第三十九話 沈む
遥か高い上空から、全てが失われた大地を眺めてヴァイオレンは激しく後悔していた。
想像以上に帝国兵は強く、そして魔導艇は強固であり、戦いの中で多くのドラゴン達を失った。
皇帝アルカイオスの放った最後の大魔術から寸でのところで逃れたはいいものの、この状況がヴァイオレンを苦悩させる。
「クソが……! こんな荒地を得たところで住めやしねェ! 繁殖するにしても仲間を失っちまったこの状況で、どうやって増やせってんだよ……!」
長い首を左右に振り、懸命にファラの姿を探すも見つからずに焦りが増す。
野望も夢も全てが潰えたのだと、ヴァイオレンは怒りの咆哮を上げた。
生き残った僅かなドラゴンが、ヴァイオレンの側に寄る。
彼等を見て、ヴァイオレンは小さく舌打ちを溢した。
「こんな他所の世界でむざむざ全滅してやる義理もねぇ。生き残った奴らだけで、向こうに戻るぞ!」
大きく翼を広げて、ヴァイオレンは異界の門が埋まった岩山まで飛んで戻る。
しかしそこで見た光景は、崩落して姿をすっかり変えてしまった岩の塊だった。
トルキアとこちらの世界を繋ぐ門は岩に埋もれ姿は見えない。
あれだけ強く放っていた光も消え、辺りは暗闇に包まれていた。
「オイオイ……、ふざけんなよ……。帰れねぇじゃねェかッ!」
岩山の残骸を前にしてヴァイオレンが吠える。
それに続くようにして、生き残りのドラゴン達も声を上げた。
「ガァアァアッ! ガァッ!?」
一体のドラゴンが短い悲鳴を上げる。
どうしたのかとヴァイオレンが見れば、ドラゴンは背中から勢いよく押されるようにして地面に落とされてしまった。急いで上空に視線を向けると、ヴァイオレン達を囲む数隻の魔導艇に目を丸くした。
「チィッ! まだ全部沈んでなかったのかよ!」
魔導艇からは容赦なく砲撃が放たれた。
魔導コアで強化された弾丸が、次から次へとドラゴンに直撃する。
翼や体を撃ち抜かれ、次々と地へ落ちていく。
「止しやがれーッ!」
叫びながらヴァイオレンは魔導艇へ突撃をする。
ぐおんと勢いをつけ上昇、それから一隻の魔導艇に向かい、その身を落下させた。
ヴァイオレンの体当たりを受けた魔導艇は爆炎を上げて大破する。
次の得物に狙いを定めたヴァイオレンは破壊した魔導艇を踏みつけようとして、足に違和感を覚えた。
「あ……? ンだこりゃよぉ……」
右の足首に何かがべったりと付いていた。
粘着性が強く黒くべったりとしたそれは、ヴァイオレンの足先を全て覆い隠してしまう。
その粘着は強固であり、足を持ち上げようとしてもびくともしない。
ヴァイオレンは船底に足を固定されてしまう状態になったのだった。
「クソが! 動けねぇだろうが! クソッ、クソッ!」
無事な足を動かし魔導艇の残りを蹴飛ばそうとするも、粘着質な液体が付いてしまい、両足ともに絡めとられる。悪態を吐きながら暴れていると、ヴァイオレンは真横から殴られたかのような衝撃に襲われた。
「痛ェ! なんだ!?」
左右、正面、背後。
あらゆる角度から砲撃を受け、その全てがヴァイオレンとドラゴン達に直撃する。
魔導艇の中では、ドラゴン達に砲撃が直撃するたびに兵士達が雄叫びを上げていた。
「やりました! 奴め、仕掛けたコールタールに足を突っ込み、身動きが取れなくなっているようです!」
「一番厄介なあの黒い竜を封じ込めればこちらのものだ。これは同胞の敵討ちでもある! 撃て! 撃てーッ!」
隊長格の兵士の命令により、更なる砲弾がドラゴンに打ち込まれる。
弾丸は次々と当たり、とうとうヴァイオレンの後頭部に直撃した。
「ギィアァァァア!」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴がヴァイオレンから上がる。
一度大きく翼を広げるも、的が大きくなったと言わんばかりに更に砲弾を撃ち込まれてしまう。
上がる火焔と爆煙の中、ヴァイオレンは痛みと突然降りかかった理不尽な現状に怒りだけを抱いていた。それは意識が遠のいても抱き続け、地に落ちても尚、怒りと憎しみだけがヴァイオレンの中に残り続けた。
「やりました! 竜が落ちましたっ!」
ヴァイオレンとドラゴン達を地に沈め、帝国兵達は沸き立つ。
しかしその興奮も長く続かない。
「良くやった! これで同胞も浮かば――」
帝国兵の言葉が途切れた。
魔導艇が爆ぜたのだ。
他の魔導艇艦内から悲鳴が上がる。
どこからともなく放たれた光の光線が直撃し、魔導艇を墜としたのだった。
怪物だ、と兵士の一人が声を震わせる。
空に巨体をうねらせ、鋭い眼光をしたリヴァイアサンの姿を見た。
リヴァイアサンは次から次へと光線を発し、魔導艇を撃ち落としていく。
そこに一切の慈悲は無い。
巨大な羽を震わせて、生じた竜巻が魔導艇を粉々に破壊する。
兵士諸共、全て砕け散った。
リヴァイアサンの破壊行為を地上から見上げ、ファラはきつく三又の矛を握り締めた。
「……ヴァイオレンくん、仇は取ったからね」
肩で息を切らせたファラは、悲し気に呟いてヴァイオレン達に背を向けた。
「アレスを……アレスを探さないと!」
きっと、あの一番激しい爆発のあった中心に居るに違いない。
そう信じてファラは必死に駆け出した。
その目には、既に大粒の涙が浮かんでいた。




