第四十一話 異界送りよりも重い罰を背負って
ふらふらとした足取りでシャルロットは歩き出す。
手にはアレスが腰からぶら下げていた剣が、鞘ごと握られていた。
シャルロットの目に映るのは、彼女が望んだ破滅した世界そのものだった。
何も残らない荒地から、破壊された魔導艇の残骸が転がる荒地へ。
果て無い荒地を歩き続ける。
魔導艇の墓場を抜けると、その先には撃ち落とされたドラゴンの死骸が幾つも転がっていた。
少しして、開けた場所に出てシャルロットの足が止まる。
異界の門を取り囲んでいた岩山は姿を失い、崩落しきっていた。
崩れた岩々はうず高く積まれ、一際鋭く尖った岩にヴァイオレンが串刺しになっているのが見えた。
既に息絶えているのだろう。
ヴァイオレンはその巨体をぴくとりも動かす様子がなかった。
「……閉じてしまいましたか」
溜息を一つ吐き出して、シャルロットは踵を返す。
宝剣カリバーンの一撃をもってすれば、ヴァイオレンごと岩山の残骸を退かすことは容易である。
しかし今のシャルロットにはそれが不可能なのだった。
魔導コアが不調をきたし、上手く作動しない。
機能を完全に停止したわけではないのだが、今は力を振るうことが難しいとシャルロットは判断した。
行き場を失ったシャルロットは、ふらふらと当てもなく彷徨い始める。
アルカイオスの最後の一撃でもってして、ここら一帯は完全に崩壊してしまっていた。
生存者の姿も見えず、ただ風の吹く音だけがシャルロットの耳に届く。
(本当に全て滅んだのですね。あれほど待ち望んだ帝国の滅びだというのに、おかしなものです。ちっとも、満たされやしない)
空虚な胸の内を抱えたまま、シャルロットは歩き続けた。
いつの間にか日は傾き、夕日が射しこむ。
歩き続けて辿り着いたのは、帝都の外れの小高い丘だった。
帝都が一望できる丘の上で腰を下ろし、シャルロットは何も無くなった帝都を見下ろす。
そしてアレスの剣を、その胸にきつく抱きしめた。
(これが真の孤独……。全てを終わりへ導き、アレス様を死へ追いやった、私が背負うべき本当の罰なのでしょう)
夕日が稜線に沈む光景をじっと見つめながら、シャルロットはただその場に座り続けていた。
夜が明けても。日が再び沈んでも。
何日もそうしていて、シャルロットは気が付いた。
(何日も飲食をしていないのに衰弱しない……。これは……魔導コアの影響でしょうか)
ぼうっと遠くを眺めていたシャルロットは、自身の体の異変にようやく気が付いた。
飲まず食わずであるにも関わらず、体の調子が悪化する様子はない。
睡眠も碌にとっていないというのに、眠気はいつまで経っても訪れる様子がなかった。
胸元に手を当てて、魔導コアの存在を確かめる。
どれ程にイメージを固めても、宝剣カリバーンを取り出すことは出来ない。愛用の鞭も然りだ。
(魔導コアが壊れ、生命維持装置としてしか機能しなくなっている……。どうやらファラ様の残した傷が原因のようですね)
ならば仕方がないとシャルロットは現状を受け入れる。
アレスを心から愛していた少女の絶望と憎悪もまた、受け止めなければならないものであると判断したのだ。
もはやこの体は人間の道理から外れてしまった。
ならばとシャルロットはようやく立ち上がり、アレスの剣だけを抱えて歩き出す。
愛用の漆黒のドレスは生地が傷んで破れ、身形はぼろぼろだ。
金糸の髪も、白磁の肌も薄汚れてしまった。
けれどもシャルロットは一切を気にする素振りを見せないでいる。
瞳に凛とした輝きだけを宿し、ひたすらに足を進める。
小高い丘から北側に広がる森の中を歩いていく。
誰も寄るものがいない寂れた森。
その奥にひっそりと、一軒の屋敷が佇んでいた。
屋敷はこじんまりとしており、隠れ家と言った体を成していた。
しんと静まり返った屋敷を前にして、シャルロットはほっと安堵の息を吐いた。
(お祖父様の隠れ家……。まだ残っていて助かりました)
門を開けるとぎいと錆びついた音が鳴る。
屋敷の玄関扉に手を掛けると、鍵が掛かっていることに気が付く。
意識を集中させて鍵穴に微量の魔力を流し込むと、カチャンと鍵の開く音が響いた。
ダークロウズの血筋のものが放つ魔力に反応する、特殊な造りの鍵だった。
(昔、お祖父様から開錠の方法を聞いておいて正解でしたね)
重たい扉を開けると、早速もわりと埃が舞って、独特の匂いが鼻をつく。
祖父オーガスタ・ダークロウズが最後にここを訪れたのは何時だったかと思い返しながら、シャルロットは屋敷内の窓を一つ一つ開けていく。
何年ぶりに入れ替えられた空気によって、埃が外へと飛び出していく。
その様子を見送りながら、シャルロットは小さなドレスルームに向かった。
アレスの剣をそっと立て掛け、備え付けられたクローゼットを開く。
クローゼットの中には、幾つものドレスが時を止めたまま整列しており、その一つを手に取った。
艶やかな生地で作られた、深紅のドレス。
それはかつて、オーガスタがシャルロットの為にあつらえたドレスだった。
シャルロットの中に、深紅のドレスなど派手過ぎると笑った記憶が蘇る。
しかし今は違う。
深紅のドレスを見つめる瞳は、どこか懐かしむような情景を感じさせた。
(婚姻のドレス、そしてアレス様の瞳と同じ色。……そう思えば、悪くはありません)
深紅のドレスを手にして、シャルロットはクローゼットを閉じた。
これから外に出て水を汲み、身なりを整え部屋の掃除しなければならない。
やることの多さにシャルロットは自然と笑んでいた。
(魔導コアが体に埋め込まれている限り、私が死ぬことはありません。永遠の生、永遠の孤独。異界送りなどよりもずっと重たく、ずっと寂しい罰。……それこそが、私が背負うべき本当の罰)
シャルロットはアレスの剣を腰からぶら下げる。
その柄を撫でる指先は、愛おしさに満ちていた。




