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第三十一話 決戦前夜

 既に日は落ち、外は暗闇に包まれる。

 星の光も届かぬ曇天の下、アレスとシャルロットを背に乗せたドラコの翼が風を切った。


 暗闇の中にあって、二人の目に映るのは地上に灯る僅かな光ばかりだった。

 各地に点在するトルキアの住人が灯す炎だ。


「いよいよだな、シャルロット」


「はい。明日、門が開きます」


 いつになく重々しい雰囲気を纏わせるアレスを、シャルロットは無言で見つめた。

 シャルロットの視線にアレスは微笑んで、それから前を見据えた。

 トルキアの冷たい風が、二人の頬を撫でていく。


「……明日、(わたくし)は日没を過ぎればこの命を落とします。正直に申し上げて、非常に厳しい戦いとなるでしょう」


 この一年近く、同盟を組んだ彼らもまた戦力強化に励んでいた。

 意外なことに誰よりも乗り気であったのが、ヴァイオレンだった。

 ドラゴン達の新たな長となって初めての闘いが、他の世界への侵略という大仕事であることがヴァイオレンのやる気に火を付けていた。


 ヴァイオレンの指揮するドラゴン、その総数は千に届くかどうかというところである。

 ドラゴンの数は増えることもなければ減ることもないまま、長い年月を推移していた。要因は様々あるが、一番は生活領土の狭さがあげられる。

 ただでさえ狭い土地にこれ以上、巨体のドラゴンを増やすことは出来ないのだった。


 土地に固執するといういつのまにかドラゴン達に植え付けられていた概念を、ヴァイオレンは蛇蝎(だかつ)の如く嫌っていた。

 ドラゴンという偉大な生物が、このまま狭い土地でこじんまりと過ごしていいわけがない。そう考えるヴァイオレンだからこそ、新たな土地が手に入るチャンスに誰よりも飛びついていた。


 爪を更に研ぎ澄まし、自慢の炎の吐息の出力を上げる。

 特訓の為にジャーマンや、ファラの元へ出向くこともあった。



 地上の戦力を纏めるジャーマンもまた、喜んで戦力の強化に励んでいた。

 山岳地帯を治めるジャーマンの呼び掛けに応じ、火蜥蜴の一族のみならず地上を生きる者たちが一堂に会する。


 一例に挙げるのならば、狼に似た四足の獣ウルフ、全身を長い毛に包んだ二足歩行の獣エイプ、石化の目を持つ空を飛ぶ怪鳥コカトリス。それに不気味な小型の小 鬼ゴブリン、一つ目の巨人サイクロプスなどといったあらゆる種族が集っていた。

 その数は一万に届くかどうかという所である。

 間違いなくトルキア最大の兵力だろう。

 多岐にわたる種族を纏め、主力部隊である火蜥蜴部隊を鍛えて強敵との戦いに備えることに、ジャーマンはある種の楽しさを見出していた。



 ジャーマンとヴァイオレンが時折合同演習を行う中、ファラはいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。

 ファラが呼び出す海神リヴァイアサンは、ファラの力量に関係なく猛威を振るう。つまりファラ本人が鍛える必要がないのだ。


 代わりに、海月(くらげ)の一族が日々、訓練を積んでいた。

 強固な甲羅を纏う四足の巨体ガメラントを始めとし、陸に上がれる海洋の生き物たちを集めてファラの支援を行う。

 元より戦いに消極的な性格もあってか、集まった戦力は五百程度である。

 しかし海神リヴァイアサン一体で国一つ容易に滅ぼせるほどの力があるため、戦力の少なさは左程問題ではなかった。彼等にとっての問題は、いかにしてファラを守るか。それだけである。

 



「同盟の皆様の協力を得ても尚、皇帝陛下と帝国の強さは盤石のもの。数の上での戦力差は埋まりません。……私のせいで、皆様を死地に送ることになってしまうのです」


 顔を曇らせシャルロットは俯いてしまう。

 無論、本心ではない。

 そうすることで、アレスを奮い立たせることが出ると理解しているからの行動だった。


 案の定、アレスはシャルロットの肩を力強く抱き寄せた。

 ドラコの上で、二人の体が密着する。

 夜の風の冷たさも、気にならなくなるほどに。


「例え切っ掛けが君だったとしても、みんなそれぞれの目的を持って挑むんだ! その結果がどうであろうが、それは君が気にするところではない!」


 シャルロットは少しばかり意外に思った。

 アレスであれば大丈夫、気にするなとポジティブな言葉を選ぶと思っていたからだ。敗北の可能性を視野に入れている言動に、シャルロットは不安げにアレスを見上げた。


「大丈夫さ! 必ず俺が皇帝を倒す! それだけは君に約束するよ。君の呪いを解いて、君と添い遂げる」


 アレスの曇りのない笑顔を向けられて、シャルロットは言葉に詰まった。

 この一年近く、素直なアレスの側に居すぎたとシャルロットは痛感する。

 その素直さは利用できる愚かさを含むものではなく、あまりにも真っすぐすぎたのだ。


(私としたことが、毒されてしまいましたか)


 愛する人を救うという信念。

 無償の愛、折れない信念を自身のために捧げる男との出会いは、シャルロットにとってはあまりにも劇薬過ぎたのだった。

 

「アレス様であれば、アレス様であれば必ず成し遂げられるでしょう」


 だからこそシャルロットはアレスを鼓舞し続ける。

 皇帝アルカイオスとの戦いで、アレスが無様に散らずに済むように。


 今日までの日々をシャルロットは思い返す。

 帝国との戦いにより、明日死ぬかもしれないというのに、脳裏に描かれるのはアレスと出会ってからの日々ばかりだった。


(同盟が成立してからは策に掛ける相手もおらず、非常につまらない日々でした。味気ない日々であったずなのに、どうしてでしょうか。アレス様のことばかりが脳裏に描かれるのは)


 その答えを探そうとして、シャルロットは止めた。

 全て明日には終わるのだから。


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