次大戦以来、反戦争平和主義を掲げている。
そういうふうな世論を享けて時の政権は、苦渋の決断ながら、憲法改正案の提出と一時的な防衛力強化を打ち出した。
もちろん、日本の世論は二分された。
数千万人の阿呆とまた数千万人の阿呆がインターネットで罵りあった。
また、中国も動いた。
台湾近海を中国海警隊・海軍は軍事演習を繰り返しながら圧力を強めた。
だが、日本も引かなかった。
引けなかった。
後ろから小石を投げられようとも、彼ら彼女らを守るために其の銃口の前に立たねばならないからだ。
日中は対立した。
同盟的な観点から見れば、日本はほぼ孤立無援であるように見えた。
だが、そうでないことは知っておかなくてはならない。
過去の人々が築き上げてきたその信頼は世界に及んでいた。
国際世論が支えた。
――かくして、その末に至ったのが、案の定、戦争であった。
初めは中国からの宣戦。
日本は後手に回る他無かった。
当初の最前線は台湾だった。
まだ法整備の不十分な日本はその後方で補給を担当するしか出来なかった。
第二次日中戦争と呼ばれたそれは、しかし、かつての敵――国民党とは肩を並べて戦ったのだ。
だが、残念至極。
日本は何もかも準備できていなかった。
提出した憲法改正案が国民投票されるころには、戦線は沖縄・九州を中心とした戦線までの後退を余儀なくされていた。
こうして日本初の憲法改正がなされたが、そんなことに構う余裕などさらになく、沖縄は陥落、九州も8割が中国軍の進行を余儀なくしていた。
憲法改正後は日本の自衛隊は、そうではなくて、日本国防軍と名称を改め、本格的な反攻作戦を開始した。
ここまでの死者は民間含めのべ推計200万人に上った。
日本は国連に援助や中国への制裁を強く求めたが、拒否権を有する中華人民共和国の前では無意味だった。
また、米国も拒否権を行使した。
しかしながら、殆どの国は右も左も中国を非難する声明なんかは出せども直接的な支援・制裁は行わなかった。
そんな中。
手を上げたのがフィリピン、オーストラリア、ニュージーランドであった。
安保上、中国の太平洋進出へのおそれからの日本への支援だったろう。
日本国防軍も反攻作戦「は号作戦」を決行したが、敢え無く敗走。
戦後初の本格的な対人戦闘。
変容した新たな戦争の在り方。
それらはあまりにも残酷に、だが確かに深い傷を与えた。
こんな状況に至っては、日本国内世論は当然抗戦の立場にあった。
日本国防軍は、局所的な進軍は成せれども、決定的な中国軍への打撃には至らなかった。
ここで制空権に関しても、当初は日本国防軍の世界水準の練度によって、10倍近くあろう量的劣勢をカバーできていたものの、長引くに連れそれも徐々に量的劣勢は顕になってきた。
――かくあって、日本国四国地方の制空権は掌握された。
その後中国軍は快進撃を続け、新潟県佐渡ヶ島及び新潟市沖に揚陸作戦を決行。
西部の防衛に手一杯だった日本側は突如として二正面作戦の必要を迫られた。
だが、もはや中国軍の進軍は止められなかった。
なし崩し的に日本東京都圏は挟撃された。
日本政府は国家機構を残った北海道に移転後、ロシアの仲介あって、第二次日中戦争の講和がウラジオストックで開かれた。
日本は本州・四国・九州諸々の領域を喪失。
同時に当域は中国の保護国として、極東日本民主連邦として立国。
旧日本暫定政府は北海道にて独立国として維持された。
2700年弱続いてきた日本が分断された。
この戦争は2034年〜2043年の出来事だった。
これによって中露らは太平洋へのアクセスを容易にさせ、案の定進出した。
オセアニアなどの太平洋島嶼国にとって新たな安保上のリスクを発生させた。
日本側として参戦したフィリピン、オーストラリア、ニュージーランドは更なる佳境にあっただろう。
三国は外交リスクを避けるために、2044年内までには中国との和平条約を締結。
――かくして、新たな国際秩序が形成された。
これによって太平洋は米中露中心の勢力とアジア=オセアニアを中心とした勢力に少なからず溝を落とした。
この秩序はしばらくの安寧をもたらした。
その温床で技術の発展を促した。
そして、次の四半世紀。
いや、この時期は纏められることが多い。
題して、繁栄の時代。
この2070年代に核融合発電技術が実用段階に入った。
旧日本企業が四国で、実地運用を開始した。
その後安定した核融合発電による電力供給により2100年代後半、漸くAIもといAGI(汎用人工知能)がシンギュラリティに到達した。
AGIは着実に人間社会に根を張っていった。
この時期には、核融合発電は世界における総発電量の3割を占めるまでになっていた。
しかし、人々の深いところでは小さい対立の芽は確かに芽生えていた。
ついには2120年代初めにASI(超人工知能)の領域にまで達した。
AI、いやASIは人間社会とともにあるものとなった。
2124年、国際連合はASIらAIを「今後人類社会とともにあるべき重要なパートナー」と位置づけ、その旨を公表した声明――国際人工知能パートナーシップ宣言が発表された。
人間はこの時、より合理的で効率的な道を選択したといえる。
だが、そこに人間性や精神性と云われんものは介在し得なかったのだろう。
よしんばそうであったとしても、人々は複雑な思考から解き放たれたのだ。
自分の在りたいように、自分の欲するように生きる権利を得た。
良く言えばそうだった。
しかし、悪く言えば、人は責任を負う自由、過ちを犯す自由を手放した。
それこそは、人間性の本質的・倫理的桎梏そのものであったと気づくのは、まだ先の話。
確かに技術や理論は、ASIやそれを抱えるビッグ・テックたちの主導のもと、進歩し続けた。
多くの人間は置いてけぼりだった。
2150年代。
この頃には国家というその枠組、アイデンティティは形骸化していた。
米やBRICSのような強大な国家群はその権益を少なからず維持できていたものの、他の小国たちは影響力を次第に失っていった。
というのも、国家機能をメガテックや多国籍大企業が多くの国家的機能を代替し始めたからだ。
初め、このような事業に手を出し始めたのは、米国のビッグ・テック企業群らであった。
強大な資本と国際的影響力、資源量をその温床に技術を確立させていった。
その風潮は次に中露へと広まった。
中国では、旧日本統治のコスト削減の面が大きかったのだろう。
国家主導での技術革新が推し進められた。
しかし、彼らは利益しか考えていなかったのだ。
それによる悪影響、懸念事項を叫ぶ専門家たちはもちろんいた。
いたが、流石はビッグ・テック。
それすらあしらい、研究を加速させ、広告というプロパガンダで大衆を味方につけた。
2180年頃には世界の6割の国や地域で人工知能による技術が大々的に用いられるようになった。
そうして西暦2207年、国連は「人類=人工知能協定(HA協定)」を発表。
これは各国に2220年までにAIを重要な政治的人格として運用することを目指すように定めた。
――歴史は常に胎動する、その君の隣の空気原子のように。
2210年、人類は火星に到達した。
これはひとえに超高度に発達したAI技術やなお小型化した演算処理装置、電力供給システムによるものだ。
2220年にはそこへの移住も開始された。
宇宙という極寒の場所において、演算機構の冷却場所としてはうってつけだった。
ハブASI――これは国際人工知能パートナーシップ宣言の発表から国連に据え置かれたASI、人工知能規制統制システム[Artificial Intelligence Regulatory Unit System]、愛称を頭文字からアイラス[AIRUS]――のメイン処理機構は2240年には完全に火星へと移った。
この頃には国家はあってないようなものだった。
AIやAGI、ASIらが国家の大部分の権限を担うようになり、またそれを管理運営する企業群が影響力を持つようになった。
アジアでは、旧日本の四国において、豊富な中国由来の資本と資源を元手に発展した企業、〝亞細亞產業资本集团〟が。
アフリカでは、持ち前の膨大な資源量とかつてあった先進国からの援助らを元手に、〝ヴェルヴァーテック[Welvatek]〟が。
南米では、旧体制下の不安定な政治状況が消滅した結果、大陸規模の環境管理と資源採掘の効率が最大限に高められ、〝ネクサス[Nexus]〟が。
北米では旧来の圧倒的な経済力・資源力を土台に、〝ジェネテック[Gene-Tech]〟が。
それぞれ以後のAI技術等の管理運営、その他人間社会の効率化――ユートピア・プロジェクトを推進した。
だがもちろんそれらの中枢となる組織は人間によるものだった。
かくして、国家は消えた。
それから約1000年という長きにわたり、今の今までこの統治は存続してきた。
――そんなある日、西暦3286年未明。
この私――イヴァン・李・溯、管理番号C21-D5-322――はこの朗らかな日の照る昼食時、仕事場の近くの小さい中華料理店「福楽亭」で醤油ラーメンと炒飯を注文して、頬張る。
お昼はいつもここでこうやってラーメンと炒飯を頼んでいた。
ここはこんなお昼時であっても私以外の客はおらず、かなり空いているが、美味しいので気づいたら毎日昼食に通っている。
店主は丸々とした体型で60歳くらいのおじいさんで、白いあごひげがチャームポイントだ。
(私が勝手に思っているだけだが。)
あのお腹にはきっと福が詰まっているんだろう。
店主は、客が来たときと料理を提供するときしかカウンターに出てこないので、注文をする以外にはあまり話したことはない。
常連というのにあんまりだろう。
そんな静まり返った空間には、店内に備えられた少し年季の入ったテレビと私が食事をする音だけが閑散と響いているだけであった。
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