第八話 偽りの呪い
「ありがとうございます。アレス様からの求婚、身に余る光栄です」
「求こォっ! あっ、ああ、いや、そうだな! 求婚だ、うん!」
「こんな得体の知れない、他所の世界の女に情を寄せて下さるその優しさ……私には……あぁ、私には……」
シャルロットは顔を逸らし、俯いて肩を震わせた。
嗚咽の混ざる声色に、アレスは盛大に慌てた。
握っていた手をパッと離し、どうしたものかと両手を彷徨わせる。
初めて目にするシャルロットの憂い顔に、アレスは眉を八の字にして泣きそうな顔をした。
「シャルロット!? どうしたんだっ、何か、俺、君を泣かせてしまったか……!?」
「いいえっ、いいえ、お優しいアレス様……アレス様のせいではないのです……」
スンと小さく鼻を鳴らし、シャルロットは目蓋を伏せて弱々しい声を上げた。
「私は、皇帝陛下に呪いを掛けられているのです……」
「呪い……!?」
「はい。皇帝陛下は大罪人である私を深く恨んでいるのです。異界送りだけでは飽き足らず、一年後には必ず死ぬ呪いを私に掛けたのです……」
「なん、だって……」
シャルロットの告白を受け、アレスの顔色から血の気が引く。
無論、シャルロットにはそんな呪いは掛かっていない。
ここまでの言動も全て偽り、演技なのだ。
しかしアレスには惚れた相手を疑うという概念が存在せず、故にシャルロットの言動全てを真に受けている状態にあった。
アレスは彷徨わせていた手をシャルロットの両肩に優しく置く。
思いのほか優しく触れられたことを意外に思いながら、シャルロットはそろりと顔を上げた。
見上げたシャルロットの視界に、真面目な顔つきのアレスが映り込む。
「シャルロット、その呪いはどうすれば解けるんだ?」
「……一年以内に皇帝陛下を殺害すれば、解けます。しかし、現実的ではありません……」
「良し! だったら安心してくれ、シャルロット! 俺が必ず、皇帝を倒してみせる!」
アレスがニッコリと笑う。
そんなことは簡単なことなのだと言いたげな自信に溢れた笑みに、シャルロットは頭の先からつま先まで、稲妻が駆け巡るような衝撃に襲われた。ゾクゾクと背筋が粟立ち、胸が高鳴る。
(この男! 本気でアルカイオス様を倒そうとしている! アルカイオス様の実力を知らないとはいえ、なんという傲慢不遜! あぁ、たまりませんね……!)
密かな興奮に頬を赤らめながら、シャルロットはアレスにしなだれるように身を寄せた。
急に寄せられたシャルロットの体に、アレスはびくりと大きく体を揺らす。
「アレス様……アレス様の優しさは、私にはもったいないほどのものです……」
「きっ、君を助ける為なら! 俺はこの異界の全てを皇帝にぶつけたって構わないんだ!」
「……アレス様はお強い御方。そしてこのトルキアに生きるもの達も同様でしょう。しかし、それでも皇帝陛下の持つ最強の魔導兵器には敵わないのです」
低く囁くようなシャルロットの声色に、アレスは息を飲む。
魔導兵器とは、魔導コアを埋め込んだ武器の総称である。
剣や槍、斧といったオーソドックスな武器種から、大砲や火炎放射器などの大型の武器にまで応用が利く。
皇帝アルカイオスが所持する魔導兵器は、そのどれにも当てはまらない特別なものだとシャルロットは恐怖を滲ませた。
「一体、それはどんな武器なんだい?」
「……城なのです」
「城?」
「皇帝陛下の住まう居城。それこそが皇帝一族に代々伝わる超大型決戦魔導兵器、デウス・エクス・マキナなのです」
「なんとも仰々しいが……イマイチぴんと来ないな……」
困ったようにアレスは指先で頬を掻く。
当然、それはシャルロットも想定内で説明を続けた。
「城そのものが皇帝陛下の鎧となり、剣となるのです。問題は鎧にあります。何倍もの大きさの鎧を身に纏うとお考えいただければ、分かりやすいかもしれません。堅牢な城の壁が魔導兵器として起動することにより更に頑丈さを増す……。私の住んでいた世界のあらゆる攻撃手段をもってしても、あの装甲を打ち破ることは不可能でしょう」
シャルロットの説明にアレスは首を縦に振って頷き、ぽんぽんとシャルロットの肩を叩いた。
「それならば大丈夫だ! どんなに固い壁であっても、砕ける自信がある!」
「何か、策がお有りなのですか?」
「あぁ! だから大丈夫。安心してくれシャルロット。さぁ! 一緒に食事をしよう!」
途端、アレスの腹からぐぅと情けない音が鳴る。
気恥ずかしそうに笑い、アレスは自分が腹ペコなのだと笑いながらシャルロットを席へ促した。
アレスの自信がどこから来るのか疑問に思いながらも、シャルロットは席に着く。目の前に並ぶ料理を見つめながら、そう言えばアレスに返事をしていなかったことを思い出した。
ちらりと横目でアレスを見れば、湯気の立つ料理を前にしてそわそわとしている様子が見て取れた。純粋無垢とも言える様相に呆れながら、シャルロットはアレスに微笑みを向けた。
「アレス様」
「なんだい、シャルロット?」
「先ほどのお返事を致します。もしもこの身に掛かった呪いが解けましたら……。私をアレス様の伴侶にしてください」
「シャッ、シャルロット!! もちろん! 絶対に君の呪いを解いてみせる! 聞いたか、ニャンクス! シャルロットから返事をもらったぞー!」
アレスが声を荒げれば、どこからともなくニャンクスⅡ世が姿を現した。
ニャンクスⅡ世は激しく拍手をしているものの、肉球というクッションによってぽむぽむという音ばかりが響いていた。
「やりましたな! これで将来安泰、我が国の未来も明るいですぞー!」
「ああ! こんなにも美しく強い伴侶を得られるなんて、俺は幸せ者だー!」
その呪いが偽りであるとも知らず、二人は大いに盛り上がるのだった。




